第157話 カクレン、陰険な女商人をざまぁし【アハルテケ】を得る

 サミ族の遊牧地で、俺とルティアは正座させられる。

 俺がどうこうされるのは良いが、ルティアを巻き込んだのは心が痛い。


 「カクレン!馬には乗るなと何度も言ってるだろ!!!」

 「違うんですドウキョさん。私がカクレンをー」

 「ルティアは黙っておれ!!!」 

 「はい…」

 「親父、ルティアは何もしていない。俺が勝手に【アハルテケ】を乗り回したんだ」

 「知っておるわ、それぐらい…」


 親父ドウキョはため息を付く。

 荒っぽいオークなら一発殴ったりするけど、そういうことはしない温厚さがあった。

 …内心、それをと思う所もある。


 「わしらは人間でも乗れる唯一の馬【ブアラ】を商品としておる。その中でも、【アハルテケ】は10年に1度の名馬じゃ。お前が乗り回していると知れば、ムドーソの商人は良い顔をしないじゃろう…」


 要するに、俺の親父はムドーソ王国に馬を商品として売っていた。

 馬は輸送や戦争に仕える便利な動物だが、何故かほとんどが人間に懐かない。

 そこに目を付けたご先祖様は、比較的人間に懐く馬を集めて品種改良を行い、【ブアラ】を生み出した。

 そして『スキルがなくても高速移動ができる』と銘打って販売したところ、ムドーソ王国軍を中心に買い手がついたってわけだ。

 …最近は軍も暇なのか、馬車競技に動員されているらしいけど。


 「親父、はっきり言う」

 「なんじゃ、言ってみろ」

 「【アハルテケ】を俺にー」

 「ダメ!!!」 

 「なんでだ!」

 「あれを育てるのにどれだけ大金をかけたのか分からんのか!」

 「人間にはもったいないぜ!あれはオークの男が乗ってこそだ!」

 「ダメったらダメじゃ!」

 「ぐぬぬ…」 

 「うぬぬ…」


 「まあまあ。男2人が朝早くから。他の者に見られると笑われますわよ」

 不毛な言い争いは、1人の女性に止められる。

 俺が、密かに親父より尊敬している人物だ。


 「母さん…!」

 「エイサン!お前、馬の餌やりはー」

 「そんなのすぐに終わらせてきましたよ。それよりドウキョ」


 母さんは親父を鋭い目つきで睨む。

 「【アハルテケ】のこと、まだ話してないんですって?今日ムドーソの商人に引き取られるって」

 「そんな!」

 「…どうせ言えば無理やり脱走させるに決まってーいたたたたた!」

 「だからって息子に隠し事をするのは良くありません!」 

 「す、すまん」

 「なあ、母さんからもー」

 「あなたも勝手に馬を持ち出していけません!」

 「いたっ!」

 

 俺も親父も、母さんに平等に裁かれた。

 でも、一通りの裁きが終わるとにっこりと微笑む。


 「とはいえ、息子が【オークの誇り】を受け継いでいるのは嬉しいことだわ…たとえ平和な時代であっても。あなたもそう思うでしょ?

 「…あとは稼業をちゃんと手伝ってくれたらいうことはないんじゃがな」

 「それはおいおいね」


 「エイサンさま!」

 推移を見守っていたルティアが前に進み出る。

 「どうか、どうかカクレンに【アハルテケ】を与えてください!」

 「ルティアさん…」

 「【アハルテケ】がいなくなったら、カクレンはきっと悲しみます。カクレンが悲しむのを見るのは、私も悲しいです…」

 「ルティア。泣いてるのか?」

 「泣いてないもん!」

 「お前が悲しむのを見るのは、俺も悲しい。だから泣かないでくれ」

 「カクレン…」

 「はいはい、お熱いのはそこまで」


 母さんはパン、と手を叩いた。

 「カクレン、あなたの気持ちはわかるけど、男なら試練を潜り抜けなきゃね」

 「試練…?」

 「そう」


 「それは、【アハルテケ】に正当な主として認められること」

 


