第197話 ミズア、自らの選んだスキルを得る
「負ける…」
「そうだ。あの男は、我が知っている中でも中々の手練であるぞ。レムーハの歴史上、最強に近いと言っても良い」
【ファブニール】は舌をちろちろと動かしながら、ミズアに語りかけます。
「【強化】を得たとしても一手足りぬ。お主も自覚しているだろ?」
「…はい」
【竜槍】の力を授けてくれた【ファブニール】には、ミズアの力の限界などとっくにお見通しのようです。
「しかし、鍛錬を重ねて必ずあの男にー」
「それでは遅い。あの男はもうじきお前に立ち塞がる。鍛錬を重ねる時間は、もうない」
「そんな…!」
焦りがミズアの胸の中に広がります。
あの男が現れるとすれば、標的であるライナをさらいにくるはず。
ドミーさまは戦闘力に乏しいので、ミズアが矢面に立って阻止しなければなりません。
(もしミズアが破れ、ライナやドミーさまに万が一のことがあれば、死んでも死にきれません…)
想像もしたくない暗い光景に、胸が締め付けられます。
「心配するな、だからこそ我がお前を呼んだ。お前は、我の愛する子供と同義なのだからな」
ミズアの様子を見て、【ファブニール】の声の調子が変わりました。
どこか、子を見守る母のような優しい調子です。
「新たなスキルを授けてやろうではないか。お前があの男に容易く打ち勝てるよう、強力なものをな」
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「本当ですか!?」
思わず、大きな声を出してしまいました。
今自分が最も欲しいもの、力を手に入れられる期待に声が震えます。
「おっと、だがタダというわけにはいかんぞ。我の力も有限ではないのだからな」
「タダではない…」
しかし、次の一言がミズアの興奮の半分を打ち消します。
まさかゴールドを支払えということではないはずです。
つまりー、
「代償を支払うということでしょうか?」
「まあ、そういうことになるな。そのかわりあの男も一撃で倒せるぞ。わはははは!」
「…ここで引き下がっても仕方ありませんね。お聞きしましょう。代償とはなんですか?」
「単純なものだ」
【ファブニール】の眼が怪しく光ります。
「すなわち、お前の寿命の半分」
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「寿命…」
「ああ。といっても半分だ。すぐ死ぬというわけではない」
【ファブニール】はそう言うと、尻尾でぴしゃりと地面を叩きました。
どこからともなく紫色の宝玉が現れ、ミズアの目の前に現れます。
「その宝玉を取れば、代償とともにスキルが与えられる。その名も【紫電】。我が与えられるスキルのなかで最強のものだ」
「代償と引き換えに、力が…」
「さあどうする?答えを聞こう」
どうしよう。
ミズアは、その宝玉の輝きに心をかき乱されます。
手に取れば大いなる力を得られることを、本能的に感じるからです。
力を得られれば、ライナとドミーさまも守れる。
ミズアはどうなってもいい。
愛する人と友人に尽くせるなら、どうなってもー
(いや…違う)
伸ばしかけた手を止めます。
ーミズアはムドーソ王国、いや、レムーハ大陸で最も優れた槍士だ。
ー犠牲や献身による勝利を俺は望まない。
自分を病の苦しみから救ってくれた、ドミーさまの言葉。
ー屈辱を受けるぐらいなら、ミズアと一緒に死にたいの。
ー何言ってるの、ミズアの力が無ければ何も出来なかったわ。
数々の難局を共にくぐり抜けた戦友、ライナの言葉。
それらが、ミズアに一つの決断を促しました。
「ミズアが代償を対価に勝利を得ても、ドミーさまとライナは泣いて悲しむでしょう」
「ですから、この話はなかったことにしてください」
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「やれやれ」
【ファブニール】が残念そうな唸り声をあげると、紫色の宝玉は一瞬で姿を消しました。
「以前のお前なら喜んでこの力を手にしたであろう。良くも悪くも、あの男と魔導士に染められたらしい」
「申し訳ありません」
「いや、謝るな…で、あの男にどう立ち向かうのだ?」
「力を合わせます。ドミーさま、ライナ、アマーリエ、ゼルマ、レーナ、【ドミー軍】の皆とともに」
「そうか…」
「それでは、これで失礼します」
「…うぬぬ」
「?」
「ええい!」
新たな宝玉が現れます。
今度は紫色ではなく、青色の宝玉です。
「これは…?」
「先ほどとは別のスキルだ。こちらには代償はない。だが、強力さは落ちる、というより、熟練の技が必要となる」
「授けてくれると言うのですか?」
「いらぬのか?お前の母、ユッタが使役したスキルでもあるぞ」
「お母様が!?」
思わず手が伸びます。
触れた瞬間、全身に痺れが走りました。
「うっ…」
宝玉は一瞬で消えましたが、新たな力を得た実感は確かにあります。
お母様が使役したとされる、新たなスキルを。
「ユッタのように悲劇的な死を遂げるのは、我の本意ではない。メクレンベルク一族の生き残りも、もはやお前1人だ。だから強力なスキルを授けたかったが、望まぬなら仕方ない…」
【ファブニール】の言葉と共に、意識が朦朧とし、体がふらつきます。
どうやら別れの時が近づいたようです。
「代わりにユッタのスキルを授けてやるゆえ、約束しろ。必ず、あの男に打ち勝つと」
(分かりました、誓いは必ず果たします…)
ぼんやりとした思考の中で契りを交わしながら、ミズアは意識を失いました。
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