第146話 200年に渡るオーク女性25万人洗脳計画

 レーナが交渉を行った結果、『和平のための連合』との会談は午前中に開かれることとなった。


 その間、俺のスキルに関する情報を持つナビに問いかける。


 ナビ。【支配】に関して聞きたいのだがー

 ドミーさま。お久しぶりです、その件ですがー


 返答として返ってきたのは、予想以上の答えだった。


 …分かった。ありがとう。


 ナビと会話を終了させた直後、2人の人物を迎える。


 「ごめんね、結局半日以上寝ちゃった」

 「【ドミー軍】のみなさんも頑張っているのに、申し訳ないです」


 ライナとミズアであった。 

 休息を取った分、気合は十分といったところ。

 これから新たな仕事を命じなければならない。


 だが、俺はあるものを見て心が痛んだ。

 

 血か…


 川で念入りに洗ってきたらしいが、髪や服にわずかな血痕が付いている。

 誰のものかは、いうまでもない。

 俺が命じた作戦の結果だ。


 「ドミーさま、そんな悲しい顔をなさらないでください」

 「そうよ、私たちは自分の任務に全力を尽くしただけ」

 「…ありがとう。ライナとミズアは俺の誇りだ。せめて血だけは拭わせてくれ」


 2人の髪や服を指でなぞり、血痕を落としていく。

 褒めることしかできないのが、歯痒かった。

 たとえそれが人道に反することであっても、褒めることしか俺には許されない。


 「ライナ、出撃前に俺に話したな。戦後処理について考えておくようにと」

 「ええ。もう考えはあるんでしょ?」

 「ああ」


 2人の献身が無駄にならないよう、着実に進めなければならない。


 「俺が目指すのは【永遠の平和】だ。このような流血が二度と起きぬよう、人間とオークの間に誓いを結ぶ。この世界に永続した平和など存在しないが、それを目指す行為そのものに意味があると信じたい」


 ライナとミズアは、少しの間沈黙した。

 俺がやろうとしていることを感じ取ったらしい。


 「ドミーさま。覚悟はおありなのですね」

 「もちろんだ。いつかは最後までやり遂げる」

 「自分で全部背負おうとするんだから、ドミーらしいわね」

 

 ライナとミズアが手を伸ばした。

 

 「ドミーが決断するなら止めないわ。あなたなら、築いた平和を悲劇的なものにしないと信じる。ただし私たちを共犯としなさいドミー」

 「もし裁きが下るというなら、この3人で共有いたしましょう」

 「ああ」


 俺も、2人に手を伸ばした。

 

 「約束する」



==========



 私とミズアに命じられた命令は、裏切りによって醜態を晒した邪魔者の排除だった。

 『和平のための連合』も、ウエンたちの退去を望んでいる。

 陣営を訪れると、移動式住居【ユルタ】にすぐ通される。


 「これはこれはライナさま。叛乱軍の降伏おめでとうござー」

 「叛乱軍の投降に反対したくせに良く言えるわねウエン公。あなたの役割は終わったわ。軍勢とともにここを退去しなさい」

 「な、なんですと!?」

 「さもないと、草原に新たな屍を増やすことになる。私の【フレイム】を見たでしょ?」


 私は【ルビーの杖】に火をともす。


 「このミズアも、お望みとあらばお相手します。ラグタイトも貫くこの【竜槍】で」

 ミズアも自らの武器を構えた。


 「ひいい!?」

 「ウエン公、勝ち目はありませぬ!」

 「速やかなる退去を!」


 周りのでっぷり太った近臣たちも、ウエンに促した。

 ウエンは焦りの色を見せ、私にすがろうとした。


 「このままでは我は名声を失い、草原の敗者となってしまう!それだけは、それだけは嫌だ!!!」

 「ウエン公、あなたが名声を保つための方法は2つあったわ」

 

 突き放すように淡々と話す。


 「1つ目は、カクレンの軍勢と徹底的に戦い鎮圧すること。2つ目は、カクレンと同調して叛乱に身を投じること」


 「あなたはそのどちらも実行せず、最後の最後で裏切り、そして成果を出せなかった」


 「誰の教えかは知らないけどー」

 

 カクレンも天でウエンを笑っているのだろうか。


 「あなたは遅すぎたのよ」

 


 

 レムーハ記 戦争伝より 

 

 かくして、【背信公】ウエンは戦場を去っていった。

 近臣は1人、また1人と去っていき、帰還するころには1000人を切っていたと言う。

 その後どのような最後を迎えたか、史書には一切の動向が記されていない。


 

==========



 「「「ドミー将軍。我ら16人の首で、叛乱の罪をお許しください」」」


 ライナとミズアをウエンの追放に派遣し、俺は『和平のための連合』と交渉に入る。

 使者としてやってきたのは皆老人ばかり。 

 要求は至極単純だった。


 「まあ待て。代表はいるか」

 

 使者の中でもっとも老いたオークが進み出た。

 背が小さく、杖を付いてようやく歩いている。

 一人だけ、があった。


 「コウトと申します」

 「ムドーソ王国の将軍、ドミーという。しかし、かなりご高齢のようだが…」


 「80年前の【第一次アルハンガイ草原の戦い】の時、ちょうど20歳でございました」

 「ということは、今年で100歳か?」

 「はい」

 「体も痛むだろうに、何故わざわざ」

 「…悔いがあったからです」


 コウトは自らの生い立ちを語りだす。


 「【第一次アルハンガイ草原の戦い】の時、降伏の使者16人がオーク側から派遣されたのをご存じですかな?」

 「ああ。残虐なムドーソの貴族によって、全員殺害された」

 「その中にがいました。ジュウセイという者です。おそらく、死も覚悟していたのでしょう。ですがコウトの前ではいつも通り振舞っており、それに気づけませんでした」

 「その時の悔い、か」

 「はい。昔話はこのぐらいにして、本題に戻りましょう」

 コウトは覚悟を決めた表情で話し出す。


 「我ら16人は、カクレンの叛乱を止め切れなかった罪を背負っております。部族の者が不穏な動きを見せているのは察知していましたが、まさかここまで戦禍を及ぼすとは…」

 「それで、皆はどうしておるのだ」

 「残る部族は、女子供含めて総勢30000名おります。それぞれ各所に散って隠れており、将軍の裁きをお待ちしている状態です」

 「俺が罪を許すなら出てくる。許さなければ…」

 「そのまま、命を懸けて抗戦するしかありますまい。場合によっては、他の部族にも応援も頼みます」

 「…」


 なるほどな。

 今回の戦い、所詮はオーク民族50万人の内一部が起こした戦いに過ぎない。

 だが、俺が草原奥深く進行すれば話は違ってくる。

 

 「…俺はこれ以上の流血を好まない。よって誰も処罰しない」

 「ほ、本当でありますか?」

 「ああ、約束しよう」

 「ありがとうございます…!」


 コウトは気を失い、倒れようとする。

 俺は駆け寄り、その身を抱いた。


 「あっ…も、申し訳ありませぬ」

 「ご老体はもっと体を労わらねば」




 「特に女性はな」


 16名の使者のうち、コウトはだった。

 オークは男性が中心となる社会のため、本来であれば表舞台には出られない。

 だが、コウトは【第一次アルハンガイ草原の戦い】を知る当事者として畏敬の念を集めており、代表となり得た。

 ジュウセイとは、すなわちである。


 ーナビ。オークの女性を支配することは可能なのか?

 ー【女性】は人間に留まった話ではありません。この世界に存在する【女性】全てです。

 ーその女性が生んだ子孫は?

 ー女性であれば因子が受け継がれます。

 ー永遠にか?

 ー永遠ではありませんが、およそ200年は継続します。


 俺は、平和が暖かく対等なものであるとは思わない。

 時には戦争以上の冷酷さをもって実行される。

 それでも、戦争による惨禍よりははるかにマシだ。


 要するにー、




 【永遠の平和】とは、オーク民族の血統に【支配】によるくさびを打ち込むこと。


 期限は、200年。

 

 

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