第145話 平和への希求
質はともかくとして軍勢は1000名弱となり、【ドミー軍】が敗北する可能性はなくなった。
だが、絶望的な状況でも、叛乱軍はまだ降伏しない。
俺はとある考えを実行に移そうと考えたが、その時ある人物と巡り合った。
残酷な任務を押し付けることになるが、ためらうことはできない。
全ては平和のため。
俺の命令で手を血に染めたライナやミズア、【ドミー軍】の面々、協力を惜しまなかった辺境都市の住民に報いるため。
なにより、オーク民族にこれ以上の血を流させないため。
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「カクレン…兄貴。いや、カクレンさまか?もう、昔の呼び名でいいか」
ようやく【奇跡の森】の入り口にたどり着いたが、状況は最悪どころじゃねえ。
同胞たちは騎兵隊を粉砕したおっかねえ連中とやり合ったらしいが、返り討ちにあったのか大量の屍を晒している。
さっきは、空一面に蒼い炎が広がった。
どうせ都合が悪いことが起きたに決まっている。
人間だけあんなスキルが使い放題とか、不公平だろ!
「こんなことなら、おいらも地獄に行くべきだったかな…いででででで!」
失った右腕の痛みだけが、唯一おいらに生を感じさせた。
それでも森の中にいる同胞と合流しようとしたが、とある集団とすれ違った。
「に、逃げろお!!!」
「トゥブさまと合流するんだあ!!!」
「な、なぜ俺たちが破れるんだ…」
蜘蛛を散らしたように逃げていく同胞たちだ。
昨日まで戦意に満ち溢れていた姿は、もはや微塵もない。
負けたんだ、カクレン兄貴が組織した叛乱軍は。
よかった。
もうこれで誰も死ぬことはない。
誰かを殺すこともない。
ーナンロウ、お前が真の実力を発揮すれば一騎兵に留まらない活躍ができるはずだが…
ーははは、カクレン兄貴。おいらはどうも変われなくてさあ。だから一騎兵でいいんです。
ーそうか…
ーさあ、叛乱まであと1年でしょ?おいらに構わず、みんなの指揮をとってくだせえ。
おいらは、みんなのように叛乱にのめりこめなかった。
憎い敵の人間であっても、躊躇なく手にかけることに疑問を感じていた。
だから、【最初の4人】の中で出世できなかった。
ーだから、お前は変わらないでくれ。
そんな情けないおいらを、昨日カクレン兄貴は褒めてくれた。
理由は、分からない。
「どこに、いるんだよお」
結局、森の入り口で意識を失った。
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叛乱軍は、数は少ないとはいえ投降を始めている。
人数に余裕も出てきたので捕虜の整理を開始したが、そこに1人のオークがいた。
右腕を失っても悲壮感はなく、どこか安心した表情を浮かべている。
戦場の中にあっても、狂気や恐怖に囚われていない。
他の捕虜に聞いてみると、叛乱軍の中でも古残の人物らしい。
俺は、そこに1つの可能性を見た。
「アマーリエ、このオークと2人で話がしたい。包囲と捕虜整理を頼んだぞ」
「男性まで【支配】できるとは初耳ですな」
「やれやれ、そうであれば良かったんだがな…とにかく任せる」
アマーリエに人払いをさせて、オークと対面した。
俺は立ったまま、オークは傷が痛むのか草原に座り込んでいる。
「…ナンロウとやら。傷は大丈夫か。叛乱に身を置きながらそれに身を任せなかった人物と聞く。面白いやつだ」
「そのせいで周りから馬鹿にされましたがね。人間の旦那」
「分かるのか」
「プレートアーマーで隠したって、その図体と声で分かりますよ。あんたがうちにいれば、おいらは草原で昼寝ができたんだけどなあ。いやこんな話はいい…」
ナンロウの瞳に悲しみが宿った。
「カクレン兄貴、トゥブ兄貴はどうなった?」
「…」
嘘をつく余裕は皆無だった。
「…討ち取った。俺の命令の下、責任の下に」
「そうですか。ならいいでしょ」
ナンロウは草原に体を横たえる。
「早く殺してくだせえ。おいらは兄貴との付き合いで叛乱に参加した。その兄貴が死んだんじゃ、生きる意味もない」
「ダメだ。お前には頼みがある」
「はあ?」
「カクレンの遺言を、未だ抵抗を続ける叛乱軍に伝えてほしい。すなわち全面降伏だ。嘘ではない。俺の腹心が責任を持って確認した」
「おいらに、裏切り者をやれと?」
「…そう非難する者もいるかもしれない」
「てめえ!」
ナンロウは激昂した。
「カクレン兄貴やトゥブ兄貴だけでなく、同胞数千人を手にかけておいて、よくそんなことが言えたもんだ!!!」
「分かっている。だからこそお前しかいないんだ。俺たちの口からカクレンの遺言を伝えても、聞くものがいない。古くからの腹心であるお前がー」
「うるせえ!早く殺せ!!!このクソ野郎がー」
「確かに俺はクソ野郎だ!だがあえて聞く!!!」
このオークの気持ちが痛いほど分かっても、俺は引かない。
「このまま虐殺が展開されるのは忍びないと思わないか…!」
「て、てめえ…」
「俺の軍が手を出さなくても、いずれウエンの軍勢との戦いで疲弊し全滅するだろう。遺体は草原に晒し者とされ、カクレンやトゥブの想いを引き継ぐ者もいなくなる!」
「…」
「矛盾を自覚しながらあえて言う。俺は戦争が終わった以上誰も殺めたくない。信頼するものや愛するものに、これ以上の重荷を背負わせるのも嫌だ…」
「だから、頼む」
土下座は、できなかった。
俺の命令に正義があると信じて戦った面々の面子を潰してしまう。
立ちながら深々と礼をする。
これが最大の妥協。
「この戦争の中でも狂気に囚われず、情を持ち続けるお前に、カクレンの遺言を託したい…」
視線を下ろしたため、ナンロウの姿を伺うことはできない。
その気になれば、不意打ちで俺を殺すこともできる。
だが、礼をやめなかった。
「…むかつくやつだ、お前は」
ナンロウが悪態をつく。
だが、先ほどより幾分か和らいでいた。
「カクレン兄貴と同じ目をしやがって…」
ナンロウは2つ条件を出した。
1つ目は、降伏した叛乱軍を全員確実に助命すること。
2つ目は、カクレンとトゥブの遺体を引き渡すこと。
むろん引き受ける。
しばらくして、ナンロウは叛乱軍の元へ向かった。
そして、夜までに叛乱軍の全面降伏を実現させる。
また一つ、平和が近づいた。
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「ドミー将軍、ウエン公の使者が参っております」
叛乱軍全体が投降した日の深夜。
受入れ作業に追われている最中の邪魔者に、俺は不快感を隠せない。
「…アマーリエ、追い返せ」
「は?」
「追い返せ!!!」
「それはいけませんぞ」
アマーリエにたしなめられる。
「事情はともかく、同盟を組んでいる相手を軽んじてはいけません」
「…そうだな。しかし、どうせ叛乱軍を許すなと言っているのだろう」
「その通りです」
遅すぎる、何もかもが。
俺がウエンに下した評価であった。
「…ならこう伝えろ。4つある」
「はい」
「1つ。ムドーソから恩恵を受ける身でありながら、なぜカクレンの叛乱を制止せず静観したか」
「2つ。クルテュ族のノイン率いる1000人が、ウエン公の陣を抜け出して叛乱に参加したのはなぜか」
「3つ。早朝に我らが攻撃を仕掛けた時点で、なぜ加勢しなかったのか」
「4つ。叛乱軍に倍する兵力でありながら、戦意が低く遠巻きに眺めているのはなぜか」
「この4つに納得の行く返答がなければ、黙ってムドーソ王国将軍たる俺の指示に従えと伝えろ!」
「苛烈でございますな」
「これでも軽い方だ」
いずれにせよ、ウエンには憎まれ役を演じてもらわなければならない。
土壇場で裏切った者と仲良くすれば、俺たちの信用まで下がる。
問題は今後誰と交渉するかだが、恐らくー、
「ドミー将軍!また使者が参りました」
「今度は誰だ!」
「複数の部族による混成集団です。『和平のための連合』を名乗っています。『ウエン公にはほとほと呆れ果てた。直接ムドーソ王国と話がしたい』と」
「…ちょうどいい頃合いだな。いや、この機を狙っていたか」
捕虜を尋問した結果、多くの叛乱参加者は、所属していた部族を離反してやってきたと判明している。
叛乱が敗北に終わった今、離反された部族は弁明のためにやってくるはずと予想していた。
そうしなければ、部族全体の未来が危うい。
「レーナ!」
「ここに!」
「ふくらはぎを出せ」
「お安い御用で…あひゅん!?久しぶりにされるとすっごく気持ちいい。とろけそう…」
「惚けてる暇はないぞ」
【使番】のレーナに【クイック絶頂】を施し、新たな任務を命じる。
「さっそく『和平のための連合』のもとに向かえ」
「新たなる時代と、平和のために!」
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