第163話 カクレン、【叛逆者】となる
「…そうか。ムドーソ王を破るなんてね。カクレン、君の勇敢な母上に一度お会いしたかったよ」
トゥブと名乗る少年に事情を話すと、悲しみに満ちた表情を浮かべた。
「気にするな。母さんは最後まで【オークの誇り】を保ち続けた。俺もそれに倣いたい」
「僕も連れて行け、と言いたいんだがね…」
「母さんに加えてトゥブも乗せると速度が出ないからな。すまない」
「気にしないでくれ。それより、さっきの進路は覚えたかい?」
「ああ。少し遠回りになるが、【アハルテケ】の脚なら、朝までにたどり着けるはずだ。この恩は必ず返す」
「…」
「どうした?」
「…80年前散った戦士たちも、君のような面構えだったのかな」
「…どうだろうな。とにかく、今日は必ず生きて帰るさ。明日死ぬことになったとしても」
母さんをこの手に取り戻すまでは、死ねない。
【アハルテケ】に合図を送る。
一定距離を走ったはずだが、愛馬はまだまだ衰えを見せなかった。
「じゃあ、行ってくる!」
「気を付けて!」
トゥブの姿は、すぐに見えなくなった。
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トゥブの言う通り、進路上にムドーソ王国軍はいなかった。
元々定数1000人で守るはずの【ブルサの壁】も、いまや500人しかいない。
エルネスタの軍備削減により、将来的には300人まで減らされると聞いている。
文字通りスカスカだ。
夜陰に乗じて同胞数百人で奇襲すれば、恐らく攻略できるだろう。
「…ここで待て」
すでに【征服門】が見える位置まで来ていた。
【アハルテケ】から下馬し、夜陰に隠れるよう待機させる。
そして、ゆっくりと近づいて行った。
【征服門】の前で磔にされている、母の亡骸へと。
だが、その前に【征服門】にいるはずの門番をどうにかせねばー
「…ぐー」
「むにゃ…」
2人共寝ていた。
隠れながらではなく、堂々と。
(こんな奴らに今まで征服されていたのか)
怒りを覚えたが、悪いことではないのかもしれない。
今後ムドーソ王国軍の規律が緩み続ければ、数千人の同胞でも勝機はある。
==========
母さんは、十字架へ磔にされていた。
亡くなった時より、あきらかに傷が加えられている。
「…っ」
悲しみと怒りで、感情がぐちゃぐちゃになりそうだ。
なぜこんなことができるのだろう。
オークだからか?
人間とは同じ知能と、感情と、言語を共有しているというのに。
いつか、必ず復讐してやる。
「…今助けてあげるからね」
叫びだしたくなる激情を抑えながら、母さんの解放に取り掛かる。
幸い、手足を縄で括りつけられているだけだ。
剣で縄を切り、母さんをゆっくりと草原へ横たえる。
亡くなる直前と同じく、穏やかな表情だった。
痛かったろう、苦しかったろう。
それでも表情には出さず、毅然と王に立ち向かい、打ち勝った。
ー【叛逆者】の血はお前のものか!
エルネスタの言葉を思い出す。
俺が【オークの誇り】を受け継いでいるのだとしたら、それは母さんからだ。
「さあ、行こう」
用意していた7色の布を、母さんの体に巻いていく。
草原で亡くなった同胞が、埋葬の際に纏う【葬送の布】だ。
一度【葬送の布】で覆われれば、二度と母さんの表情は見られなくなる。
顔へ巻く前、永遠に忘れないよう目に焼き付けた。
そして、先ほど切った縄を使い、母さんの体を俺の背中に括りつける。
後はこの場を離れるだけー、
「おい!侵入者だ!!!
「オークの遺体を奪還しようとしているぞ!」
【ブルサの壁】の城壁からだ。
門番のみに気を取られ、城壁からの監視を失念していた。
「撃ち殺せえええ!【サンダー】!」
城壁から、とある兵士が【魔法系】スキルを放った。
雷撃が出現し、こちらへみるみる迫る。
俺は両手を広げ、背中の母さんに当たらないよう【サンダー】に向き直った。
これ以上、母さんには指一本触れさせない!
