第149話 和平の条件

 俺の言葉を聞いて、【道化】は沈黙した。

 表情を変えずこちらを見つめていたが、やがて話し出す。


 「どうして、そうおもったの?」

 

 特にごまかす気はないようだ。

 場合によっては、ここで俺を殺すことも視野に入っているかもしれない。

 そばに控えたライナとミズアに、緊張が走るのを感じる。


 「迂闊とまではいいませんが、オーク数千人が侵攻している非常事態の中、1というのは不自然でしたな。ランケのように、なけなしの護衛を付けるのが自然でしょう」

 「…そうだったね。でも、きみたちもぜんいんしんだかにげたかともったからさ」 

 「目撃者などいないはず…そういうことですね」

 「うん」


 俺たちが【奇跡の森】で足止めを食わなければ、実際そうなっていたかもしれない。

 【道化】は誰にも目撃されず、目的地にたどり着けただろう。


 すなわち、カクレン率いる叛乱軍がいる戦場へ。


 「ほかには?」

 「ランケが来たことです。あいつは戦闘など行えるはずもない。恐らく、叛乱が鎮圧されたと聞いて、貴族から交渉役として送り込まれた」

 「…」

 「逆にいえば、あなたの役目は交渉ではなかった。ムドーソが国境地帯を犯したオークと早々に和解するはずもない。叛乱軍側も、おいそれとは退かないでしょう。つまりー」


 「下された任務は


 並の使い手にできることではない。

 ムドーソ王国の世話係兼秘書という立場は表向きの姿。


 【道化】の本当の役割は、王国に非常事態が迫った時、最後の切り札になること。

 【守護の部屋】が機能不全に陥った今、ムドーソ王国を守る最後の防壁。


 「そのためにあなたが保有する必要があるのは、1つしかない」

 

 「Aランク相当の戦闘スキルだ。それも、とびきりのね」



==========



 「ご先祖様、申し訳ありません…」

 【道化】は、話し方を変える。

 目を閉じ、許しを請うた。


 「このドロテー。先祖代々守り続けた【道化】の秘密を、見破られてしまいました」

 

 小さい姿と幼い声色でごまかしていたが、恐らく年齢はある程度重ねている。

 30代といったところか。

 女性に年齢を聞くのは礼を失すると言われているので、詮索はしないが。


 「秘密は破られるためにある。あなたに全ての責任があるわけではないでしょう」

 「まさか、男性に破られるとは思わなかったがな」

 「で、ドロテーさまは何を望むのですか?」


 何の見返りもなく認めたわけではあるまい。

 

 「決まっている」


 ドロテーの懐から、5つの球が飛び出した。

 空中に浮遊している。

 なんの変哲もないジャグリング用の球、ではないだろうな。

 恐らく武器。


 「王朝の安寧だ」



==========



 「話が早くて助かるわ」

 ライナが素早く俺の前に出る。


 「悪いけど、私とミズアより先にドミーが死ぬことはないわ。ドミーを殺したいならまず私たちからよ」

 【ルビーの杖】に蒼い炎が灯る。


 「…」

 ミズアも無言で【竜槍】を構えるが、ドロテーに声をかけられた。

 

 「ユッタ将軍の忘れ形見か。大きくなったな。メルツェルを打ち倒すとは驚いたぞ」

 「ご存知、でしたか」

 「恩を着せるつもりはないが、エルンシュタイン王はお前を追撃させろと迫った貴族の要請を拒んだ。ユッタ将軍は、王と親しかったからな…」

 「その点については感謝いたします。ですがー」

 

 【竜槍】を握る手を、少女は緩めない。


 「ミズアはムドーソには戻りません」

 「そうか。残念だ」


 「もうそのぐらいでいいでしょう」

 すでに殺し合う体制を取っていた3人を、俺は止める。

 血ならもう散々見た。

 一生分と思えるほどに。


 「ライナ、ミズア。下がれ。俺は女性の背中に隠れるのはどうも好かん」


 2人はこちらをちらりと見たが、指示に従う。  

 2人の代わりに、俺がドロテーと向き合った。

 

 「俺はムドーソ王国をし、【道化】さまとも戦う気はありません。今回は協力を仰ぎたいのです」 


 「…」

 こちらを睨んでいたドロテーも5つの球を操作し、懐に戻す。


 「話だけは聞いてやろう、偽将軍」

 「別に難しいことではありません。俺たちは3日後、今回の叛乱に参加した部族と和解の条約を結びます。あなたはムドーソ王国の立会人として、それを追認してください」

 「このドロテーにそんな権限はないぞ」

 「形式だけで良いのです。王国最後の防壁であるあなたが認めれば、ムドーソに拒否権はない」

 「そうすれば、お前はムドーソに対する軍事行動を起こさないのだな?」

 「ええ」

 

 ドロテーは少し考え込んでいたが、深く息を吐いた。

 「…分かった。だが、条約の中身を確認してからだ」

 「分かってます。ライナ、ミズアを連れて下がれ」

 「え!?」

 「心配するな。俺とドロテーの武器も一緒に持っていけ。ここからは平和な話し合いだ」

 「ドミーさま。お1人で大丈夫なのですか?」

 「ああ。ドロテーさん、いいですね?」

 「持って行きたくば持って行け」


 ドロテーの球は空中を浮遊し、ライナとミズアの手の中に収まる。


 「ドミー、気をつけてね」

 「何があったらすぐお呼びください」


 2人は名残惜しそうにこちらを見つめていたが、ゆっくりと【ユルタ】を去っていった。



==========

 


 「それでは聞こう。和平の条件とやらをな」

 俺とドロテーは【ユルタ】の中で対面する。


 「いくつかありますが、譲れないものが1つあります」

 「…言ってみろ」

 「すなわちー」




 「【ブルサの壁】の放棄」

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