第204話 イラート、開始する
「僕の本名はローゼマリー。ローゼマリー・フォン・ランデルン。この地方を滅ぼした張本人です」
イラートは自らの正体を明かした後、後ろに控えている2人の人物に視線を向ける。
「我はジーグルーン。かつてスフラン地方にて活躍した大魔導士である。血を見るのが大好きだ」
金の刺繍が施された衣服を着用し、【魔術書】を手にしながら貴族然と振る舞う壮年の男性。
「…トマヤ王国のマトタだ。それ以上は語る必要もあるまい」
簡素な鎧に身を包み、【和刀】を握る痩せ型の若年男性。
私の予想は当たっていたけど、一つ解せない点があった。
ジーグルーンとマトタには明らかに肉体が存在している。
【降霊の儀】だけでは、憑依させた霊のスキルを行使できるだけで、受肉までは至らないはずだ。
もしかして…
「おやおや、この小娘は気づいたらしいな」
ジーグルーンは愉快そうな声をあげ、衣服の袖をめくりあげる。
「…!」
「この仮の肉体は、我が編み出した【肉体構成】の術によるものだ。素材がBランクの低脳数人では限界があるがな!わはははは!」
腕がボロボロに崩れている。
死人が蘇り人を襲うという伝説、【ゾンビ】のようだ。
よく見ると顔に白粉がふんだんに塗られている。
それで不完全な肉体を誤魔化しているのだ。
「もっと優れた術かと思えば…拍子抜けの感は否めないがな」
「黙れマトタ!相変わらず恩知らずなやつ!」
「思うがままを言っただけだ」
マトタはジーグルーンのように体色を誤魔化さず、灰色の肉体のままで悠然としている。
あまり身なりには気を遣わない性格のようだ。
「その辺にしておけ、お前たちもいずれ先輩に仕える身になる」
イラートが冷たい声でたしなめると、2人は押し黙った。
口の圧迫感が消え、話せるようになる。
「さあ、ライナ先輩。行きましょう」
「…どこへ?」
「この屋敷の地下です。そこで儀式の準備を整えています」
「…私は行かないわ。何をしたって、私はあなたのものにはならない」
「そうですか。あまりやりたくないのですが仕方ない」
「待ってイラート。話をー」
再び話せなくなる。
イラートは取り付く島もなかった。
(ドミー。私、頑張って耐えるからね…)
恐怖に震えながら、床に滴がぽたりと落ちるのを確認する。
シオからもらった【シオドアリ】の粘液だ。
懐に忍ばせた小瓶はもう中身が尽きているだろう。
でも、拉致された場所からここまでの経路はちゃんと辿れるはずだ。
きっとこの場所を突き止めて来てくれる。
それまでは何をされても耐えなくちゃ。
「少しの間、眠っていてください」
イラートは新たなスキルを発動したらしい。
強烈な眠気が訪れ、意識が朦朧としてきた。
「ちっ。イラート、もうここを探知されたらしいぞ」
「…なに?」
「数百人の集団が急速に迫ってきている。迎撃するか?
「いや、【オートマタ】を使え。お前とマトタは僕のそばにいろ。儀式が発動するまでのわずかな時間を稼げればいい」
意識を失う直前、私は作戦の成功を確信した。
==========
「急げ!」
夜を徹して【ドミー軍】は進軍し、夜が白む頃にはランデルン地方の入り口へとたどり着いた。
頼りになるのは、シオの嗅覚のみ。
ほぼ不眠不休でライナの元へと向かう。
(らいなさまにわたしたりょうとにおいのつよさからかんがえますと…おそらくらんでるんほーるふきんまでつづいてるとおもわれます)
「それは確かか?」
(はい)
「ドミー将軍!」
ゼルマからも報告が入った。
「【ランデルン・ホール】から禍々しいオーラが出てるわ!おそらく、イラートがなんらかのスキルを発動してる」
間違いない。
ライナは【ランデルン・ホール】で囚われている。
急がねば。
「全軍、【ランデルン・ホール】まで進軍してー」
「敵襲!」
【ドミー軍】に指示を出そうとした時、アマーリエの切羽詰まった声が響いた。
隊列の側面から黄金色の球体が突如現れ、光弾を放ってきたのだ。
アマーリエが【ウォール・アドバンス】で敵の攻撃を防ぎ、【ドミー軍】の使い手が【魔法系】スキルで迎撃する。
何体かは撃墜されたが、後続の球体が続々出てきていた。
「ドミーさま、おそらくメルツェルのようにスキルで作成された自動兵器と思われます。メルツェルほど強力ではありませんが、数が多いようです」
周囲を油断なく警戒するミズアが報告を入れる。
「まずいな、ここで足止めされては…」
「将軍!ここは我らに任せ、ミズアと共に向かってください。すぐ後を追いかけます!」
「分かった!お前に任せる!ミズア!」
「はい!」
【竜槍】を携えた少女と手を取り、前を向いた。
「俺とミズアの2人で、ライナを助けに行こう」
「必ず!」
瞬時に風景が加速し、【ランデルン・ホール】へと急速に接近していった。
==========
目を覚ますと、私はまた見知らぬ場所にいる。
蝋燭の明かりで薄暗く照らされた、ジメジメとした部屋だ。
「目覚めましたか。早速始めましょう」
ぼんやりした思考の中で、イラートが語りかけている。
直前の記憶から逆算すると、ここが地下室なのだろうか。
「何をするの…?」
「簡単です」
イラートがふふ、と声をあげる。
「あなたを僕の思い通りにします」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます