第213話 ライナ、駆使する

 「【フレイム】!!!」


 先手必勝。

 余裕綽々の魔術師に対し、私は自身が扱える最強の炎魔法を放った。


 未だこの敵の前には見せたことがない、蒼い炎を。


 奔流となり、アードルフの【魔術防壁】を侵食した。

 

 「なにっ!ローゼマリーから聞いていたが、これほどとは…!」

 「これが、私がドミーから授かった力だ!燃え尽きなさい!」


 【魔術防壁】がみるみる薄くなり、アードルフの元へと迫る。

 まともに食らえば、いくら優れた技量を持ってたとしても、ひとたまりもないはず。


 これでー、


 「しかし、対策できぬほどではないな」


 私の希望はもろくも崩れ去る。 


 「我は誰だと心得ておる!かつてこの大陸に存在したスフラン王国の聖女、クルダさまに仕えた魔術師ジーグルーンであるぞ!!!【完全防壁】!!!」


 新たな黒い防壁が展開される。

 【魔術防壁】より小さいが、そこに私の蒼炎がみるみる吸い込まれていき、やがて見えなくなった。


 「そんな…!」

 「所詮、炎一辺倒の魔術師などそんなものだ。さて、そろそろ【吸血の呪い】が貴様をさらに苦しめるぞ」

 「舐めないで!一撃でダメならならもう一度…ぐあああああっ!!!いやあああああっ…」


 肩に激痛が走り、私は思わず膝をついてしまった。

 右肩に乗りかかった甲虫が、私の血をごくり、ごくりと飲み干すのを嫌でも感じさせられる。


 「女の甲高い悲鳴と血…そうだ。もっとわめけ!」


 アードルフは無防備な私に追撃することなく、地面に膝をつく姿を見て嘲笑う。


 「【完全防壁】は範囲こそ狭いが、我の制御があれば何の支障もない!効果のない攻撃を何度も繰り返しながら、炎魔法しか使えないお前が、絶望して死ぬまで見物してやろうぞおおおおお!!!」


 (悔しい…こんな奴に、負け、ないんだから…!)


 私は唇を噛み締め、これ以上の悲鳴が出ないようぐっとこらえる。


 なんとか息を整え、次の作戦を考えた。


 (同じ攻撃を繰り返すだけじゃ、駄目だ。あと1、2回血を吸われたら、私は動けなくなる)


 残念だけど、私はアードルフのように多彩な魔法を使えない。

 彼の言う通り、炎魔法一辺倒の応用が効かない魔術師だ。


 だけど、いや、だからこそ。


 足に力を込め、懐を慎重に探る。

 事前に買い揃えたアイテムは、すぐにでも使える状態だ。


 「確かに、私は、炎魔法しか使えない。でもね…」


 震える手を押さえながら、再び【ルビーの杖】を突きつける。


 「その分、ありとあらゆる知恵をもって、敵と戦う!!!」



 ==========



 「小癪な、口だけならなんとでもー」



 アードルフの得意げな声は、途中までしか続かない。

 私が高速で移動を始めたからだ。


 ミズアほどじゃないけど、【魔法系】スキル使いにとっては凄まじいスピード。


 背後を取り、再びスキルを唱える。


 「【フレイム】!」


 反撃を喰らう前に素早く後退しながら、蒼い炎を再び放った。

 

 「貴様、いつのまにかそれほどの高速を!」

 「言ったでしょ!あらゆる知恵を使うってね!」

 「まさか、ええい!【完全防壁】!」


 アードルフはほとんどの炎を防ぎ切るも、一部がかすめ、マントの一部を焼く。


 「全くもって不愉快な奴だ…【アクア】!」


 すぐに水の魔法で消し止められるも、なんとか一撃を与えられた。


 「そのブーツ、【ファスト】のスキルを込めたアイテムか。魔術師がそんな小道具に頼るなど、卑怯なり!」

 「何言ってるんだか。杖がないとそもそもスキル行使できないでしょ。杖だってアイテムじゃない」

 「ちっ…」


 安物のアイテム、【飛翔靴】は有効に機能してるようようだ。

 ヴィースバーデンの寂れた道具屋にしては、掘り出し物と言える。 


 でもー、


 「しかし、もう耐えきれずに摩耗し始めておるな。所詮アイテムはアイテム。それに、もう貴様の動きは見切った!」

 「…ふん、あんたなんて、あともう1度の攻撃で十分よ」


 アードルフに指摘されるまでもなく、あっさりと寿命がきてしまった。


 あともう1度行使すれば破損する。

 そして、その頃には【吸血の呪い】が再び発動して、私の血は吸われるだろう。


 その時、私が立っていられる自信がない。


 次が最後の攻撃だ。


 「さあ!これで最後よ!」


 私は【飛翔靴】の力で再び高速移動を開始する。

 次に向かうのは上空。

 ミズアのように跳躍し、【ルビーの杖】を構える。


 「【フレイム】!!!」


 3度目の蒼い奔流が、アードルフを襲った。


 「効かぬと言った!【完全防壁】!!!」


 魔術師は一歩も動かず防壁を発動するが、間髪入れず次のスキルを繰り出す。


 「【ファイア・バースト】!!!」


 数多の火炎が敵を包囲し、蒼い奔流と共に飲み込んだ。

 同時に、闘技場の砂が爆発によって巻き上がり、何も見えなくなる。




 私は視界が不良の中、懐に手を伸ばした。



==========



 「炎魔法を極めし者、と評価はしてやろう…」


 やがて砂の煙が晴れていき、アードルフが姿を現した。

 所々服が焼けているが、負傷した形跡はない。

 【魔術防壁】と【完全防壁】を同時に展開し、私の攻撃を防ぎ切っていた。


 「だが、これで貴様はもう終わりだ!【吸血の呪い】よ!この哀れな小娘をー」

 「バカね、それは囮よ」

 「何?」

 「足元を見てごらんなさい」


 アードルフの足元には、3つの球が転がっていた。


 「なんだ、これは…」

 魔術師はセリフを最後まで語ることができない。




 3つの球が爆発を引き起こしたからだ。  

 先ほどのような大規模ではないが、アードルフ1人に傷をつけるには充分なはずである。


 「【対人火罠】よ。火を灯せば、時間経過か人の動きで爆発するアイテム。あなたにとっては、ちんけなものかもしれないけどね」


 【完全防壁】は範囲が狭いため、死角、それも足下からの攻撃には対処できない。

 私が連続して炎魔法の攻撃を行使するのは、この隠し玉の存在を気づかれにくくする狙いがあった。


 「ぐおおおおおお…おのれええええええ!!!」


 アードルフが悲鳴を上げ、燃え盛る炎の中から飛び出す。


 「くそお…くそおおおおおお!!!」




 間違いなく、彼に重傷を負わせた。

 

 

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