第215話 アードルフは悟らない
今度こそ、アードルフの全身を蒼い炎で包み込む。
【フレイム】の蒼い炎は非常に高温だ。
一度着火すれば、骨まで焼き尽くされる。
「ぎゃあああああっ!こんな所で、未熟な小娘にいいいいいっ!!!」
「未熟で悪かったわね。でも、あなたに殺された人たちの恐怖と痛みは、こんなものじゃなかったはず、よ…」
目がかすみ、体の震えが激しくなってきた。
でも、まだ倒れるわけには行かない。
【ルビーの杖】を必死で構え、ゆっくりと近づく。
「ぐあ…あ…くぁ…」
蒼い炎が消えていき、肉の焼ける嫌な匂いと共に、アードルフの焦げた全身がみえてきた。
もう、声が出ているのが奇跡的なほどだ。
ぐしゃり。
嫌な音を立てて、私を、いや、ドミーやみんなを散々苦しめてきた魔術師は崩れ落ちる。
同時に、私の血を吸ってきた甲虫も消えた。
勝利だというのに、私の心は晴れない。
(もっと喜びなさいよ、私…きっと【アーテーの剣】だけじゃない。色んな人を殺してきたゲス野郎よ)
心の中で嘘をつきながらさらに近づくと、もはや崩れかかったアードルフの全身が見えてくる。
「が…あ…」
驚くことに、まだ生きていた。
肉体錬成の術で生成した肉体だからだろうか。
トドメを刺そうと思ったが、【ルビーの杖】を握る手に、もはや力が入らない。
地面に膝をつき、乾ききった唇を必死に動かして、死にゆく魔術師に語りかけた。
「ねえ…イラートの過去には何があったの?」
「…」
「イラートはきっと、最初から悪事に手を染めてたんじゃ、ないと思うの」
「…」
「もう遅いかもしれないけど、少しだけでも、あの子の苦しみに寄り添うことってできないのかな…」
「…」
「なんとか、いいなさいよ。ずっと、そばで見てきたんでしょ。私には多分、話してくれない…」
強烈な眠気に襲われ、頭から地面に倒れ込む。
(ごめん、ドミー…かなり、格好悪い勝ち方になっちゃった…ミズア、私に何かあったら、あなたが、ドミーを助けて…)
薄れゆく意識の中で、最後に願う。
(できれば、イラートの苦しみや悩みを聞いてあげて、ドミー…)
全ての痛みを感じなくなり、真っ暗闇に包まれた。
==========
ーアードルフっていうのね、あなた。女装なんて良い趣味してるじゃない。
ー趣味じゃない!生き残るための手段だ!
ーそうね。この世界じゃそうなるか…私が謝って済むことじゃないけど、ごめんね。本来なら、あなたも優れたスキル使いの男性として名を残すべきなのに。
ー…ふん、分かればいい、分かれば。
ーこれからは、あなたはジーグルーンって呼ぶわ。スフラン王国を共に解放しましょ!
聖女と呼ばれたクルダは、国土の大半を敵国スギリイに占拠された状況に置いても、希望を失わなかった。
自ら旗を振って敵本陣に突撃し、スフラン王国の兵士の勇気を鼓舞し、勝利を重ねていく。
男性の身で、なぜか複数の【魔法系】スキルを本の中に閉じ込め行使できる【魔術書】のスキルを持って生まれた我も、クルダと共に戦うことになる。
最初は男性とバレても迫害されない程度の地位を得るためだったが、徐々に、クルダ本人の理想を叶えるために変わっていった。
ー今日もありがとうね。ジーグルーン。あなたがいなければ危なかったわ。
ーいくらなんでも今日は危なかったぞ!スキルを使えないのだから少しは自重したまえ!
ーそうね。そうする。私は、ただの力の弱い人間なのだから…
ー…すまん、そういうつもりで言ったのではない。
ー分かってるわ。気にしないで。
スキルを使えない女性という彼女の立場が、自分の立場と被って見えたのかもしれない。
ー…どうしたの?ジーグルーン。
ーすまない、どうしても、我慢ができぬのだ…!
ーそれって…あっ…
ある日、我は彼女の唇を奪った。
体が熱く昂るのを感じたが、それ以上何をすべきはわからなかった。
ー我は、なんてことを…!すまぬ…!
ーいいのよジーグルーン。私、嬉しいの。私も、あなたのことが好きだから…
その3日後ー、
クルダは突出し、スギリイ軍の捕虜となった。
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ークルダが、なぜ悪魔として処断されるのだ!スギリイ王国には血も涙もないのか!王も王だ、早く捕虜になったクルダをー
ーほざけ!貴様のせいだジーグルーン、いや、アードルフ!!!
ーな、なに…?
ー暴かれたのだよ。スギリイ王国の尋問官が、【マインド】スキルで彼女の心を覗いた。その中に、汚らわしい男性と口づけを交わす場面があったんだ!!!
ーそ、そんな…
ーそれさえ判明しなければ、処刑されることもなかったろうに…全部、全部貴様のせいだ!!!
捕虜になったクルダが火炙りの刑に処された頃、我は罪人として収監された。
やがて戦争はスフラン王国の勝利に終わり、彼女の望んだ平和が訪れる。
我は解放されるが、わずかな金銀を渡されるのみだった。
ーいや、やめてください。なぜ私の血が欲しいのですか…
ー女になりたいのだ。
ーは、はい?
ー我は男性として、常に穢れた血を持つ存在として侮蔑されてきた。だから、血を入れ替えて、女になりたいのだよ…!
ーいや、いや、やめてええええええ!!!
結局、逮捕されて処刑されるまで、我はさらった女の血を収集し続けた。
==========
なぜこんなことを思い出すのだろう。
我は、まだ死ぬわけにはいかないというのに。
ーイラートは、スキルを持ってないから、みんなにいじめられるの。だからお願い、助けてよ…
スキルを持たぬ女として生まれた、クルダと似た境遇を持つ主のため。
(もはや、わずかな力しか残っていない…闘技場の維持もできぬか。マトタは…死んだか)
ージーグルーン。我はお前ほどイラートに入れ込んでおらぬ。その意味がわかるな。
あの男にも、誰か1人ぐらい惚れた女がいたろうに。
最後まで共闘は叶わなかった。
(とにかく、闘技場は解除だ…)
主の元へ帰還するつもりだったが、座標がずれたのか、【ランデルン・ホール】のすぐ入り口に降り立つ。
錬成した肉体はすでに回復不能な状態で、ほとんど灰となっている。
少しずつ這っていきながら、主がいるはずの地下へと向かう。
「ド…ミー」
背後でか細い声。
振り返ると、小娘が地面に倒れ伏しながら、男の名を呼んでいた。
「ふ…ん。記憶が、欲しいと、言っていたな」
わずかな力の半分を掌に込め、小娘に放つ。
制御に難儀したが、なんとか小娘の小さな肉体に届いた。
「主の記憶と、わずかばかりの、生命力だ。主が、やはり生かしたいと思うかもしれぬでな…」
決闘の勝者へささやかな報酬を渡した後、我は地下へと潜っていく。
マトタほど、我は潔くないのだ。
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