第195話 アマーリエ、プロポーズする
私とゼルマはテーブルを挟んで向かい合う。
長年苦楽を共にしてきた相棒だが、ぎこちない空気が流れているのを感じた。
私が緊張しているせいだろうか。
互いに沈黙してしまったため、話題を振ってみるがことにする。
「…月が綺麗だな」
「まあ、綺麗ね。それで?」
「それだけだ」
「…ぷっ、何それ。変なの」
ガウンに身を包んだゼルマが笑った。
ドミー将軍に治してもらった金色の眼に見つめられ、どきりとする。
「そういえば1つ聞いてなかったことがあったな」
「何よ」
「どうして、レムーハ教の司祭の格好をやめることにした?」
ゼルマの普段着は、胸に十字架を身につけ、髪の毛を頭巾で覆い隠したオーソドックスな修道女スタイルである。
この大陸に伝わる唯一と言ってよい宗教、レムーハ教の教徒の服装であるが、ゼルマは特にレムーハ教の教徒というわけではなかった。
それでも彼女は修道女の服装を好んで着続けたのだがー、
ーアマーリエ、あたしあの服装やめるね。
ランデルン地方から帰還した彼女はそう宣言し、以来一度も着ていない。
昼は動きやすい冒険者用の服、夜はガウンで過ごしている。
同じスタイルを貫いてきた彼女の、大いなる変化であった。
「そうね」
私の疑問に、ゼルマはあっさり答える。
「もう、ヒルデを弔う期間は終わったと思ったの」
「弔う期間、か」
「ええ。あたしたちはヒルデの志を継いで、オーク兵たちからムドーソの民を守ったわ。これからもヒルデのやりたかったことを実現し続ける。だから、あたしがこの服を着る必要はもうないわ」
「そうか…」
要するに、ゼルマなりの過去との訣別なのだろうと思った。
想い出に囚われるのはやめ、一歩前へ前進するための。
「話は、それだけ?もっと色々あると思ったのにな」
ゼルマが残念そうな声をあげたので、慌てて訂正する。
「も、もちろん話はまだあるぞ」
「何?」
プロポーズだ!
本来ならそう言うつもりだった。
だが、別の話題となる。
「世界の真実についてだ」
ドミー将軍から聞いたことを、ゼルマにも伝えなければなるまい。
==========
「そう。内心、そんなことだろうと思ってたわ」
「ちょっとふにゅ〜となっただろ?」
「別に。あたしとアマーリエの間には何の関係もないし」
全てを聞いたゼルマだが、取り乱したりはしない。
さすがと言うべきなのだろう。
「それで?それをあたしに聞かせてどうしたいのよ。アマーリエ」
「…」
「あたしは、その先が聞きたい」
彼女の問いに、即答はできなかった。
断られたらどうしよう。
子供が望めないとなれば、ゼルマはどう思うのだろうか。
いや、それも覚悟の上だ。
彼女に世界の真実を伝えないままプロポーズして、了承を得ることなぞ私は望まない。
結果がどうなっても、悔いはない。
「私と、結婚してくれないか」
==========
「私は、あまり魅力的な女じゃない。あまり女性らしいとされてきたことができないし、スキルも欠点がある。それでも、ゼルマにふさわしい女になれるよう頑張るから、結婚してくれないか」
沈黙が辺りを支配する。
やはり、ダメだったか?
「あ、アマーリエこそ、あたしでいいの?」
帰ってきたのは、意外な返事。
ゼルマが顔を赤くし、体をもじもじさせている。
「あたしはあなたの想いに気づけなくて、目が見えない時はずっとお世話になってたし、いまだに戦闘能力ないポンコツだし…ああ、何言ってるんだか」
「何を言う。ゼルマのスキルがあるからこそ、皆ここまで無傷で生きてこられたんじゃないか」
「買い被りよ!あたしはただ偵察しただけ。あなたのスキルがみんなを守ったから、みんなが無事に済んでるんだから」
ゼルマは深呼吸し、呼吸を落ち着かせる。
そして、小さな声で答えた。
「…答えはイエスよ」
「ほ、本当に?」
「ええ。あたしも、あなたとずっと一緒といたい。だから、イエスよ」
「ありがとう…!だがー」
「全部いう必要はないわ。子供は、できなくてもいい」
私が内心悩んでいたことは、彼女にお見通しのようであった。
「絶対にいらないとかそういうのじゃないけどね。自然の流れに任せようと思うの。子供が欲しいから結婚するわけじゃないし」
「ゼルマ…」
すまない、と言いかけた言葉を飲み込む。
彼女にかける言葉として相応しくない言葉だ。
「ありがとう。私も、色々手を尽くしてみる」
「こちらこそ。じゃあ!」
「ん?」
「ん?じゃないわよ!こういう時やることがあるでしょ」
ゼルマは目を閉じ、唇を細めた。
「将軍たちはいつもやってるかもしれないけど、あたしたちは初めてだからね…」
何を望んでいるか、理解する。
椅子から立ち上がり、ゼルマの顔に自分の顔を寄せた。
「いつまでも一緒だ、ゼルマ」
互いの唇がふれあい、私とゼルマは新たなる絆を結んだ。
==========
「いいわよ、アマーリエ」
「ありがとう、ゼルマ」
ホテル【フォンタナ】からほど近いところにある高級レストラン【クライネヒュッテ】。
【ドミー軍】の幹部会、と銘打ったプロポーズ会は無事成功した。
アマーリエから差し出された指輪を、ゼルマはそっと指にはめる。
「めでたいめでたい!ムドーソに帰ったら、もっと盛大な祝賀会をやろう!」
俺はほっと胸を撫で下ろした。
「よかったね、アマーリエ!」
「ゼルマも幸せになってください!」
「昔から知ってるけど、まさか結婚するなんて…うちも感激!」
参加したライナ、ミズア、レーナも嬉しそうだ。
「ありがとうございます!将軍たちの支えもあり、ここまでこれました」
「これからはアマーリエのことも支えるけど、軍務に支障がないよう頑張るからよろしく!」
「「「前途を祝して乾杯!!!」」」
祝賀会は、朝まで行われるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます