第210話 マトタは悟る
「ふっ…」
マトタは全身のほとんどをズタボロにされながらも、笑みを浮かべました。
諦めと絶望の入り混じった、寂しそうな笑みです。
「…討たせて、いただきます。あなたは、優秀な戦士でした。このミズア、終生忘れません」
全身の痛みに耐えながら【竜槍】を引き抜くと、マトタは膝から崩れ落ち、雪原に倒れました。
「存外、早かったな…」
そして、動かなくなります。
同時に、頭上の数字も消滅しました。
ミズアの残り数字もは3。
ギリギリの勝利でした。
(はや、く、ドミーさまとライナを…)
【竜槍】を杖代わりに、【ランデルン・ホール】へと向かいます。
特にドミーさまは、ジーグルーンの気が変わればすぐ害されてもおかしくありません。
ミズアが、お側にお仕えしていないと。
「…はぁ、はぁ」
体が鉛のように重く、まぶたを開けるのも辛いです。
かろうじて一歩を踏み出すたび、体から血が流れ、ミズアの体温を急速に失われていきます。
「だ、め…」
深い雪に足を取られ、ミズアは頭から崩れ落ちてしまいました。
立ち上がろうとするも、雪から顔を離すのが精一杯です。
完全に、体から力が無くなります。
(ミズアの判断は、正しかったのでしょうか…)
初めに提示された【紫電】を受け取れば、マトタには容易く勝てるはずだと【ファブニール】さまは仰っていました。
そうすれば、今から援軍に行くとこもできたはず。
でも、その分ドミーさまやライナと過ごせる時間は減ってしまいます。
それを、あの2人は決して喜ばないのです。
(ライナとドミーさまはミズアの選択を喜び、勝利を信じてくださいました…だから、ミズアも、信じ、ま、す…)
暗くなっていく視界の中で、主と友の勝利を願います。
そのまま意識を失おうとした時ー、
「な…あ」
近くで同じく倒れているマトタに声をかけられます。
「な…んです、か」
「なぜ、お前は戦った?どのように生きようが死ねば何もかも失われる。何も残らないのというのに」
「そう、ですね…」
答えを返す義理はありませんでしたが、精一杯の力で唇を動かします。
「ミズ、アは…ドミーさま、と、ラ、イ、ナが、大好きで…愛して、ますから」
「愛、か」
「それだ、けで、命を賭ける価値が…あるのです…」
人間には遠い未来を見通す力はなく、幸せを掴んだと思っても、明日には失われるかもしれません。
それでも、いや、だからこそ…
ミズアは、愛する人のために精一杯生きたい。
それがー、
お母さまの願いに沿う生き方のはずです。
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「死んだか…?」
小娘はピクリとも動かなくなった。
かろうじて視線を向けると、どうやら気を失っているらしい。
肉体は傷だらけで、全身から出血しており、息も浅い。
そのまま放置していては、死の可能性すらある危険な状態だ。
それでも、【竜槍】だけは堅く握りしめていた。
「ドミー…さま。ライナ…今、行き…」
意識は失っても、強い意志をうわごとで示していた。
その姿を見て、少しだけ心が痛んだ。
「忠義に厚き武士よ…ドミーとやらは、良い家臣を持ったな」
このような形で出会わなければ、是非とも弟子にしたいところだった。
だが、もうその時間はない。
「仕方、ないのう」
小娘に手を伸ばし、自身の肉体に宿る最後の力を放出した。
橙色の光が、肉体を包み込む。
「あ…」
意識は失ったままだが、小娘の顔色が僅かに良くなるのが見える。
数時間は延命できるだろう。
代わりに、自らの肉体は崩壊していく。
「この娘、チバナに似ておるわ…」
最後の瞬間に、自分の人生を少しだけ思い返した。
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トマヤ王国は、小国家が乱立し戦乱が絶えない東の果ての島、ホンニ島に存在した。
我はその国で王子として生まれたが、本来なら男性なぞ廃棄される運命でしかない。
だが幸い、幼い頃にスキル【泡沫の生】に発言したことで、暗殺者として活動することとなった。
最初に倒したのは西にあるソマク王国の女王で、女装して油断させた隙に殺害した。
ー呪われし男性の刺客よ…お前は、何を目指す?
ーこうなれば英雄を目指し、ただ敵を打ち倒すまで。
ーふっ…英雄なぞ、そんな綺麗なものではないぞ。地獄で一足先に待っておるからな…
首尾良く任務を果たした我は、その後もひたすら戦いに臨んでいく。
自分の身にどれだけの傷がつこうと、誰も心配するものはいなかった。
唯一付き従う従者、チバナ以外は。
ーマトタさま!自らの身を顧みない戦いはやめてください!
ーうるさい!我はこれでいいのだ!
ー私は、マトタさまが心配で… ひっく…夜も眠れなくて…
ーお、おい!泣くなよ!
ーそれでは、今後は慎重に戦ってくださると誓ってくれますか?
ーわ、分かった。だから我と一緒にいてくれ。
ー嬉しい…このチバナ、終生忠誠を捧げます…
弓の名手であるチバナは、我と共にさまざまな所を旅し、強敵を倒していった。
その過程で、我はチバナに愛情を感じるようになる。
だが、最後の瞬間までそれを告げられなかった。
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ーなぜだ!チバナ!お前が生贄になることはない!
北の大きな島へ船で向かう時、大きな嵐が起こり、一歩も進めなかった。
言い伝えによれば、若い娘を生贄に捧げることで、嵐は止むという。
生贄として名乗り出たのが、チバナだった。
ーマトタさま。このままでは船は転覆し、2人とも死にます。チバナは、そのようなことに耐えられません…
ー我は、我はお前をー
ーその先は、言ってはなりません。
唇を塞がれ、我はそれ以上言葉を放つことができなかった。
ーマトタさまは、英雄になられるお方。このような場所で死んではなりませぬ。
ーやめろおおお!
ーマトタさま…
船から飛び降りる直前、チバナは微笑んだ。
呪われし存在である我にそのような暖かい笑みを浮かべてくれるのは、チバナしかいなかった。
ーチバナは、マトタさまを愛しておりました…
チバナが海中に没すると、たちまち天候は回復した。
失意のまま我は戦い続け、やがてトマヤ王国はホンニ島を統一した。
王宮に戻った我を待っていたのはー、
1000人の刺客だった。
ソマク王国の王女が言った通り、英雄なぞ戦いが終われば使い捨てられるだけの存在だったのだ。
そこから先は、よく覚えていない。
絶望のまま、最後まで剣を振るい続けた。
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人の人生なぞ、何の意味もない。
どんな愛も、功績も、死ねばいずれ忘れられ、失われる。
だから、ドミーとかいう男のために死ぬ寸前まで身を捧げる小娘には、哀れみすら覚えていたのだ。
だが、今ならわかる。
(それでも、チバナと過ごせた日々は、幸せだった…)
肉体が完全に崩壊し、意識が薄れゆく。
死んだ後のことは、実はよく覚えていない。
イラートに再び召喚されるまでは。
(イラートよ。少なくともあの小娘は儀式が終わるまでは介入できないだろう。最低限の義理は果たしたぞ…)
最後に、願った。
(チバナ、多くの人を殺めた我が地獄で償いができるよう、祈ってくれ…)
そしてー、
何もわからなくなった。
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「マトタさま、お待ちしておりました」
「ふふふ。あの時とは逆ですね。あなた様が泣くなんて」
「…コンチさまという方に、引き合わせてもらったのです。永遠に、あなたと離れることがないように」
「さあ、行きましょう。また、新たな冒険が始まるのです」
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