第151話 せめて、これからは
「ドミー!!!」
「ドミーさま!ご無事ですか!!!」
俺が【道化】に感情をぶつけ終わった後、ライナとミズアが駆けつけた
両名とも手にはドロテーの球。
しかし、少し焦げている。
よく見ると、切れ目もある。
「そうか」
ドロテーは少し微笑んだ。
「私がこの男と会談している間に、取り上げた【弾球】の破壊を試みるとはな。まったく、小賢しく抜け目のない忠臣どもよ…」
音もなく5つの球、【弾球】は音もなくライナとミズアの手を離れる。
そして、ドロテーの懐に戻った。
「…私たちじゃ全然壊せなかった。その気になればいつでも取り戻せる。あなたもずる賢さじゃあ負けてないわね」
「ふん、お互い様というわけだ」
「【弾球】にはどのような秘密があるのですか?」
「ミズア。いくらエルンシュタイン王の庇護を受けているお前でも、言えないことはある」
「…エルンシュタイン王に伝えてください。経緯はどうあれ、ミズアに行動の自由を与えてくださり感謝すると」
「承知した」
「…ははははは!」
取り敢えず当面の危機は去った。
ドロテーも俺を暗殺するチャンスを失った今、今更条約を反故にするとは言わないだろう。
そうなれば、俺は生き残るためにムドーソへ叛乱せざるを得なくなる。
この【道化】の本質は、すなわち守護。
例え役目を終えつつある王朝でも、守り続けるのが使命。
守り続けるだけでは王朝を守ることができないと知っていても、ドロテーは【道化】をやめないだろう。
いずれにしろー、
互いに本音で語り合う時間は、終わったんだ。
「【道化】、お前が俺の演技に騙される様は傑作だったぞ」
「…そうだな、お前のような粗暴で呪われた存在が、オークに対する情など抱くはずがない」
「大声を出してお前を威嚇してる間に、ライナとミズアを呼び寄せる。これが俺の策だったのさ!!!」
「…」
「どうだ、悔しいだろう!俺のような男にいいように弄ばれるのは!ははははは!」
「あなたは、ごうをせおうのね。これからもずっと」
「…!」
ドロテーは、いつの間にか【道化】へと戻っていた。
先ほど、俺を殺そうとしたことなど幻だったかのように。
「じょうやくについてのはなしあいはおわり。それじゃあね」
重い足取りで、【ユルタ】を去っていく。
「…これだけはいっておく」
【ユルタ】の入り口のところで足は止めるが、振り返らない。
「わたしは、さいごまでていこうするから」
最後に矜持を示し、去っていった。
==========
【道化】が去った後、俺は【ドミー軍】の陣営に戻った。
陣営と言っても資材がないので、ほとんど野宿と変わらない。
いつもの通りミズアを警戒任務に就かせ、俺はライナと2人で火を囲んだ。
ここ数日の戦後処理で疲れたのか、【ドミー軍】はほとんど寝ている。
「どうせなら、そのまま【ユルタ】を借りればよかったのに」
「オークの財産を無闇に接収するのは良くない。現在【ドミー軍】は食料を分けてもらっているが、向こうも余裕があるわけじゃないはずだ。それにー」
俺は草原地帯の空を眺めながら言った。
「星空の下で寝るってのも、悪くない」
広大な空に大小無数の宝石が輝く、人間には到底作り得ないだろう美しい絵巻。
戦争などまるでなかったかのように、はるか昔から続く壮大な風景を映し出していた。
「叛乱軍は、ほとんど元の部族に戻っていったらしいわね」
「ああ。どうしても納得がいかなかった者は3年間の追放処分となる。いずれにせよ、コウトがうまく取り計らってくれるだろう」
コウトは80年前の当事者という事情に加え、今回の戦争に置いて交渉役をやり遂げるという2重の権威を得た。
その権威を持ってして、今回叛乱した部族を緩やかにまとめ上げる王となる。
オークの歴史上初となる女性指導者だ。
俺の【強化】によって体に活力が戻ったため、あと10年は生きるだろう。
ひとまず、【永遠の平和】は10年の期間を得た。
これを更新し、永続的なものにするのがー、
ムドーソを滅ぼした後の俺の役目。
「…ねえ」
ライナがぽつりと呟いた。
「うん?」
「あなたのせいだけじゃないわ」
「…」
「少しでも運命が変わっていれば、死んだのはきっと私たち」
「ライナ…」
「だから正しいんだ、というつもりはないけどー」
大切な人は、儚い笑顔を浮かべた。
「せめて、私とミズアには背負わせていいから」
覚悟を決めなければならない。
ライナは暗にそう言ってるように聞こえた。
例え心に矛盾や葛藤を感じても、新しい時代に進まなければならないのだと。
「…すまない、いや、ありがとう」
「いいってこと。それよりさー」
顔を赤らめ、体を震わせる。
「最近、あんまり機会がなかったっていうか…」
「ああ。俺もそう思ってた」
レベルアップしてから、ライナの痴態を見たいという欲求が日増しに高まっているのを感じる。
互いに顔を寄せ合い、口づけをー
「ドミー将軍!!!ミズア補佐官が暗殺者を捕らえたとの報告が…すみません、お楽しみ中でしたか」
「気にするなアマーリエ。楽しみは最後に取っておくものだ。で、暗殺者とは?」
「クルテュ族ノインの娘、ホーチョを名乗っています」
ー勇敢なる戦士よ。妻と娘に、申し訳ないと伝えてくれ…
俺が戦場で討ち取った戦士、ノインの娘だった。
==========
「放せ!!!人間の女に触られたくない!!!」
「お気持ちは分かります。ですが、ドミーさまに害を成すものを、ミズアは放せません」
14、5歳の少女ホーチョは、ミズアに右腕をひねられていた。
武器のつもりだった短刀が、草原に転がっている。
「ミズア、放してやれ」
「ですがー」
「放せ。用がある」
「…はい」
ミズアが放すと、ホーチョは素早く短刀を取り戻し、俺に向き直った。
「父の仇、取らせていただきます!!!」
「待て、ノインからお前に向けた遺言を預かっている」
「そんなはずがない!!!父は、最期まであなたに敵意を燃やしながら戦ったはずです!」
「それは間違っていない。だがな…」
「最期に、妻と娘に申し訳ないと伝えてくれと俺に言った」
「…!」
「例え戦場でも、ノインはお前の立派な父親だった。保証する」
「…嘘よ」
「本当だ」
「じゃあー」
ホーチョは草原に崩れ落ち、慟哭した。
「なんで、なんで私とお母さんを置いていったの…」
「…」
俺にできることは、1つしかない。
「すまない」
泣くことしかできないホーチョの肩に、手を伸ばす。
「せめて、これからは平和の中で生きてくれ」
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