第161話 エイサンとカクレン、エルネスタをざまぁする

 「カクレン!?」

 母さんの呼びかけも、今回だけは無視する。

 

 その手を振り払い、【守護の部屋】の足元へ駆け寄った。


 「待て!この暴虐な王め!俺の声を聞け!!!」

 草原に落ちていた石を拾い、強引に【守護の部屋】へと投げつけた。

 防壁に弾かれむなしく落ちていくが、エルネスタをこちらに振り向かせる効果を生んだ。

 

 「不遜な奴め!我を誰だと…もしや男か?」

 「そうだ!俺はサミ族の族長ドウキョの息子、カクレンと言う!歳は14!」

 「わざわざ目の前に出てくる大胆さは誉めてやろう。遺言があれば聞いてやる!」


 【守護の部屋】が不気味に発光しだした。

 おそらく、【赤の裁き】を放つ準備。

 ひとたび放たれれば、俺はひとたまりもない。


 だが引けない。

 ここにいる同胞や母さんを守るために。

 だから、取引を持ちかけることにした。



 「その【オーラ】とやらで俺の本質を見極めろ!恐らく黒の【叛逆者】だ!」



==========



 「なに…?ぐ…」

 エルネスタは虚を付かれたようだった。

 そのせいか再びせき込み、【守護の部屋】の発光は元に戻る。

 体調はかなり悪そうだ。

 

 その間に母さんの場所を確認すると、少し離れたところで数人の同胞に止められていた。

 取り乱さず、こちらをじっと見ている。


 「そのようなことをして…何の意味があるというのだ」

 エルネスタはようやく話し出した。


 「【叛逆者】である俺を殺せば、【70年の平和】とやらも今少し長続きするだろう。その代わり、それ以上の処刑をやめろ!!!」

 「ふん、皆を救うために自分の命を差し出そうというのか」

 「そうだ!!!」

 「いいだろう!」


 エルネスタは、すんなりと取引に応じた。

 「もし【叛逆者】だったなら、【守護の部屋】でお前以外の蛮族を処刑しないと誓ってやる」

 「嘘ではないな!」

 「もちろんだ。ただし…」


 こちらに接近し、手をかざす。


 「お前が【叛逆者】ならな」

 

 おそらく【オーラ】を発動しているのだろう。

 身じろぎもせず、エルネスタの審判を待った。


 だが、心配はなかった。




 「…確かに」

 数秒後、エルネスタは嬉しそうな声を上げる。

 気づけば、俺の周りに黒い膜のようなものが漂っていた。


 「お前の本質は【叛逆者】だ。旧弊を嫌い、命を懸けて変革を望む。生かしてはおけないやつよ」

 「心配するな。もうすぐ俺は死ぬ。その代わりー」

 「ああ。お前だけを【守護の部屋】で処刑してやる」

 

 恐怖と共に、安堵が広がる。

 これでー






 「他の蛮族は殺させるとしよう」


 

==========



 「な…?」

 今度は俺が虚を突かれた。


 「ははははは!所詮は子供だなあ蛮族よ!我は歴史に名を残しに来たのだ!!!」 

 

 エルネスタは狂気じみた笑みを浮かべた。


 「ムドーソに繁栄をもたらす【ザラプ合意】を実現し、それに叛逆した蛮族を撃滅する!民は私を【賢王】と称えるだろう、偉大なる父ノーラのように!」


 「お前!!!」

 俺は思わず叫んだ。


 「それが王のやり方か!ただの虐殺者じゃないか!」

 「虐殺者で結構!」


 【守護の部屋】が再び赤く輝き始める。


 「政治というのはすなわち!」

 

 今後は、俺を間違いなく葬るはずだ。




 「支持者に繁栄を、それ以外に死をもたらすことなのだから!!!」


 そして、視界が赤い光に包まれた。


 

==========



 血の感触。


 当然だ。

 【赤の裁き】に貫かれたのだから。


 でも、痛みはない。

 なぜだろう。


 それにー




 暖かな感触。




 「…母さん!!!」

 【守護の部屋】から俺を守るよう、母さんが俺を抱いていた。

  

 「どうして!?さっきは皆に止められていたのに!」

 「簡単なことよ…」

 弱弱しい笑みを浮かべながら、母さんが話し出す。

 「…抵抗せずにじっとしていれば、皆私に対して注意を払わなくなる」

 右肩から、血が止めどなく溢れていた。


 「息子が危なくなった時、虚を付いて走り出せばいいだけ…」

 そこまで言うと、口からも血を吐いた。

 体から力が抜け、立つのがやっとになる。

 「そんな…嫌だ!嫌だよ!」

 

 服の一部を裂いて止血しようとするも、うまくいかない。

 手の震えが止まらない。




 「…急に飛び出すから狙いがそれたでないか。この…」

 エルネスタは再びせき込み始める。

 そうだ、逃げないとー、


 「大丈夫」


 でも、母さんは再び立ち上がった。

 早く手当しないと死ぬというのに。

 そして、よろよろと【守護の部屋】へ向かった。


 「無茶だ!あいつに勝てっこない!」 

 「いえ、勝つ方法が、1ある」

 「方法…?」

 「それはー」

 

 顔色が真っ青になっても、母さんを浮かべる。




 「…叛逆よ」

 


