第196話 ミズア、再会する

 「はっ!」 


 アマーリエとゼルマが結婚式を終えて数日後。


 ホテル【フォンタナ】前の庭園で、1人の少女が槍を振るっていた。

 

 「ふっ!たあっ!」


 【ドミー軍】随一の槍の使い手、竜槍のミズアである。

 12月も半ばを迎えており、温暖なムドーソ王国といえどもかなり寒さだ。

 にも関わらず、額から汗を流し、さまざまな演武を披露している。

 蝶のように舞い、蜂のように刺すとは彼女にふさわしい言葉だろう。

 その槍捌きには一分の隙がなく、どのような強敵もことごとく葬ってしまうように思えた。


 「精が出るな」

 「ドミーさま!おはようございます。お出かけですか?」


 俺を見かけたミズアが、こちらに駆け寄ってくる。

 先ほどまで歴戦の戦士のような表情だったのに、今は年頃の恋する少女のようだ。 

 瞳を輝かせ、頬を赤く染めている。


 「出かけるというよりは、散歩だな。この周辺は【ドミー軍】の警護があるし、周囲を巡るだけなら問題なかろう」

 「キュッ!」


 俺は跨っているシオドアリの少女、シオの頭を軽く撫でる。

 シオはぷるぷると頭を震わせ、喜びをあらわにした。


 「アリにまたがり散歩するというのも、なかなか珍しいだろ?」

 「ふふふ、そうですね。ドミーさまだけだと思います」

 「そうだな!ははははは。しかし、こんな朝早くに鍛錬をするとは、何か悩み事があるんじゃないか?」

 「…お気づきでしたか」

 「お前との仲だ。それぐらいは分かるさ」


 俺はシオから降りると、ミズアの元へ歩み寄る。


 「この前の一件のことだろ?」

 「…はい」

 

 白い髪を靡かせながら、少女は【竜槍】を強く握りしめた。

 唇を噛み、悔しさをにじませる。


 「ドミーさまの【強化】がなかったとはいえ、あのマトタという男性に遅れを取ってしまいました」

 「それほどまでの使い手だったのか」

 「はい。ですが、次は必ず勝ちます」

 「その意気だ。だが、命を無駄にするなよ」


 軽く彼女の頭を撫でると、ぴくりと体が動いた。

 ミズアの青い瞳が潤み、吐息が熱くなる。


 「犠牲や献身による勝利を俺は望まない。決して無理はするな」

 「もちろんです。ミズアは、ドミーさまと一緒にいられなくなるのが嫌ですから…それより」


 はにかみながら、ミズアは俺に聞いた。


 「今日の夜、久々にお相手していただいてもよろしいでしょうか…ライナの今朝の姿を見て、その…」

 「ああ、もちろんだ」

 「ありがとうございます!」


 ミズアの表情がぱあっと明るくなる。

 

 「楽しみにしています!」

 

 そう言うと、【竜槍】を携えて稽古に戻っていった。

 愛らしい限りである。




 「…いかん。今朝のライナを思い出すと鼻血が…」

 (どみーさま、だいじょうぶですか?)

 「だ、大丈夫だ。行くぞ」


 あまり思い出さないようにしつつ、俺はシオと共にその場を去るのだった。



==========



 「ふっ!はあっ!」


 【竜槍】を振るい、ミズアは鍛錬を続けます。

 全てはあの男に勝つため。


 (ドミーさまのため、ライナのためにも!)


 愛する人と親友が大いなる役目を果たす間、敵から2人を守り抜くのがミズアの役目。


 (ライナが役目を果たせば、いずれミズアもー)


 淫らな考え。

 心の中で隠してた想い。


 (いけない、なんてことを…)


 「あっ!」

 【竜槍】が手から離れ、明後日の方向へと飛んで行きました。

 慌てて拾いに行きます。


 「ミズアは、愚か者です…」

 ここが戦場ならとうにやられていました。

 反省しなければなりません。


 「はあ…」


 槍を手に戻したあと、地面に座り込みました。

 そして、考えに浸ります。




 このままではあの男、マトタに勝てない。


 幾度か脳内で戦ってみましたが、どうしても1手が足りないと感じます。


 ミズアはマトタに肉薄するも槍を飛ばされ、腹を【和刀】で貫かれ、苦しみながら息絶える。

 最後に脳内で戦った時、そのような流れでミズアは敗北しました。

 

 「ミズアのお腹は、ドミーさまだけのものなのに…」

 自分のお腹を撫で、悔しさに顔を歪めます。


 なんとかして、あの男に勝ちたい。

 ライナのため、ドミーさまのために。




 (そうか。なら力を借りに来ると良い)

 頭の中に誰かの声。


 「っ!?」

 ただちに【竜槍】を構えて戦闘態勢を取りますが、誰の姿もいません。


 「あ…」

 視界が、歪みました。

 意識が薄れ、別の世界へ意識が旅立っていきます。


 (この声は確かー)


 声の主の正体に気がつく前に、ミズアは意識を完全に失いました。



==========



 「久しいな、【竜槍】を受け継ぎしものよ」

 目覚めると、見覚えのある空間にいました。


 とある生物を閉じ込めるための、巨大な洞窟です。

 ここに住んでいるのは確かー、


 「【ファブニール】?」

 「いかにも。お前が予想以上に力を発揮するので、会う機会を作れなかったわ」


 鈍色のうろこに覆われ、翼を生やした巨竜が、口から炎を吐き出します。


 「早速だが、新たな力を授けよう。お前が危惧している通りー」


 「このままでは、お前はあの男に負ける」

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