第173話 ライナ、ルパンダイブする

 「コンチさま。ライナさまが混乱しております。それぐらいに致しませんと」

 「すまない。つい興奮してしまった」


 ナビにたしなめられてコンチは話を終えたけど、私は正直付いていけてない。


 【生命降臨の儀式】は偽物?

 人間はこのコンチという天使の子孫?

 コンチの代わりにドミーが【因子】を交換する?

 

 なにより、私が人類種の母?

 何をするの?

 どうすればいいの?


 そもそも、こんな一方的に言われるなんて。

 何の準備もできてないのに。


 思考がぐるぐると巡り、頭痛がする。


 (いや、私がこんなんじゃ駄目)


 言わなければならないことがある。

 私のことはどうでもいいから。


 「1つだけ、言いたいことがあるの」

 「なんだい?」


 「ドミーに何も話さず進めて良い話じゃないわ」

 「…」

 「あなたは、ドミーに世界の命運を背負わせようとしてる。事情がどうあれ、何も言わずに押し付けようとするのは正しくない。まずは彼にきちんと話してからよ」

 「怒りでも疑問でもなく、まずは愛する人の身を案ずるのか。君らしいと言っておくがー」

 「全部いう必要はないわ。私は引き受けるわよ。私で良ければの話だけど」


 聞きたいことはたくさんあるけど、とにかくそれだけは決意した。


 ドミーがムドーソの王となっても、人口減少を止められなければ、栄光ある人生とは無縁だ。

 滅びゆく世界を必死に救おうとして、何もできないまま死んでいく人生。

 ドミーも王として責任を痛感し、嘆き悲しむだろう。


 ドミーの臣下として、恋人として、そんな姿は見たくない。


 (世界の存亡がかかってるのにドミードミーって…私も駄目な人間ね)


 とにかく、胸に浮かんだ想いはそのようなものだった。



==========



 「そうか…確かに僕は責任を押し付けようとしている。良くないことだな」

 

 コンチはため息を付いた。

 表情に力はなく、羽もよく見ると所々荒れている。

 疲れているのは本当らしい。

 

 「だが、いずれにしろ僕の口から彼に伝えることはできない」

 「どうして?」

 「男性に世界の真実を直接告げるような言動はご法度。そういうルールだからだ」

 「あなたが神様なんでしょ?」

 「神様のようなものだ。僕たちは階級としては天使、すなわち眠っている神が遣わした下っ端に過ぎないよ。これ以上詳しくは言えないけど」

 「…そう。そっちも大変なのね」

 「先日ナビがドミーに対しかなり踏み込んだ話をしたが、あれ以上言えばナビは神罰を受けるところだった。ひやひやしたね」

 「勝手な行動、申し訳ありません」

 

 ナビが頭を垂れた。


 「ナビが無事ならそれでいいさ。いずれにしろ、僕らの側からこれ以上働きかけるのは難しい。また、ドミーも神による抑制機能が働いている。もう【因子】の交換ができる状態なのに、未だに胸触って動揺している状態じゃダメダメだね。後10年はかかってしまう」

 「10年も!?」

 「ああ。下手すればもっとかかる。魔法使いどころじゃない。その間に人口減少はさらに加速するだろう」

 「魔法使い…とにかく、やるなら今しかないってわけね…」


 ぐるぐるした思考も、ようやく落ち着いてきた。

 気になることはまだあるけど、恐らく大半は教えてくれないから一度忘れよう。


 聞きたいことは、ただ1つ。


 「それで」




 「その【因子】の交換ってどうすればいいの?」

 「…うん?」

 「いや、【因子】の交換の方法よ。よくわからないんだけど」

 「あー…そうだよね。うーん、下世話な話だしなあ…」

 「なに戸惑ってるのよ!」


 土壇場でうろたえる変態天使の頬を掴む。


 「いででででで!も、もう頬っぺたが落っこちるよおおおおお!」

 「あなたがやれと言ったことでしょ!下世話でもなんでもいいから早く教えなさい!」

 「いいけど、後悔はないんだね!?」

 「ないわ!世界を救うためなら、どんなことだって恥ずかしくないもんっ!!!よくわかるように教えなさい!」 

 「分かった!ナビ!」

 「はい!」


 コンチは命じた。




 「彼女に映像を見せろっ!!!直接!!!よく分かるようにっ!!!」



==========



 「ひっぐ…こんな恥ずかしいことできないよお」


 数分後。


 私は後悔した。

 色々と。


 「大丈夫だ。肉体そのものは同じ構造だし」

 「あんなことされたら私死んじゃう…」

 「死にはしない。少し痛みはあるけど」

 「痛み!?」

 「最初だけだ。多分」

 「多分!?」

 「まあ落ち着いて。君1人だけでやれとは言わない」

 「でも私しかー」

 「君には生死を共にした友人もいる。僕の代わりとしてナビもサポートしよう…君に役割と痛みを押し付けるのは卑怯だと分かっている。すまない」

 「…コンチ」

 「それにー」


 コンチは懐から布を取り出し、私の涙を拭いた。


 「彼なら、君のことをきちんと想いやってくれるはずだ」

 「…」


 私は涙を強引にぬぐい、立ち上がった。


 「そうね。私としたことがドミーを疑うなんて」

 「強い娘だね、君は」

 「強くなんかない。ドミーを信じてるだけ」

 「ふふふ、ドミーも幸せな男だな。それじゃあ、健闘を祈る」

 「あ…」


 急速に視界が暗転していく。

 意識が、遠のく。




 「…1つだけ警告しておく」




 「影には気を付けたまえ…」


 

==========



 「ライナ…?」


 俺が寝ずの番を終え、ライナと交代する早朝。


 彼女を起こそうとしたとき、一筋の涙を流しているのに気付く。

 慌てて部屋に備え付けてあった布を一枚持ってきて、涙を拭いた。


 「ドミー…?」

 「悪い、起こしてしまった。もう少し寝ていてもいいぞ」

 「ううん。それより、あなたに伝えたいことがある」

 「ん?なんだ?」


 ライナは立ち上がった。


 「男ドミー!!!」

 「!?」


 そして、ジャンプした。

  

 「な、なにを!」

 「あなたがやるべき使命を伝える!!!」


 一瞬で衣服を全て脱ぎ、こちらに向かってダイビングしてきた。


 「童貞をー」




 「捨てなさああああああああああい!!!」


 この光景は、コンチに見せられた風景の中にあった。

 かっこいい男だけが会得する、寝台に飛び込む際の高等テクニック。


 すなわちー、






 ルパンダイブ!!!



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