第207話 ミズアとドミーの戦い
「ここなら、邪魔が入ることもないでしょう」
「ああ…そのようだな」
【ランデルン・ホール】から出たミズアは、荒れはてたプレーンラインの街でマトタと相対します。
遠くで【ドミー軍】とイラートが放った自動兵器が争い合う轟音が聞こえますが、こちらに援軍として来るには時間がかかるでしょう。
あの男には、独力で打ち勝たなければなりません。
「母さま、【ファブニール】さま、ミズアに大切な人と友人を守る力をお与えください…」
未だ残るドミーさまの唇の感触を指でなぞりながら、祈りを捧げました。
勝利以外許されない戦いと、確実に勝利できるか分からないほどの強敵。
恐怖と、不安と、わずかばかりの高揚。
それらの想いを乗せ、マトタに【竜槍】を突きつけます。
「まだ正式名を名乗っていませんでしたね。メクレンベルク・フォン・ミズアと言います。軍人として代々ムドーソ王国を守り続けた重臣、メクレンベルク家の生き残りです」
「…トヤマ王国のマトタだ。それ以外に語ることなどない。すでに死んだ身だしな。死体をもとに肉体を錬制して、辛うじて生きている」
マトタは、鞘から【和刀】を引き抜き、両腕で構えます。
月の明かりにさらされ、刀身がきらりと輝きました。
攻撃を仕掛けるのかと身構えますが、古の剣士はにやりと笑います。
「さっそく始めよう…と言いたい所だが、舞台を整えさせてもらうぞ」
「舞台…」
「ああ。【泡沫の生】」
ミズアの頭上に、青い炎を帯びた数字が出現します。
『83』を示していますが、心当たりのない数字です。
「ほう、なかなか長生きではないか」
「意味が分かりかねますが」
「これはお前の寿命だ」
マトタの頭上にも数字が現れますが、そちらは『145』となっていました。
「これは我の寿命。この場合、ジーグルーンに錬成された肉体の寿命という意味だがな。この通り腐敗しているが、ジーグルーンもなかなかやる。我のスキルは…」
カチリ。
見上げると、ミズアの数字が『82』に減っています。
ジーグルーンの数字も『144』となりました。
「発動者と決闘する人間の寿命を少しづつ減らしていくというものだ。『0』になれば肉体の寿命が尽き、死に至る」
「それだけ…ですか?」
「ただそれだけだ。どちらかが息絶えれば解除され、元に戻る」
マトタの全身に殺気が漲ります。
「幾多の戦いで名声を得ていくと、誰も我と戦ってくれなくなった。だが、逃げれば確実に死ぬとすれば、どのような人間も命がけで戦うだろう。そのためのスキルだ。一度発動すれば、我を倒すまで解除されない」
「…」
「貴様は命を惜しまず戦ってくれると見た。所詮、人の生など泡沫に過ぎぬ。今宵はどちらかが死ぬまで戦いを楽しもうではないか」
「なるほど、話は分かりました」
ミズアも、腕に力を籠めます。
「ですが、あなたとミズアには違いがあります」
「…何?」
「ミズアは、命を惜しみます。この国の乱れを正すという誓いを果たすため、自らの犠牲をミズアを守ってくれたため母のため、なにより…」
大切な人の顔が2人、脳裏をよぎります。
「愛する人と友人のため」
「…」
「だから、ミズアの生は泡沫などではありません。例え短くても、実りあるかけがえのないものです。だから、命を引き換えに力をもたらすという申し出も断りました」
故に、願いは一つ。
「あなたを倒し、限りある生を全力で全うします」
「…そうか、まあいい」
互いに構えを解かないまま、にらみ合います。
数秒の空白の後ー、
「【刺突】!」
ミズアはスキルを発動し、一瞬でマトタの懐に飛び込みました。
爆発的な加速力と共に、【竜槍】で彼の鎧をつらぬく必殺の一撃。
「甘い!隙だらけだ!」
マトタは右半身をそらし、【刺突】をすれすれで回避。
互いの肉体がもっとも接近する一瞬を狙い、無防備な側面をさらしたミズアを切り裂こうと【和刀】を振り下ろします。
がー、
「っ!幻か!」
その刃は空を切り、ミズアには届きません。
隙を見せたのはミズアが【幻影】で作り出した虚像。
攻守逆転。
本当のミズアはすでにマトタの背後。
「はあっ!」
槍を繰り出し、マトタの心臓を【竜槍】で狙います。
この速度なら対応できないはず。
「面白い【スキル】を使うものだ!」
「何!?」
ですが、マトタは想像以上の速度ですばやく相対。
迫りくる【竜槍】を【和刀】で弾き、後退しました。
深追いは避け、ミズアも後退します。
(やはり、強敵…)
【和刀】がかすめた頬から、血が流れ始めました。
「【強化】とはこれほどのものか…少し見くびっていたぞ」
マトタは鎧が一部剥がれ、肩から出血しているものの健在。
戦いは、簡単に終わりそうにありませんでした。
==========
「ふん。ライナとやらの洗脳は順調に進んでいる。じきに戻り、お前を殺しにかかるだろう」
ジーグルーンが高らかに笑い、虚空から煙を生み出す。
「お前に見せてやろう!」
煙の中にライナが映っていた。
目がうつろで焦点が合っていない。
傍らにいるイラートの言葉に耳を傾け、頷いているように見える。
「今のうちに命乞いすることだな!ははははは!」
その姿を見て、俺はゆっくりと歩みだした。
「ほう、恋人が寝取られる姿を見ようというのか。いいぞ、じっくり見せてやる」
「黙れ」
「何…」
余裕しゃくしゃくのジーグルーンを押しのけ、ライナに触ろうとした。
でも、煙に手を入れても、貫くだけで何も得られない。
「ライナ…」
口がカラカラになるのを感じながらも、言葉を紡ぐ。
「お前に伝えたいことがあるんだ」
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