第205話 ドミーは信じる
「思い通り…」
「そう、思い通りです」
イラートがパチンと指を鳴らし、地下室全体に明かりが灯る。
全体を見渡せるようになり、とある箇所に目がいった。
「魔法陣…?」
部屋の全体を利用した巨大なそれは、白い塗料で床に色とりどりの紋章を描く形で構成され、私とイラートを中心として広がっている。
【魔法陣】。
一部の著名な使い手のみが利用できたとされる、【魔法系】スキルを再現するための装置。
強大な力を発揮できるが、手順が少しでも狂うと魔力が暴走してしまう。
陣を描くのに絶滅したドラゴンの骨を原料とする塗料が必要など、現代での再現は非常に困難だ。
現在では正しい【魔法陣】を記憶する人間も絶え、行使する人間はほとんどいないと聞いていたのに…
「ジーグルーンはこの世界で最強クラスの使い手です。それを鼻にかけすぎるのがたまにキズですがね。彼が作った【魔法陣】が、この【深淵の間】です」
よくみると、イラートの指に塗料が付着しているのが見えた。
彼女は【魔法陣】の端まで歩いて行き、座り込む。
「これで完成。Bランクの【アーテーの剣】たちを生贄にしたのは、ジーグルーンとマトタの受肉のほかに、この【魔法陣】を行使する必要があったからです」
よくみると【魔法陣】の端が線でつながっていない。
そこに、イラートは白い塗料に塗り込んでいく。
「ジーグルーンは馬鹿にしてましたが、Bランクの人間はなかなか良い生贄でしたよ。フフフフフ…さあ、もう少しで発動します」
塗り終わると、【魔法陣】が黒く輝き始めた。
周りの景色がみるみる暗くなり、視界が失われる。
逃げなきゃ。
なんとか床を転がり、逃げようとする。
この【魔法陣】に囚われたら、きっと私はー
「おっと。どこへいくんですか?」
イラートが私の肩を掴み、強制的に立たせる。
「話せるようにしてあげましょう。僕をずっと裏切り続けた罰だ。せいぜい悲鳴をあげてください」
「裏切り!?何をー」
「あの男のせいであなたは変わってしまった!」
景色が完全に真っ黒になり、何も見えなくなった。
その中でイラートは叫び続ける。
「絶望に打ちひしがれるあなたを救ってやるつもりだったのに、あの男に横取りされてしまった!殺してやろうと思えば阻まれ、絶望を説いても無視され、愛を語っても通じなかった!それだけでなく、あなたはあんな男に体を…!」
「ドミーを悪く言わないで!!!」
暗黒の世界の中で、私も叫ぶ。
押しつぶされそうになる自分の気持ちを奮い立たせるために。
「出会いこそ偶然だったけど、私はドミーに救われた!力も、役目も、愛情もくれた!ミズアという友人を授けてくれた!ドミーを悪く言うなら、あなたでも許さない!!!」
「それが不愉快だといってるんだっ!」
「がはっ…」
腹部に鈍い痛み。
イラートに、殴られた?
思わず崩れ落ちる。
「あなたは全てにおいてドミーばかり。僕の気持ちが入り込む隙なんて一分もない。もううんざりだ」
「イラート…」
激痛に苛まれながら、旧友の気配を感じる方向に語りかける。
「あなたは、どこかに悲しみを抱えていた…だから、放って置けなかった。世界に対する絶望を抱えながらも、本当は心優しい人間だと信じてた…」
こらえていた涙が、溢れ出す。
「あなたを闇から救ってあげられなくて、ごめんね…」
「…ふん、最後までお人好しですか。先輩らしい」
急に世界に光が戻る。
咳き込みながら辺りを見渡すとー、
そこは草原だった。
(コンチが現れた草原…でも…)
以前より遥かに禍々しい空間だった。
空は赤く染まり、草木は枯れ果てている。
「もしかして、あなたの夢?」
「おや、知っているのですか。なら話が早い」
草原が形を変えていく。
「ここは僕の心の中。すなわち、僕が絶対的な支配者となる空間。そこに別の人間を引き摺り込むのが【深淵の間】です」
「忘れさせてあげますよ。あの男のことを全てね」
==========
「ライナ!」
「ライナ!無事ですか!」
【ランデルン・ホール】の地下室に、俺とミズアは飛び込んでいく。
全体を包む禍々しい気配の源泉が、そこから感じられたからだ。
そこに、貴族然とした魔術師と土気色の顔色をした剣士がいる。
俺たちを苦しめてきた人物、ジーグルーンとマトタに違いあるまい。
床には、白い塗料で描かれた【魔法陣】が存在していた。
書籍で読んだことがあるが、特定の条件を満たして強力なスキルを発動する装置のはず。
「ライナはどこだ!返答次第では生かしては返さない!!!」
俺は大声で叫び、辺りを見回すが、それらしき人物がいなかった。
代わりに、ジーグルーンとマトタの後方、ちょうど【魔法陣】の中央に、黒いオーラの塊が見える。
「もう遅い!」
ジーグルーンは底意地の悪そうな笑顔を浮かべる。
「すでに両名とも【深淵の間】の中に入った!主がライナとやらの洗脳を終えるまでは脱出不可能よ!」
「卑劣な!」
ミズアが激昂して叫ぶ。
「ならば、ミズアの【竜槍】で破壊して救出します!」
「無理やり破壊すれば、空間の崩壊に巻き込まれてライナは死ぬぞ?それで良いなら破壊するが良い」
「くっ…」
「洗脳が終われば、ライナとやらはお前たちを敵とみなして襲いかかるだろう。その時が楽しみだなぁ!」
「…!」
ミズアが絶望の表情を浮かべる。
槍を握る手が震え出した。
「ライナがいなくなったら、敵になったら、ミズアは…どうしたら…」
今まで我慢してきたのだろう、俺を鼓舞した時も内心は心配でたまらなかったはずだ。
だから、今度は俺の番。
「ミズア。大丈夫だ」
「ドミー、さま…?」
「ジーグルーン、お前は思い違いをしているぞ」
「何だと?」
得意げだった魔術師が不快な表情を浮かべる。
「ライナはそんなやわな女じゃないし、ちゃちな洗脳には決して屈しない」
「ムドーソ、いや、レムーハ大陸1の炎魔導士にして、俺がこよなく愛する女なのだから!!!」
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