雷撃が、俺の体を覆った。
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予想した肉体の激痛は、訪れない。
それどころか、雷撃が完全に消え去っている。
(馬鹿な。Cランクでも、通常の鎧では防げないはず…)
だからこそ、少数の人間がオークを支配し続けてきた。
「捕らえろ!」
「この蛮族め!」
考えている暇はない。
門番2人が起きだし、こちらへ向かってきた。
剣を向け、立ち向かう準備をー、
だがその時、門番2人の側面から猛獣が突進してきた。
【アハルテケ】だ。
「なんだこいつ…ぐがっ!」
易々と1人を蹴り殺し、俺の下に駆けつける。
「ひいっ!」
それを見たもう1人は、戦意を失い【征服門】へと逃げた。
「ありがとう!」
【アハルテケ】に乗り込む。
あとは、草原に帰るだけだ。
「おい、逃げるぞ!」
「追撃して殺せえええ!」
「オークごときに舐められるな!」
【ブルサの壁】からは絶叫が上がっている。
またここに帰ってくるぞ。
固く誓い、【アハルテケ】を走らせた。
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トゥブの教えてくれた進路に沿って、逃走を続ける。
ムドーソ王国軍は追いかけてきているようだが、こちらに追いつくまでは至らないらしい。
逃げ切れるはずだ。
「無事だったのか!」
だが、進路上にとある人物を見つける。
トゥブだ。
「まだいたのか!」
「すまない、せめて君をここで待っていようと思って…」
「そうか、乗れ!ムドーソの連中がここに迫っている。見つかれば、お前もただでは済まないぞ!」
「だめだ!」
トゥブは拒否した。
「僕を乗せれば速度が落ちると言ったのは君じゃないか!」
「ああそうだ!」
「うわっ!?」
拒否した少年を、強引に背中へと乗せる。
「だが、恩は返す!!!」
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トゥブと母さんを背に乗せて逃亡を開始してから、かなりの時間が経過した。
すでに朝日が昇りつつある。
当然ながら、逃げる速度は落ちていた。
【アハルテケ】の問題というより、これまで2人を追加で載せて馬を駆ったことのない俺の力量不足か。
背後から迫る声は、着実に大きくなっていた。
向こうにも、比較的高速で移動できるスキルの保有者がいるらしい。
「…ダメだな、一旦降りるぞ」
「【アハルテケ】はどうするんだい?」
「単体で逃がす。俺たちは草原に隠れよう。【アハルテケ】、お前は親父とルティアの元に戻れ。早く!」
愛馬を一旦逃がし、トゥブと共に身を細める。
この当たりの草原は、草の背が高い。
気休め程度ではあるが。
「すまない、僕なんかのために…」
「友人を見捨てては、【オークの誇り】など今後は語れまい」
「友人?」
「俺は女の幼馴染がいるが、同年代の友人がいなくてな。帰ったら、お前と友誼を結びたい」
「…ありがとう。そう言ってくれると嬉しいよ」
会話をしていられる時間は、すぐ終わった。
「馬の足跡があるぞ!」
「ここから逃げたに違いない!」
「探せ!」
ムドーソ王国軍が、すぐそばまで迫ってきたからだ。
息を殺してじっと潜んでいたが、どんどん近づいてくる。
草原をかきわける音が響いたかと思うとー、
「…!」
人間の女性に見つかった。
【ブルサの壁】でエルネスタを言い争っていた人物。
ラーエルだ。
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「…」
予想に反して、ラーエルは声を上げなかった。
俺、母さん、トゥブをじっと見つめている。
「隊長!見つかりましたか!」
「いや。いないようだ。他を探せ!」
部下を俺から遠ざけ、自分も去っていこうとする。
「待て」
俺はラーエルの背中に呼びかけた。
「何故見逃す」
「…大した理由はない」
ラーエルは、振り返らないまま話した。
「私も先日母を亡くした。軍務があるゆえ、死に目には会えなかった」
周囲に聞こえないよう、嘆息する。
「小さな体だった…」
「ラーエル…」
「2度目はないぞ歳若きオークよ、次はどちらかが死ぬ」
ラーエルは、今度こそ去っていく。
「ここには人間もオークもいないようだ。他を探すぞ!」
「「「はっ!」」」
そして、部下を引き連れて草原から消え去った。
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「…去ったようだね」
「ああ…80年前散っていった戦士は、俺たちを見捨てなかったらしい」
こうして、草原には俺たちが残された。
「君は、今後どうする?友人カクレン」
トゥブは立ち上がり、尋ねた。
「決まっているさ」
俺も立ち上がり、草原を照らす朝日を身に受ける。
「【叛逆者】になる」
ラーエルのように、全てが悪辣な人間というわけではないだろう。
それでも民族の尊厳を取り戻すため、やりきらなければならないのだ。
「分かった。じゃあまず僕の部族に来るといい」
「いいのか?」
「ああ。僕も族長の息子なんだ。執事のギンシが怒るかもしれないけど、なんとか説得してみせるよ」
そういうと、手を差し出した。
「これからもよろしく」
俺も、その手を固く握った。
「こちらこそ」
==========
叛乱を開始する日は、予想以上に早くやってきた。
早くから仲間に引き入れてきたカサが、慎重にことを進める俺たちにいら立ち、計画を周囲に漏らしたからだ。
大急ぎで叛乱の準備を進めながら、【ユルタ】の中で、とある人物の死に目に立ち会った。
「カクレン、お前は伝説になるんだぞ…」
「父上…」
「お前ならやり遂げるはずだ。母さんの血を引いたお前なら。だからー」
短剣を渡される。
「わしにとどめを刺しなさい…一歩も動けぬ体ではお前の負担となるだけだ」
「…できません」
「なら、自分で命を絶つだけだ」
「…」
「あの日からずっと、わしの時間は止まったままじゃ。せめて、お前の手で時間を進めてほしい…」
「…分かったよ」
いずれにせよ、ここで別れたら会う機会は恐らく訪れない。
だから、最後の願いを聞いてあげることにした。
「今までありがとう、親父」
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「…死なないで」
生まれたばかりの子供、キリルを抱えながらルティアは言った。
せめてもう少しだけ、子供の成長を見守ってあげたかった。
「もちろんだ。叛乱が成功すれば、これまでの逃亡生活も終わるだろう。今まで苦労を掛けて悪かった」
「ううん、そんなことないよ。あなたといられたから、いつも楽しかった」
「これからも楽しいことはいくらでもある。少しの間だけ、逃げていてくれ」
「うん。待ってるから」
【不死の鎧】の重みを感じながら、【ユルタ】を出る。
親父を手にかけたことは、言えずじまいだった。
「行ってくる」
「ご武運を」
短い言葉をかわし、ルティアと別れた。
==========
「まさか、【不死の鎧】がラグタイト製だったなんてね。君のご先祖さまは知っていたのかな」
「いや、おそらく偶然だろう。その偶然が、この叛乱を成功に導く」
「そうだね」
トゥブと共に【征服門】が見えるところまでやってきている。
ここを再び訪れるまで、長かった。
【アハルテケ】も心なしか興奮しているように感じる。
「さあ、始めるとしようか」
俺は、トゥブに向けていった。
この日が始まった時に言おうと、密かに決めていた言葉。
「俺たちの叛逆を」
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