第165話 しばしの別れ
「キリル!心配したんだから…」
ルティアのところに駆けつけてみると、我が子を抱いて泣いている。
人間もオークも、我が子を大切に想う母の気持ちは変わらない。
キリルは起き出しており、母親の泣き顔を見て笑顔を浮かべている。
「ルティア、1つ聞きたいことがあるんだが…」
俺は女性のスキルを【強化】することできるが、新たに生み出すことはできない。
つまりー、
「身の回りで何か不思議なことが起こらなかったか?不可解な現象に遭遇したとか」
「そういえば…」
ルティアははっとした表情を浮かべる。
「子供の頃、身の回りでよく風が吹いておりました。それを見て、カクレンがよくからかっていました…」
「それは恐らく、秘めていたスキルによるものだろう。スキルは発動者の意思がなければ発動しない。オークにスキルが使えるはずがないという先入観が、発現を妨げたのだな」
「それでは、私の一族には代々スキルが受け継がれていたと…?」
「ああ。だがルティアの素質はすでに失われている。多感な時期に覚醒する必要があるのだろう。その意味ではー」
母親の様子を見て不思議そうな表情を浮かべるキリルを見つめる。
任せられるはずだ。
オーク民族の中で唯一スキルに覚醒した女性。
誰であろうと逆らえない
「キリルに今日巡り合ってよかった。前言撤回することになってすまないが、この娘の将来について頼みたいことがある」
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「頼み…?」
「そうだ!それはすなわちー」
キリルになって欲しいと願うのは、この草原を支配する絶対者。
「王者となること!オーク民族50万人を統一する王者となり、皆を導いてくれ!!!」
「そんな!」
ルティアは叫んだ。
「オーク民族を統一する王など、未だ出現したことがありません!ましてや女性であるキリルがー」
「できるさ!生まれや性別など関係ない!カクレンの遺志とルティアのスキルを継いだこの娘ならできる!!!もしこの娘が王となった時は、俺と対等に対話できる権利を与えよう!!!」
「権利…?」
「ああ。俺はいずれムドーソと草原地帯の繁栄に責任を持つ者となるが、結局は1人の人間だ。決して道を誤らないとは限らない。その時は、このキリルに止めてもらおう」
「本当に、良いのですか?」
「ああ!男に二言はない。それとも、キリルを王の道に進ませるのは嫌か?」
「それはこの娘に聞いてみないと分からりません。でも、それだけ頼むなら決心しました!」
ルティアは、決意を固めたようだった。
「私は、この娘を立派な人物に育て上げます!成長して王になることを望むなら、それを後押し、そしてー」
「娘はいつかあなたをぎゃふんと言わせて見せます!血で血を争う戦争ではなく、平和の中で!!!」
「ははははは、その意気だ!楽しみにしてるぞ!」
これで、【永遠の平和】の歪みも、少しは矯正されるはずだ。
王となる素質を秘めた赤子 キリル(【強化】後)
種族:オーク
クラス:英雄
ランク:A
近接:0
魔法:73
統治:0
智謀:11
スキル:【疾風】
個性:【英邁】
一口コメント:将来性と個性の強力さを加味しAランクとする
いずれ、草原に新たな風を吹かすだろう。
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「さあ!【ドミー軍】たちよ!戻るとするか!!!」
「「「将軍がそうおっしゃるなら!!!」」」
ルティアたちに別れを告げた次の日。
長い草原の旅も終わり、俺たちは帰ることにした。
ムドーソ城へと。
もちろんすんなり帰れるとは思ってないが、とにかく目指すことにする。
新たな国境線となる【ドミー城】は、ユリアーナが召集した辺境都市の兵士がしばらく預かる。
数ヶ月もすれば、交易を求めるオークたちでごった返すだろう。
一時的に動員したレジーナ率いる義勇兵800人は、一部を残して解散。
惜しむ声もあったが、俺が欲しいのは義勇軍ではない。
常備軍だ。
いずれにせよ、戦争の時代は終わった。
これからは、長い時間かけて平和と繁栄の時代に切り替わるだろう。
そのためにも、あまり時間をかけずにムドーソ王国を我が手にしよう。
血と犠牲で成り立ってきたムドーソ王国を、俺のスキルを使って無血で手に入れるのだ。
「なにぼさっとしてるのドミー。行くわよ!」
ライナが俺に呼びかける。
「ドミーさま。参りましょう」
ミズアもライナに同調する。
「ああ!」
最後に、草原地帯の青空を見た。
雲一つなく、俺たちの帰路を見守っている。
「草原地帯よ!!!」
その空に呼びかけた。
「しばしの別れだ!!!」
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オーク民族初の歴史書 草原の記録より抜粋
15歳の誕生日を迎えた王の旅路は、3人の従者と1匹の馬から始まった。
「行くよ!ギンシ!ナンロウ!ホーチョ!」
アタシは、子供の頃から自分を見守ってくれた人たちに呼びかける。
「ははっ!このギンシ、この日が来ることを待ち望んでおりました…」
「おいらの読み通りだったな、ギンシの旦那。『生きてりゃいいことある』って」
「口数の減らない奴め。だが今日だけは認めてやろう!あの時降伏してよかったとな!」
「ギンシ、ナンロウ。王の前ですよ!」
父さんの同志だった2人の男性を、1人の女性がたしなめた。
彼女も、父さんの同志になった人の娘である。
「おう、これは失敬」
「やれやれ、ホーチョは手厳しいなあ」
「あなたたち2人がガサツな分、私がしっかりします!」
この3人は、小さい頃からアタシを王と呼んでくれる。
なぜかは分からない。
でも、そう呼んでくれる人のために、アタシも頑張らなくちゃね。
「…そうでしょ。【アハルテケ】」
アタシが撫でると、【アハルテケ】は嬉しそうに鼻を鳴らす。
長命な【ブアラ】の品種だから、まだまだ元気でいてくれるはずだ。
生きている間に、草原が統一された様子を見せてあげたい。
「さあて、そろそろ行きましょうか!未探査地区へ!!!」
「「「はっ!!!」」」
「【疾風】!」
右腕を出し、風のスキルを発動させる。
掌に収まるほどの空気の流れ。
制御もばっちし。
アタシが成り上がりの一歩として選んだのは、最近凶暴なモンスターが絶えない未探査地区の調査。
理由は単純明快。
お母さんから、冒険者になるのがお父さんの夢だったと聞いたからだ。
「行くよみんな!!!」
「「「【オークの誇り】を胸に!」」」
最後に、この日が来た時言いたかった言葉を叫んだ。
「始めよう!!!アタシたちの成り上がりを!!!」
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後レムーハ記より抜粋
ドミー朝とオーク民族による【永遠の平和】はー、
約200年続いた。
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