第187話 単独と連携
「恐らく、【強化】とやらの効果が切れた。後はお前1人でも問題なかろう。ア…ジーグルーン」
マトタは大きく伸びをした。
ローブで表情は見えないが、つまらなさそうな表情を浮かべているのだろう。
背を向け、去っていく。
「おいマトタ!任務を放棄するつもりか貴様!さっさと標的を捕らえるぞ!」
「言ったはずだ。それがしはお前ほど熱心にはなれないと。殺人にも、願いにもな」
「肉体を持って活動できるのが誰のおかげか分からぬ恩知らずめ!とっとと失せろ!」
「そうさせてもらう。すでに死など恐れる身ではない。弱者との斬りあいなどに興味はないしー」
「待ちなさい!」
去り行くマトタに対し、ミズアが叫んだ。
「逃げるのですか。ミズアは【強化】なしでも恐れはしません!同じ戦士なら勝負をー」
ミズアはそれ以上言葉を継げなかった。
マトタが一瞬で距離を詰めたからだ。
ミズアの目と鼻の先まで。
「真剣勝負なら、お前はもう死んでいた」
「…!」
ミズアはひるまず【竜槍】を繰り出すが、その時マトタの姿はすでになかった。
再び、ジーグルーンのそばに立っている。
「やめておけ、槍使い。それがしはジーグルーンのような趣味はない。お前は一瞬で死に、隣の友人が悲しむぞ」
「くっ…!」
いつも温和なミズアの表情が一瞬屈辱に歪む。
だが、深く深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
「いけませんね、ここで熱くなっては。いずれ再戦を申し込みます」
その姿を見て、マトタは愉快そうだった。
「ふん…生き残っていれば受けよう。生き残っていれば、だがな」
マトタは振り返らず、暗闇の中に消えていった。
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「さて、さぼり野郎も帰ったし本題に入るとしよう。あんなやつ、もとより必要ない」
少しして、ジーグルーンが口を開いた。
一かけらの情けもない、冷徹な声で。
「こちらの目標はライナ、お前だけだ。降れば、命は助けてやる」
「私…?」
少し驚く。
こいつらの目標は、ドミーじゃなかったの?
「ああ。そこのミズアとかいう女には興味がない…我はそっちの方が好みじゃがのう、ぬはははは!」
「…私を連れ去ってどうしようというの?」
「それを説明する気はない。とにかく、降れ」
「できない相談ね。私は何をされてもー」
「お前が従えば、そのミズアとかいう女の命は助けてやる。だが、お前が降らねば殺す」
「…」
ジーグルーンは狡猾だった。
私自身をいくら脅しても効果がないとすぐに看破したらしい。
代わりに、ミズアという人質をとることにした。
「5分だけ待ってやる。答えを…ええい!本に砂が付くから3分に短縮だ!」
頭上からぱらぱらと落ちてきた砂をはらい、ジーグルーンは1歩下がる。
答えを待つといわんばかりに、その場から動かなくなった。
「ライナ、逃げてください」
ミズアはすぐ私の前に立ちふさがった。
その動きに迷いはない。
「ライナのために死ねるなら悔いはありません」
間違いなく本気。
でも、親友を犠牲にして生き延びるなんて私には耐えられなかった。
(こういう時、ドミーならどうしたんだろう。まず後方に向かっての前進を考えるでしょうけど、さすがにそんなに甘くはないでしょうね…)
【強化】されていない状態でも、ジーグルーンがまとうオーラの禍々しさは分かる。
ならば、最後まで抗うのみ。
「ミズア、私のために死ぬ必要なんてないわよ」
ミズアの肩にぽんと手を置く。
「ですが、あっ…」
抗議しようとした少女の耳に顔を寄せた。
私の暖かい息を耳朶に感じ、動きが止まる。
「屈辱を受けるぐらいなら、ミズアと一緒に死にたいの」
「…ライナ」
「だからー」
ジーグルーンに聞こえないよう、小声で策を話した。
「いつものやつでいきましょう」
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「どうした!答えを聞かせろ!」
しびれを切らしたジーグルーンが【魔術書】を開いた。
「ええ。いいわね、ミズア」
「はい!」
私は【ルビーの杖】、ミズアは【竜槍】を構える。
つまり徹底抗戦だ。
「愚かな。友人が死んでも良いというのか?」
「私が大人しくつかまったとして、あなたがミズアを見逃がすとは思えないわ」
「ミズアは、あなたによって殺められた方々の惨状を見ました。そのような行為を働くあなたを信用できません」
「…つまらんなあ。目の前でミズアを殺され、泣き叫ぶお前の姿を見たかったというのに」
「やっぱり、そんな人間だと思ったわ。いずれにせよ、人質を取るような卑怯な真似を成功させるに行かないわね。同じことを繰り返すにきまってるもの」
「そうか。仕方ないな」
【魔術書】が、不気味な黒のオーラをまとう。
相手にスキルを発動させたらこちらの負け。
「あんたなんて私とミズアが恐れる必要はない!正面から【強化】なしでも打ち破られるわ!【ファイア・ダブル】!」
だから、こちらから仕掛けた。
【強化】のない私でも使える最強のスキル。
「馬鹿め!正面から通用しないと分からぬか!【魔術防壁】!」
読み通りジーグルーンのスキルにあっさり封じられたが、それで良かった。
「【刺突】!」
ミズアが本命の攻撃を繰り出していたからだ。
弱体化しているが、【竜槍】の加護を受けた彼女の【高速】と【刺突】はいまだ健在。
「ぬはははは!同じことを繰り返しおって!槍使いの攻撃も受けきってやるわ!」
もちろん、ジーグルーンがそれに対処できないはずがない。
紫色の防壁が現れ、彼の周りを取り囲む。
「残念ですが、ミズアの狙いは直接あなたを倒すことではありません」
「なっ!?」
だから、ミズアにはジーグルーンの頭上を狙わせた。
先ほどからぱらぱらと砂が落ち、崩れそうになっていた巣の天井。
そこにミズアの【竜槍】がねじ込まれ、衝撃を与える。
「貴様ー」
「【ファイア・ダブル】!!!」
「ぐうっ…」
対応しようとしたジーグルーンをけん制し、身動きを封じた。
その間にミズアは退避する。
再び、巣全体が振動を始めた。
「もう少し、あのマトタとかいう男と歩調を合わせるべきだったわね」
砂の天井が崩れ落ち、ジーグルーンに襲い掛かった。
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