==========



 「ははははは!【叛逆者】の血はお前のものか!」


 俺を支えにしてようやく歩く母さんを見て、エルネスタは笑った。

 いつの間にか、母さんにも黒い【オーラ】が漂っている。

 

 「息子と同じく度胸だけはあると見える!だが、そのままでは命がー」

 「愚かな王よ!」

 「…なんだと?」


 母さんは、最後の力をふり絞って叫んだ。

 俺は、胸が張り裂けそうになる気持ちをこらえ、じっと体を支える。


 「ムドーソは、折からの人口減少で国が傾き、苦境に陥っていると聞きました。だから、【ザラプ合意】を強行したのでしょう…?」

 「生意気な女め!それの何が悪い!!!我は国を救うためにー」 

 「違う!!!」

 

 口から血を吐いても、母さんは叫ぶのをやめない。

 俺が必死に表情で訴えかけても、【守護の部屋】を睨み続けた。


 「あなたの命は病でもうすぐ尽きる!それを自覚して、あなたはあることを恐れた!すなわちー」


 「として生涯を閉じること!!!」


 「き、貴様…」

 エルネスタは震え始める。

 【守護の部屋】が少しずつ後退を始めた。

 「それ以上言うとー」


 「だから強引に何もかも推し進めた!家臣の諫めや同胞の悲鳴に耳を貸さず!ですが、はっきり申し上げましょう!」


 母さんは、エルネスタを圧倒している。


 「あなたの評価は、愚王として今定まった!!!」

 「貴様あああああ!」

 

 【赤の裁き】が発射されるも、見当違いの所に着弾した。


 同胞たちは、誰も悲鳴をあげない。

 こちらをじっと見守っている。

 

 「この流血と恐怖に満ちた光景を見て、誰があなたを【賢王】と呼ぶのでしょう。あなたが他人の口をふさげるのは生きている間だけ。歴史は、容赦ない評価を下すに違いない…」

 「母さん!もういい!」

 「天は、見ているのですから…」


 母さんの体から、また力が抜けていった。

 ついに、草原に倒れこむ。


 「おのれおのれおのれええええ!」

 エルネスタは発狂するも、【守護の部屋】をうまく扱えないようで、ゆらゆらと不安定に動いている。


 その間に、母さんの手を取った。


 「すごいよ母さん!王は怯えている!母さんが勝ったんだ」 

 「ごめんね、カクレン…あなたの15歳の誕生日、一緒にいてあげたかった」

 「そんなこと言わないでくれ!お願いだから…」

 「カクレン、あなたは生きるのよ…」


 苦痛に満ちているはずなのに、笑顔を浮かべている。

 

 「あなたは、【オークの誇り】を継ぐー」


 「私の自慢の息子…」


 目から、光が消えていく。




 しばらくして、呼吸もなくなった。


 

==========



 「あははははは!我に逆らうからこうなるのだ!」

 エルネスタは、【守護の部屋】の制御を取り戻したようだった。


 「後はお前だけだあ!我に這いつくばれば命だけはー」

 「黙れこの愚王!!!」


 流れる涙を拭うことなく、俺は立ち上がる。


 「き、貴様までー」

 「お前に栄光の日は訪れない!!!生きているときも死んでいるときも永遠にだ!!!死んで【守護の部屋】から離れた魂は、地獄で責め苦を受け続けるだろう!!!」


 「か…ぐ…この…ばんぞく、ふぜいが」


 顔を真っ赤に染めたエルネスタは、遂に苦しみだす。

 



 だった。


 -カクレン、よく聞きなさい。あの王は体にも心にも重い病を抱えています。

 -だから…脅しに屈さず、あえて叛逆して挑発を続けなさい。

 -そうすれば、いずれが来る。


 「この仕打ちは死んでも忘れることはない!!!俺は仲間を率いて、必ずお前たちに復讐してやる!【ブルサの壁】を破壊し、ムドーソに恐怖を振りまいてやる!!!」


 「…ぐ」

 エルネスタは、言葉を発するのも苦しそうだ。

 それでも【守護の部屋】を操作し、俺を殺そうとする。


 「どうした!言葉も出ないか愚王よ!!!【賢王】ノーラに及びも付かない愚王よ!!!自らの失政を罪もない同胞に押し付けるだけの愚王よ!!!」

 

 【赤の裁き】は、発射される寸前まで来ていた。

 最後に、自分の名前を名乗る。

 母さんが名づけてくれた、誇り高い名前を。


 「我が名は、カクレン!母エイサンから【叛逆者】の血を受け継いだ、誇り高きオークなり!」


 「そして、ムドーソに滅亡をもたらす者なり!!!」


 「…!」


 滅亡という言葉に、エルネスタは大きな動揺を見せた。


 そしてー、


 「い、いやだ…」




 昏倒した。

 【守護の部屋】はみるみる降下を始める。


 勝った。

 母さんと俺の2人で。

 


 「ラーエルである!!!王をお救いし、群衆を解放しろ!」


 見知らぬ人間の声を聴きながら、俺は意識を失った。



==========



 レムーハ記 人物伝より抜粋


 国境地帯から帰還してから数か月後。

【不信王】エルネスタは、軍を粛正する【馬車の乱】を引き起こし、【献王】エンダを後継者に指名して死去した。


 【ザラプ合意】。

 【馬車の乱】。


 この2つは、ムドーソ王国の滅亡を決定的なものとした。

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