第209話 ミズア、母と出会う

 「ミズア…」


 誰かが、ミズアを呼んでいます。

 どこか懐かしい声。

 ずっと聞きたかった声。


 (痛い…寒い…怖い…)


 でも、全身を襲う激痛でミズアは立ち上がれません。

 声も出すことができないのです。

 どうしてこうなっているのかも、分かりません。


 「可哀想に…これだけ傷ついて」


 頬をそっと撫でられます。

 子供の頃、いつも感じていた暖かくて細い手。

 痛みがすーっと引いていき、心に光が満ちていきます。


 「本当は、あなたをこのまま苦しみから解放してあげたい…そうすれば、ずっと一緒にいられる」

 「あ…なたは」

 「でも、それではダメ。あなたが命をかけて守りたかった人を守れなくなる」

 「守りたかった、人…」


 重い瞼を必死にこじ開け、自分を励ます人物を見ようとします。

 ぼんやりとですが、1人の女性の姿が映りました。


 ミズアと同じ、青い瞳に白い髪。

 全てを慈しむような優しい表情。

 戦場に赴くための鎧と【竜槍】。


 「か…あ…さま?」

 「頑張ったわねミズア。あなたは、私の誇りよ」

 「…会いたかった、もう一度だけ、会いたかった!」


 メクレンベルク・フォン・ユッタ。

 ミズアの大切な人。


 必死に上体を起こして、腕の中にしがみつきます。

 胸が郷愁も恋慕でいっぱいになり、涙が溢れました。

 

 「うあああああ…!」

 「よしよし。ミズアは我慢強いけど、本当は泣き虫さんなのよね」


 このままずっと抱きしめていたい。

 暖かさに包まれていたい。


 ただそれだけを思い、泣き続けました。


 

========== 



 「…落ち着いた?」

 「は、はい。でも、ずっとこうしたいです」

 「私もそうよ。でもね、もう時間がなくなっちゃった…」


 赤子のように抱いていた腕を、そっと解かれます。

 そして、お母さまはゆっくり立ち上がり、去っていきました。


 「行かないで…!ミズアは、お母さまと一緒にいたい!」


 思わずその背中に呼びかけました。

 必死に、力を振り絞って。


 「…あなたは私が世界で1番愛していた娘。一緒にいられないのは辛い」


 お母さまは一瞬歩みを止めますが、こちらを振り返ることはしません。


 「でも、だからこそ、あなたには生きて自分の想いを遂げてほしい。自分だけの人生を、愛する人や友人に囲まれて過ごしてほしい」

 「お母、さま…」

 「悪いね、そろそろ時間だ」


 ばさり。

 羽音と共に、天使が現れました。


 「ありがとう。コンチさん。私のわがままを叶えてくれて」

 「彼女には僕の計画に協力してもらってる。このぐらいわけないさ。ただ、今回限りだよ」

 「ええ。分かってるわ」

 「待っ…て…」


 意識が薄れ始めます。


 「愛してるわ、ミズア。あなたならきっとできる」


 それが、最後の言葉でした。

 

 

========== 



 「…死んだか。それでいい、それでいいのだ」

 

 寒さと、苦しさの中でミズアは目覚めます。

 首の圧迫痕にわずかな緩み。


 (ミズアは…負けない!)



 「ぬっ!?」

 在らん限りの力を振り絞って、マトタの腕を蹴り上げます。

 なんとか絞め上げから逃れ、そのまま距離を取りました。


 「ごほっごほっ…」

 とはいえ、体に大きなダメージを受けたことに変わりはありません。

 首の辺りに激しい痛みが走り、呼吸するたびにひゅーひゅーと音がします。

 なんとか耐え、立ち上がりました。


 「まだ力が残っているとは。そのまま死んでおればよかったものの」

 「まだ…死ねません」

 「意地だけは認めてやろう。しかし!」


 マトタは地面に落ちている武器を拾い、構えました。

 ミズアの【竜槍】です。


 「武器がなくては、お前などただの小娘にすぎない!【和刀】は遠く吹き飛んでしまった故、これでとどめを刺してやる」

 「…!」

 「今更後悔しても遅い!覚悟!」


 片腕を失ったとは思えないほど余力を残したマトタが、突進してきます。

   





 そうしてくれることを願い、あえて【竜槍】を残しました。

 あとは、ミズアのスキル次第。


 ーうひゃあ!?危うく貫かれるところだったぞ。

 ー申し訳ありませんドミーさま!【ファブニール】さまから授かったのは良いのですが、精度が全くダメでして…

 ー母上のスキルなのだから、いつかは必ず使いこなせるようになる。だが、今は一工夫必要だな。

 ー工夫、ですか。

 ーああ、例えばかわしようがない近距離で発動するとか。

 ーや、やってみます。


 「ちぇすとおおおおお!!!」

 突進してくるマトタが握る【竜槍】に、手をかざします。


 「…」

 

 練習時には制御が難しかったため、一瞬たりとも気が抜けないマトタとの戦闘は発動できなかったスキル。

 絶好の機会とはいえ、もし失敗すれば死。


 (お母さま…ミズアをお守りください)

 祈りを捧げ、集中力を研ぎすまし、スキル名を叫びました。




 「【操槍】!!!」

 「なっ…!?」


 マトタの左腕に握られた【竜槍】が振動を始め、戦士が足を止めます。

 

 「なんだ…勝手に動き出して…」

 「【操槍】は、手に触れずとも【竜槍】を操れるスキルです」


 動きのイメージを深めます。

 マトタの手から離れ、こちらの手に【竜槍】を取り戻すように。


 「くそおおおおっ!」


 抵抗も虚しく、戦士の腕から【竜槍】は離れます。

 しばらく空中を浮遊していましたが、やがてミズアの腕に勢いよく戻りました。 


 完璧な動きを実現できたのは、初めてです。


 「降伏してください。もはやあなたに勝ち目などありません」

 「ははははは!こうなれば差し違えてでも!」


 【竜槍】を突きつけますが、マトタは怯みませんでした。

 戦士としての死に場所を求めるかのように、そのまま突進してきました。

 

 だから、こちらも全力を出します。


 「【刺突】!!!」

 限界を超えた限界。 

 肉体の悲鳴を無視し、全ての力を振り絞って放つスキル。




 それは、確実にマトタの心臓を抉りました。

 


 


 

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