第158話 エイサン、立ち上がる

 「こ、このことは誰にも言わないでちょうだい…ひいん!」

 パウリーネは今回の取引を断念し、足を引きずりながら帰っていった。

 報復の心配はない。

 俺や親父の制止を振り切ったパウリーネの責任でもあるし、何よりー


 オークに一杯食わされたなどと周囲に漏らしてはムドーソ中の笑いものとなる。

 だから、秘密にして逃げ帰るしかなかった。


 「カクレン!!!怪我はない?」

 【アハルテケ】から降りると、ルティアが駆け寄ってきた。

 「ご覧の通りだ。こういうのを、ムドーソではざまぁっていうらしい」

 「もう、すぐ調子に乗るんだから。でも…」


 ルティアは俺にほおに顔を寄せた。

 そしてー、

 

 「かっこよかったよ」


 軽く口づけをした。


 「あ!」

 「えへへ…つい」


 「「カクレン!」」

 ほぼ同時に俺を呼ぶ声。

 親父と母さんだ。


 「まったく、冷や冷やさせおってー」

 「立派に【オークの誇り】を果たしましたね!流石このエイサンの息子」

 「エイサン!あまり調子に乗らせるとー」

 「息子が試練を乗り越えたのです。父親としてあなたも褒めてください」

 「…仕方ないのう」


 親父は咳払いをした。

 そしてー、


 「【アハルテケ】はお前の力で勝ち取ったものだ。今日からお前のものとする」

 「ありがとう親父!」

 「その代わり、彼女を大事にするんだぞ。何せ【ブアラ】の寿命は50歳。【アハルテケ】は10歳で、まだ40年も生きるからな」

 「ああ!」


 男として、今日は誇らしい1日だった。

 【アハルテケ】を取り戻したしー、




 ルティアが口づけしてくれた。



========== 



 その夜、母さんに移動式住居【ユルタ】へ呼び出された。

 親父は他部族の会合に出かけており、留守にしている。


 ムドーソとの交易で得た火種【永遠の灯】を使ったランプだけが、暗闇を照らしていた。

 

 「今日のあなたの姿を見て、【オークの誇り】を継承した誇り高い戦士であると確信しました。だから、これを託したいのです」


 母さんの傍らに、金属製の細長い箱が置かれていた。

 なにやら保管しているらしい。

 開けてみるとー、


 「こ、これは!」

 「そう。私の一族に代々伝わる漆黒の鎧、【不死の鎧】です」

 「すごい!かっこいい!剣もついてるじゃないか!」

 「ふふふ、あなたも男児の血が騒ぎますか」

 「代々伝わるってことは…」

 「そう」


 母さんは、悲しそうな表情を浮かべる。


 「この鎧を着た私のご先祖さまは、【第一次アルハンガイ草原の戦い】で倒れました。抵抗を辞めなかった【最後の5000人】の1人として」

 「…」

 「別に敵を討て、とはいいません。ムドーソにばれないよう、特別な日以外の着用も禁じます。ただ…」

 

 「時には先祖の勇名に想いを馳せ、その子孫として恥ずかしくない存在となってください」

 「分かったよ。母さん」


 俺は胸を張る。


 「将来はムドーソの人間みたいに冒険者になる!草原の未探査地域を仲間と一緒に探検するんだ!」

 「流石に少しは牧場を手伝ってくれないと困るわよ?」

 「おっと、そうだった」

 「でもその意気ね!応援するわ」


 幸せな時間だった。

 こんな日々がいつまでも続けばー、


 「大変だ!!!」


 急に親父が血相をかえて、【ユルタ】に駆け込んでくる。


 「どうしたのあなたー」

 「ムドーソとウエン公が、新たに【ザラプ合意】を結んだらしい。交易のレートが、ムドーソ側に大幅有利なレートになる…」

 「なんですって!」

 「それだけじゃない…」

 

 親父は両手で顔を覆った。


 「軍備を大幅に削減するから、軍馬の類は今後調達しないと…!」



========== 



 「どうすんだよ!いまさら交易に頼らない生活なんて出来ないぞ!」

 「【ブルサの壁】に直訴しに行くか?」

 「あそこは、交易の時以外15歳以上の男子は立ち入り禁止だろ」

 「新しい商売でも始めるしかないか…」

 「だが何をやる?【ブアラ】は同胞たちは買わない。人間用の馬なんて嫌だと…」


 部族会議用の大きな【ユルタ】で、男たちが会議を重ねている。

 族長の息子である俺も会議に出たが、流石に発言権はなかった。

 ただ、事態は深刻であるのは分かる。


 結論から言うと、俺たちのように交易で生計を立てる部族は、他の部族から好かれていなかった。

 ムドーソ王国、すなわち人間に利益を与えている存在として。 

 でも、サミ族のような小規模部族は、交易をするしか生き残る道はなかったんだ。


 「みんな落ち着くのだ!」 

 親父は族長としてみんなの騒ぎを鎮める。

 

 「とにかく、なんとかムドーソと連絡をー」

 そこまで言うと、急に胸を抑えた。

 そして苦しみだし、倒れようとする。


 「親父!」

 慌ててその体を支えた。


 「族長!」

 「誰か薬を持ってこい!」

 「誰か隣の部族まで走ってくれ!」

 部族のみんなは慌てたが、すぐに親父を助けられるものはいない。


 「しっかりしろ!母さんを呼んでくるからな!」

 「大丈夫だ。大丈夫だ…」

 「親父!ダメだ!」

 「…」

 「そんな…」


 俺の腕の中で、親父は意識を失った。

 

 

========== 



 親父が倒れてから、数時間が経過した。

 【ユルタ】の中で、医者とつきっきりで看病していた母さんが出てくる。

 


 「母さん!親父は…」

 「今医者のコウトさんに見てもらっている。命に別条はないけど、しばらく安静が必要よ」

 「そうか…とにかくよかった」

 「元々、体が丈夫な人じゃなかった。今回の決定は体に堪えたんでしょうね…」

 「ムドーソめ!」


 俺は初めて、ムドーソに対する憎しみを覚えた。


 「俺たちから交易の自由も奪おうってのか!!!復讐してやる!!!」


 表面上は対等でも、人間とオークの間にはさまざまな不平等が横たわっていた。

 部族同士連合して国を作ることは許されておらず、男性は集まって集会を開くのも許可がいる。

 国境線にある【ブルサの壁】にも、15歳以上の男児は基本立ち入りできない。

 そのほか移動、軍備、財産所持、言論の制限など、言い出したらキリがない。


 「落ち着きなさい!カクレン!」

 「これが落ち着いていられるか!」

 「復讐などしてあなたに万が一があれば、私だけでなくルティアも悲しみます!」

 「ルティアが…」

 

 幼なじみの笑顔が浮かんで、俺は我に帰る。

 

 「でも、どうすればいいんだよ…」

 「1つだけ、できることがあります」

 「できること…?」

 「ええ。国境の【ブルサの壁】に出入りを禁じられているのは、15歳以上の男性だけ。つまり女性なら問題ない」





 「私が【ブルサ】の壁へ直訴しに行くわ」

 

 


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