第214話 ライナは諦めない

 「ぐあああああ…!!!」


 悲鳴をあげるアードルフに向け、私は【ルビーの杖】を突きつける。

 この隙を逃すわけにはいかない。


 最後の一撃を!


 「ファ…あぐっ!」


 でも、スキルを放つ直前だった私の集中力は掻き乱される。

 【吸血の呪い】が再度発動し、私の血を吸い上げ始めたからだ。


 激痛と共に言葉が継げなくなり、意識が遠くなり始める。


 (あともう少しなのに…お願い!後一撃を!)


 ようやく視界がはっきりしだし、再度スキルを放とうとした時ー、




 アードルフの姿はなかった。


 「…もはや、楽に死なせるわけにはいかんな」


 背後からぞくりとする声。

 

 「【ウィンドブレス】!!!」

 対応する暇もなく、私は背後からの突風に弾き飛ばされる。


 「きゃあああああっ!!!」


 無様に闘技場の端まで転がり、壁に激突した。

 肉体がさほど強力でない私にとって、非常にまずいダメージ。


 (お願い…立って、私の体)


 懇願しても、口から出るのは痛みのあまりでる呻き声だけ。


 「【リジェネレーション】!」


 その間に、アードルフは新たなスキルを唱える。

 ひどい火傷を負った肉体がみるみる再生していき、ほぼ完治してしまった。

 貴族然とした服すらも元に戻っている。


 「ははははは!!!我を一撃で葬らない限り、倒すことは不可能だぞ!」

 「攻撃しないんじゃ、なかったの…この、卑怯者」

 「言ったであろう?本気を出せばこんな決闘はすぐ終わるとな。だが、貴様は事前の見込みより多少は実力がありそうだ。だから、少しは攻撃してもよかろう」

 「くっ…そ…」


 【魔術書】のページをめくるアードルフを見て、私は絶望感に包まれる。

 でも、反撃の術はなかった。


 

 ==========



 「それそれ、反撃せぬとこのままなぶり殺しだぞ!【ウィンド】!【ウィンド】!【ウィンド】!」

 「ぐっ…ひあっ!…ああんっ!」


 そこから、私はアードルフに弄ばれ、嬲られる。

 わざと威力の低い風魔法を連続して発動し、私はその都度吹き飛ばされた。

 倒れようと思っても、突風で強制的に起こされ、ふらつくことしかできない。


 悲鳴が弱々しいものになっていくのが、たまらなく悔しかった。


 「がはっ…!」

 「おいおい、どうした?そんなに無防備な背中を見せおって。【ファイア】!」

 「いやあああああっ!!!」


 最後に背中を炎魔法であぶられ、私はついに倒れ込む。

 【炎魔導士のローブ】が焼け、背中から嫌な匂いが立ち込めた。


 「あ…」

 「もはや悲鳴もでないか?では、そろそろ直接頂こうとするかの」

 

 私が完全に動かなくなったのを確認したアードルフが、こちらに歩みを進めてくる気配を感じる。 

 でも、ぼろぼろになった私は、もはや一歩も動けなかった。


 (この魔術師に、私は勝てない…)


 ついに体に力を込められなくなり、そんな私をアードルフは背後から抱き抱えた。


 「はな…せ…」

 「何を言う。放せば我が血を吸えないではないか」

 「え…?」


 アードルフが邪悪な笑みと共に、口から牙を生やす。

 そして、甲虫が貼り付く右肩ではなく、左肩に噛み付いた。


 「いやあああああ…!やめてっ、いやあああ…」

 「ははははは!命乞いか?所詮は小娘だったな」


 魔術師が、私の血をどくどくと吸っていくのを感じる。

 甲虫ほどの痛みはないが、吸われる量が段違いだ。


 (だめ…力が、抜けてく…)


 今度こそ、意識が闇へと包まれていく。


 「ほら、【ルビーの杖】も放すがよい」 

 「うあ…」

 「そうすれば、このまま楽に死なせてやるぞ」


 アードルフが私の右腕を掴み、杖をもぎ取ろうとする。

 屈服の証として、私を殺す前に完遂したいのだろう。

 

 【ルビーの杖】…


 ー素敵だ…ごめん、こんな言葉しかいえなくて。


 懐かしいなぁ。

 ドミーに買ってもらった、私の大切な杖。

 そこから、色んな苦難を乗り越えて、楽しいこともたくさん経験して、世界を救う任務を共に乗り越えてー


 (そうだ…私はまだ、望みを果たしていない。こんなところで、死ねない)

 

 私の体に、少しだけ力が宿る。

 精一杯の力で、杖に触ろうとするアードルフの腕を振り切った。


 「むっ!まだこんな力が…」  

 「何、してるのよ。この変態」


 そしてー、




 「私とドミーの思い出を、あんたなんかに汚させやしないんだからっ!」

 【ルビーの杖】で、アードルフを殴りつけた。

  


 ==========



 「ぐおっ…!」

 

 隙を見つけたアードルフから、【跳躍靴】を使って無理やり逃れる。

 

 ぱりん。


 ガラス細工のような音と共に、靴は今度こそ寿命を使い果たし、砕け散った。

 

 「はあ…はあ…油断、大敵ね」


 口では強気な言葉を放ったが、ボロボロとなった体は悲鳴を上げている。

 立ち上がるだけで膝が笑い、全身に激痛が走った。

 

 正真正銘、これが最後の攻撃、いや、最後の行動だ。


 「【フレイム】…!」


 杖から蒼い炎が吹き出し、魔術師のものへと向かう


 「愚かなり!また同じ手を使うか!【完全防壁】!」

 アードルフが再び黒い防壁を展開する。




 そこが狙いだった。


 ーあぢぢぢぢ!ライナ、危うく焼け死ぬところだったぞ!

 ーごめんごめん。【ファイア】を【ファイア・バースト】にできるなら、こっちもできるんじゃないかと思ってさ。

 ーそれがライナの工夫か。仕方ない。完成するまで何度でも俺が付き合ってやる!

 ードミー…それでこそ、私の旦那さんになる人だ!じゃあもう一度!

 ーあぢぢぢぢ!


 アードルフに勝つための秘策として編み出した、新たなスキル。

 私の個性である【集中】を最大限生かした必殺の技。


 「【バースト】!!!」

 「なに!?【フレイム・バースト】だとおおお!!!」


 【フレイム】が分裂し、数十個の蒼い炎の弾丸となった。

 数個が【完全防壁】に阻まれるものの、それ以外はまっすぐ向かっていく。


 「ま、【魔術防壁】!」


 慌ててアードルフが追加で防壁を繰り出すも、たやすく破られる。


 「くそおおおおお!この我が、レムーハ大陸1の魔術師がこんなところでえええええ!!!」

 「自らの罪をあがなうため、地獄に落ちなさい!アードルフ!!!」


 


 そして終局が訪れる。

 防壁を貫通した【フレイム・バースト】が、邪悪なる魔術師の肉体に次々と着弾。


 「ぎゃあああああっ!!!」


 【魔術書】ごと、業火で焼き尽くした。

 

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