第212話 ライナ、宣言する
「分かった。そこまで死にたいというなら、相手してやろう」
ドミーの一騎打ち宣言後、初めて声を上げたのはジーグルーンだった。
彼の高ぶりに呼応してるのか、【魔術書】が1人でにパラパラとページがめくられていく。
「良いな、ローゼマリー」
「…ああ。もう、良い」
ローゼマリーは痛みに耐えながら立ち上がると、私をゾッとする目つきで見つめる。
失望、怒り、嫉妬、絶望、悲しみ。
全てが混ざり合い、見つめていると吸い込まれそうだ。
「お前の、好きにしろ。僕の思い通りにならない先輩、いや、ライナなんていらない」
「そうこなくてはな!ははははは!小娘、話は決まった。お前の主と我が主が決闘している間、お前を堪能させてもらうとする」
ジーグルーンは心底気持ち悪い笑みを浮かべる。
(…即席だけど、これまでの準備を生かす時ね)
【ルビーの杖】を構え、ジーグルーンに突きつけた。
体に力を込めながら、各所に隠したアイテムを確認する。
全部そのまま、すぐ使える。
「何か勘違いしてるようだけど、今日倒されるのはあんたよ、アードルフ。この【蒼炎のライナ】が、あんたをここで討ち取る!」
「だからその名で呼ぶなと…いいだろう、貴様はじっくりなぶり殺しにしてくれるわ!!!」
そのまま戦闘に入りそうだったけど、ドミーに肩をぽん、と触られた。
「ひゃ!ちょっと、今格好いいところなんだから…」
「無理はするな。時間を稼いでくれればいい」
ドミーは心配そうな表情を浮かべている。
「俺がローゼマリーを倒せば、恐らくアードルフも消滅するはずだ。最悪逃げればいい」
「なるほど、それが狙いだったのね。一騎打ちなんて言うから驚いたわ」
「お前はこの世界を救う大切な身だ。それに…」
「それに?」
「お前に、愛するお前にこれ以上傷ついてほしくない」
「…もうっ、こんな時にノロけないでよ。雰囲気が壊れるじゃない」
顔が赤くなるのを悟られないよう、ドミーの前に出ながら話す。
ドミーは相変わらず女たらしだ。
「でもね、今回は全力で戦わせて欲しいの」
「ライナ…」
「アードルフとは因縁があるの。【アーテーの剣】を殺されたのもそうだし、【シオドアリの巣】で誇りを汚されたのもそうだし、何より…」
屈辱に身が震え、【ルビーの杖】を握る手に力がこもった。
「ドミーのことを忘れさせられそうになった…!それが何より許せないの」
だから、こいつは私が全力を持って打ち倒さないといけない。
そうでなきゃ、私は永遠に前に進めないんだ。
「…分かった、お前を信じる…必ず生きて戻れよ」
私の背中に宿る怒りを見て、ドミーも納得したようだった。
そう、それでいいの。
ドミーは、ドミーの戦いを勝ち抜けばいい。
「さあ、そろそろ始めよう。ローゼマリー」
ドミーがゆっくりと歩き、私と並んだ。
「少し狭いが、ここで2対2の勝負をー」
「いや、我とライナは別の場所で行おう」
アードルフがドミーの言葉を遮りー、
「特別な場所を用意してある」
私はドミーと別れを告げる間も無く、視界が暗転した。
==========
「ここは…」
気がつくと、【ランデルン・ホール】の地下室ではない別の場所にいた。
プレーンラインでもない。
一度も見たことがない場所。
闘技場だ。
ムドーソ王国首都ムドーソの郊外に建造され、【馬車の乱】で炎上消失した円形競技場に似ている。
観客席には誰もいない。
私はちょうど中央に立っていて、前方にはアードルフの姿が見える。
「どうだ。【血の闘技場】であるぞ。貴様の最後の場としてなかなか壮観だろう」
アードルフはペロリと舌を舐めた。
「我は女の血を見るのが好きでな、【アーテーの剣】の雑魚も、見てくれはともかく血はうまかった。貴様にも期待する」
「…女の血を欲するなんて、とんだ最低魔術師ね」
「ふん…なんとでもいえ。さあ、決闘を始めよう、と言いたいところだが、この決闘はやや変則的な仕組みとなっておる」
「変則的…」
「ああ」
「我は一切攻撃しない。その代わり…」
嫌な予感がして、額に冷や汗が流れる。
何かを回避しようと体を動かすがー、
「いっ…いやあああああ!!!」
肩に激痛。
何か鋭いものに貫かれ、血が溢れ出した。
思わず手を伸ばすと、何かゴツゴツしたものに当たる。
甲羅、細い脚、触覚を持つ生き物。
2本のするどい牙も備えており、それが私の肩を貫いている。
重さはないが、ひどく嫌悪感を抱いた。
「なにこれ…虫!?」
「ふはははは!驚いたか?これぞ【吸血の呪い】!我が血をコレクションするときに使う人造虫よ!」
「くっ…こんなの剥がしてやる!」
「剥がせば大量出血で即座に死ぬぞ!我を倒さぬ限り、【吸血の呪い】は解除できぬ仕組みだ。我を倒せずにいると、そのまま血を吸い尽くされて死ぬがな」
「どこまで悪趣味なのよ、あんたは…!」
「なんとでもいえ!【魔術防壁】!」
アードルフが【魔術書】をパラパラとめくり出し、以前見た防壁を複数展開した。
だが、それいがいの行動は取らない。
本気で攻撃しないつもりなのだろうか。
「これは恩情なのだぞ?貴様なぞ、本気を出せば容易く細切れにできる。我の防御をかいくぐり、見事勝利をー」
「…本当がっかりだわ、あんたには」
「ああ?」
肩の痛みに耐え、【ルビーの杖】を突きつける。
「優れた魔術を行使できるのに、それでやるのは人殺しと弱者をいたぶることだけ。真剣勝負にも手を抜き、相手が苦しむのを眺めてるだけの卑怯者よ」
もうこいつとは話したくないから、最後に一言だけ宣言しよう。
「私は、あんたをここで倒す!そして、あんたみたいなゲスじゃなく、人々を助けられる立派な炎魔導士になる!そして!!!」
【ルビーの杖】に、力強い火が灯った。
「ドミーと添い遂げる!!!」
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