第211話 ライナ、帰還する
「ドミーは敵だ。僕と先輩で殺さなければならない…」
「ドミーは、敵だ。私とローゼマリーで、殺さなくてはならない…」
「その調子です。あの男の記憶も、大分いじれるようになってきた」
体に力が入らない状態で、私はイラートの言葉を復唱している。
ローゼマリー、いや、イラート?
どっちだったかな。
…どちらでもいい。
私は、彼女の言うことに従うだけ。
「先輩は、永遠に僕のもの。僕と永遠の愛を誓う」
「私は、ローゼマリーのもの。ローゼマリーと、永遠の愛を誓う…」
違う。
心の片隅で、誰かが叫んでいる。
あなたは洗脳されている、このままでは記憶を消される。
立ち向かうんだ。
「ド…ミー。ミ…ズア…」
「反抗、か。でも大分元気がなくなってきましたね。もうすぐです」
「い…や…いやあ…」
「さあ、僕に全てを委ねてください…そろそろ、精神への侵食を開始します。あなたは浄化され、僕のものになるんです…」
パチン。
頭に万力で込められたかのような痛みが走る。
今まで体験したことがない痛みに思わず叫び声を上げ、床を転げ回る。
「きゃあああああっ!お願い!やめて…」
「ははははは!僕を裏切った罰を思い知れ!」
ローゼマリーは堰を切ったように笑いながら、泣いていた。
「僕の愛を受け入れず、あんな男の下に走り、告白も不意にした!そんな人はこうなって当然なんです!!!」
「あっ…がは…」
「この痛みはあなたが抵抗をやめれば和らぎます。苦しみから逃れたいなら、今すぐ言うことを聞いた方が身のためですよ」
「…」
ついに私は、硬い木の床の上で動けなくなった。
体に力が入らず、思考がまとまらない。
「さあ…仕上げです。ドミーを、僕と殺しましょう。そして、永遠の愛を誓いましょう」
「…ドミーを、ローゼマリーと…」
(ごめんドミー。私、もう、だめ…逃げ、て…)
今や誰を指すかも分からない名前。
頭が真っ白になり、心が闇に囚われる。
「ライナ…」
その時、懐かしい声が聞こえた。
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いつも聞いていて安心していた、誰かの声。
「伝えたいことがあるんだ」
「俺は、お前の相手として相応しいか、少し自信がなかった」
「いつもがさつだし、抜け目ないとは言えないし、スキルを使えないし…世界を救うためとはいえ、優れた炎魔導士であるライナに釣り合わないんじゃないかって。だから、こんな事態を招いたのかもしれない」
少し低いけど、暖かみを感じる声。
「でも、今ならはっきりと言える」
「俺は、ライナと人生を終生共にしたい。臣下の関係ではなく、パートナーとして。苦楽を分かち合い、一緒の時間に死にたい」
「だから、お前の帰りを待つ。決して洗脳に屈したりしないと信じる」
「…愛している、ライナ」
それを聞いてー、
私の心に光が差した。
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意識を取り戻し、こちらを上から見下ろしていたローゼマリー、いや、イラートを驚愕させる。
「なっ…僕の侵食を…」
「私から、離れろおおおおおおおおおお!!!」
不意打ちで彼女の腹を蹴り上げた。
うめき声を上げ、イラートは体をくの字にして座り込む。
「あんたなんて大嫌いよイラート!!!」
頭痛に耐えながら立ち上がり、呆然としているかつての旧友に言い放った。
「僕が…嫌い…」
「ええ、大嫌いだわ。罪もない人間を殺し、無関係な人間を巻き込んで、私の仲間も傷つけた」
「それは…あなたのために…」
「私のためにというならー」
彼女に背を向け、一度も振り返らず、私は去っていく。
「一度でもいいから、本当のことを話してほしかった…!」
「…」
「あなたは、ずっと、私に真実や本音を隠してきた。取り返しがつかなくなる前に、私に話してくれたら、手を差し伸べられたのに…」
「せ…んぱい」
「…お別れね」
「いやだ…いやだあああああ!」
我を失ったイラートが叫ぶと、彼女の精神から構成されるこの世界は崩壊していく。
「行かないでえええええ!」
完全に消滅する寸前まで、イラートは叫び続けた。
(さよなら…イラート…)
私もそれに巻き込まれながら、旧友と完全に決裂したことを悟るのであった。
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煙が揺らぎ、2つの影が吐き出される。
1人はイラートだ。
「くそおおお…」
勢いよく床を転がり、痛みに顔を歪めている。
もう1人はー、
「ライナ!しっかりしろ!」
慌ててかけより、状態を見る。
ぐったりして意識がない。
体をさすり、必死に呼びかけた。
「お前がいなくなったら、俺は…!」
「ド、ミー…」
赤い瞳をゆっくりと開き、彼女は覚醒する。
命に別状はなさそうだ。
「心配…かけて、ごめん」
「何を言う。俺の方こそ、不甲斐なかった」
「えへへ、じゃあ、おあいこだね。私を愛してるドミー」
「え、聞いてたのか…!?」
「当たり前でしょ」
ライナはウィンクすると、頬に軽く口づけをする。
「話をゆっくり…と言いたいところだけど」
ジーグルーンが怒り心頭の声を上げ、【魔術書】を展開するのが見える。
「貴様ら…我の呪いを破るとは!」
今にもスキルを発動し、こちらを呪い殺さんとする勢いだった。
「そんな時間はなさそうね」
「ああ、ジーグルーンはライナに任せる」
「イラートは、あなたに任せたわ。んっ…」
別れの間際に俺はライナと口づけを交わす。
ミズアも、今マトタと勝利のため懸命に戦っているはずだ。
ライナもそうであると信じる。
「我を無視して盛るではないわ!」
「ぷはっ…まあ、待ちなさいよジーグルーン。あなたと全力で戦うためには必要なことだから」
「杖と【炎魔導士のローブ】だ。少し重いが持ってきたぞ」
「ありがとう、ドミー」
ライナはすぐに服を脱ぎ、着替え始めた。
その間に俺はジーグルーンに語りかける。
「さあ、これで2対2だ。ジーグルーン、お前は【蒼炎のライナ】がお相手しよう。ライナはレムーハ大陸随一の魔導士、不足はないはずだ」
「そんなことは知らぬ!お前を殺してー」
「おやおや、勝負から逃げるのか?誇り高き魔術師らしからぬことで。まさか無防備なライナを攻撃すると言うのではないだろうな」
「くっ…」
次は、ようやく立ち上がったイラートに向き直る。
「お前のせいで、お前のせいで…!」
「それはこっちのセリフだ」
盾と短剣を構え、今回の騒動の首謀者に申し込んだ。
「俺は【将軍】ドミー、お前に一騎打ちを所望する」
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