========== 



 「これが【アハルテケ】かしらああああん?オークよ」

 「はい!」

 「確かに立派な馬のようだけど…必要以上にオークが乗ってないでしょうねえ」

 「も、もちろんでございます!パウリーネさま」

 「オークが乗り回した馬なんて嫌だし、じゃないとね」

 「…」


 やってきたムドーソの商人は、いつも通り陰険な女性だった。

 きらびやかな服や宝石に身を包んでいるが、体はだらしなく太っている。

 そもそも親父のことを名前で呼ばないし、オークが馬に乗ることをと表現する。

 それが、人間として当然だと言わんばかりに。


 「とりあえず乗ってみましょうかね。手伝いなさあい」

 「パウリーネさま、【アハルテケ】は乗りこなすには技術が…」

 「乗ると言ったら乗るの!」

 「はっ…」


 おまけに、自分1人では馬にも乗れない。

 親父の助けを得て、ようやく乗れるほどの肥満体。

 【アハルテケ】は嫌がる素振りを見せたが、肥満体は強引に乗り込んだ。

 

 それだけならまだ許せるのだがー、


 「きゃあ!」

 「ほらほら!どかぬと轢いちゃうわよおお!」  

 「パウリーネさま!危のうございます!」

 「知らないわね!オークがそこにいるのが悪い!」


 【アハルテケ】を下手くそな技術で操りながら、遊牧地のみんなを脅かし始める。

 ムドーソの商人が馬を引き取る時の、お決まりの行動。

 威嚇と脅し。

 

 【アハルテケ】をそんなことに使うなんて…!


 いつもなら我慢して見てるところだが、俺にはやらなければならないことがあった。


 ーそれは、【アハルテケ】に正当な主として認められること。


 たとえオークに人間のようなスキルがなかったとしてもー、


 今黙って我慢する理由にはならない!


 「パウリーネさま!」

 俺は【アハルテケ】を駆る肥満体の前に立ち塞がった。


 「なによあんたは!」

 「族長ドウキョの息子、カクレンと申します」

 「オークのくせに立ち塞がるなんて生意気よお!」

 「その馬はー、」


 俺は【アハルテケ】の澄んだ瞳を見つめながら言った。


 「暴れ馬でそのまま乗り回していては危険です。降りた方がよろしいかと」

 「なにいいい!」

 

 肥満体は【アハルテケ】に鞭を加える。

 

 「どうやら痛い目に合わないと分からないようねえ!【アハルテケ】、あの小癪なオークに制裁を加えなさい!」

 「パウリーネさま!それは余りにもー」

 「だまりなさい!あんたも同罪よ族長!」


 親父の制止を振り切り、肥満体は【アハルテケ】を突進させる。


 「なぜためらうの!早くしなさい!」


 【アハルテケ】の脚は遅かったが、鞭をさらに加えて無理やり走らせる。


 俺と【アハルテケ】の距離は、みるみる縮まっていった。


 逃げるつもりはない。

 あと数秒で衝突するまで接近した時、俺は叫んだ。





 「【アハルテケ】!戻ってこい!!!」



========== 



 「なっ!」

 効果はすぐ現れる。

 【アハルテケ】は急に肥満体の指示に背き、脚を止めた。

 肥満体はそのまま体制を崩し、草原に落馬する。


 「あひゃあああああ!?」


 【アハルテケ】は悲鳴を上げる肥満体を無視して、俺に駆け寄ってきた。

 そして、俺に体を押しつけて親愛の情を見せる。


 「ありがとう、【アハルテケ】」

 馬とオークは、言葉は交わせなくても心は通じ合っている。

 【アハルテケ】と友情を築けたことが、なによりも嬉しかった。


 「た、たすけてえええええ」

 草原に情けない声が響く。


 やれやれ、一応助けてやるか。


 【アハルテケ】を待機させ、肥満体のもとに向かった。


 「いだだだだ…」

 どうやら右足首を捻ったようだ。

 骨にヒビは入ったかもしれないが、命に別状はないだろう。


 「だから言ったではありませんか。

 「何を見ているの!早く助けないかこの馬鹿オーク!」

 「助けませぬ」

 「なにっ!」

 「助けを求めるならー」


 当然の要求を行う。


 「というものでしょう。オークなどという名を持つ者は、ここにはおりませぬ!」

 「わ、分かったわ!名を呼ぶから、早く助けてえええええ!」

 「では、俺の名前を呼んでください」

 「えーと、えー、誰だったかしら…」

 「聞いてなかったのか!」

 「すいません!もう一度だけ教えてください!土下座でもなんでもしますからあああああ!」


 肥満体はのろのろと動き出して、土下座の体制を取る。

 まったく様になっていないが、許してやろう。


 「耳をかっぽじってよく聞け!!!」


 最後に、こいつが永遠に忘れないように名を名乗ってやる!


 「我が名はカクレン!父ドウキョと母エイサンから血を受け継いだ、誇り高きオークなり!」

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