第162話 カクレン、奪還に向かう
新第2話も公開されていますので、よかったらどうぞ!
過去編は、あと1話で終了します。
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サミ族の遊牧地。
ほんの1か月前まで数百人の同胞がいた場所は、ほぼ廃墟となっている。
軒を連ねていた【ユルタ】も、数多く飼育されていた馬も、全ていなくなった。
-サミ族は、解散します。父も母の死を知ってから気落ちして、皆さんを導くことができません。
-い、いいんですか。若…
-みなさんも生活があるでしょうし、背に腹は代えられません。【アハルテケ】以外の【ブアラ】も分け合ってくれて構いません。…最悪肉に代えても。
ーすまねえ…
俺と親父に残された財産は、自分の【ユルタ】とー、
「そろそろ親父の様子を見に行こう、【アハルテケ】」
自分の愛馬だけだった。
母を亡くしてから、1週間ほど経過していた。
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「お帰りカクレン!どうだった?」
「…ダメだった。【平和の敵】を助けるとこっちが危ういとさ」
エルネスタが昏倒した後、ラーエルと名乗るムドーソ王国軍の女性によって、意識を失っていた俺は無傷で帰された。
目覚めてから2日ほど暴れ狂った後、とある情報が流れてくる。
それは、俺と親父であるドウキョが、国境の安全を脅かす【平和の敵】に認定されたという情報だった。
事実、その日を境として、周辺の部族はみんな冷たくなった。
「そう…とりあえず、ご飯にしよっか!」
【ユルタ】で俺を出迎えてくれたのは、ルティアである。
サミ族が解散すると決まった後も、俺たちに付いてくると言って離れない。
どれだけ説得しても、頑として聞かなかった。
中では、親父がうつろな目で天井を見つめている。
ルティアが献身的に世話をしているが、反応を返さないらしい。
「仕方ないよね、あんなことがあったんだから…」
「ルティア、俺たちの事情に巻き込んで本当に済まない」
「いいのいいの!気にしないで。さあ、食べましょう!」
羊の茹で肉と岩塩でできたシンプルな食事。
昔ならすぐに平らげたが、どの料理も食べても味がしない今では、手が進まなかった。
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黙々と進んだ食事が終わり、皆同じ【ユルタ】で就寝する。
こっそりと起きて、隠していた金属製の細長い箱を取り出した。
中にあるのはー、
ーふふふ、あなたも男児の血が騒ぎますか。
母を亡くす前日に送られた、漆黒の【不死の鎧】だった。
それを眺めながら、迷う。
【ブルサの壁】の【征服門】前で晒されたお母さんの遺体を、奪還するか否か。
知ったのは、ほんの2日前だ。
【ザラプ合意】適用前に商品を交換しようとやってきた同胞が目撃したらしい。
もはや、感情として表現することができなかった。
ルティアにも黙ったまま、ずっと考えていた。
このまま知らなかったふりをして、なんとか生活を送ることもできる。
大人しくしておけば【平和の敵】の蔑視も薄れ、平穏に生きられるかもしれない。
例えそれが、服従の鎖に繋がれたものであっても。
でもー、
ー私の自慢の息子…
せめて、魂が安らかにいられる場所へ葬ってあげたかった。
「だめ」
背後から、誰かに抱きしめられた。
母さんのように暖かいが、少し小さい。
ルティアだ。
「お願い、いかないで…」
「知っていたのか…すまない、俺はいく」
「嫌だ!カクレンが死ぬのを見たくない!せめて私もー」
「それはできない」
「だったらー」
「それでも行く」
「…どうしても?」
「ああ。もちろん死ぬ気はない。生きて戻ってくる。叛逆は、生きている間しかできないからな」
「…」
その時、【ユルタ】内に風が流れた。
一瞬の沈黙の後、お互いに向き直る。
ルティアは、いつのまにか大人の女性になっていた。
「約束して。絶対に帰ってくるって」
「誓う」
顔を寄せ合い、口づけした。
舌を絡め、唾液を交換していく。
ルティアの頬には、涙が流れていた。
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「はっ!」
【不死の鎧】の重みを感じながら、【アハルテケ】を走らせる。
夜までにはケリをつけなくてはならない。
【ブルサの壁】までは、全力で走れば間に合うはずだ。
草原を駆け、母の元へと向かう。
「…!」
その時、誰かの気配を感じた。
慌てて、気配の方向に目をやる。
小さな泉があった。
そのそばに人影が見える。
(ここにムドーソ王国軍がいるとは思えないが…)
【アハルテケ】から降り、腰の剣を抜いた。
人影らしきところに向かうとー、
「うーん…ここの水質はイマイチだなあ」
同胞だった。
おそらく、俺と同じ年齢ぐらいの少年。
水を手ですくって、飲んでいるらしい。
「うん、誰だい…ってうわあああああ!まさか80年前に亡くなったご先祖様?!」
「違う!静かにしてくれ」
「あ、ああ。どうやら生きてるらしいね」
「こんなところで何をしてるんだ」
「この近くで遊牧してるんだけど、水を探すのが趣味でね。新たな出会いを果たしたけど、成果はイマイチだったわけさ」
「そうか、邪魔したな…」
「待って!【ブルサの壁】に行くんだろ?」
「なぜわかる?」
少年は笑みを浮かべた。
「そんな重武装までして行くところなんてこの近くじゃそこしかない。でもやめた方がいいよ」
「なぜだ」
「この少し先でムドーソ王国軍が哨戒網を築いている。そのまま行ったら危なかった」
「…」
「僕はこの辺りの地形には詳しいんだ。趣味を兼ねて、色々な水を探しているからね」
「そうか。ありがとう、お前と出会えてよかった」
「とりあえず、この水でも飲んで落ち着きなよ」
少年から、水の入った皮の袋を手渡される。
少し飲んでみた。
「確かに、イマイチだな」
「だろう?ははははは…」
「名前はなんて言うんだ?」
「僕かい?僕はねえ…」
「タイスキ族のトゥブ。トゥブと呼んでよ」
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