旧約第8章 永遠の平和
第143話 将軍位自称
レムーハ記 戦争伝より抜粋
ムドーソ王エルンシュタインの側近【道化】が【ブルサの壁】にたどり着いたのは、【ブルサ回廊の戦い】が終結して7日後と伝わっている。戦争終結後に現れた人物への対応が求められたため、到着までに数日を要した。
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「勝手なことはなりませんぞ【道化】さま!今後はこの王国主席秘書官ランケにお任せください!!!」
「…」
いまだ戦場の痕跡が残る【奇跡の森】を歩くのは、背の小さい道化姿の女性と、40代の神経質そうな表情を浮かべた貴族の女性。
王の世話係兼側近【道化】と、表向きの政務を取り仕切る秘書官ランケだ。
その背後には、緊急に雇用したCランク冒険者数名。
「おいおい、こりゃあガチの戦場じゃないの…」
「かなり片付いているけど、血の匂いが…おえっ!」
「本当に7000名のオークを鎮圧したのかな…」
モンスター退治の経験はあっても、大規模な戦争経験のある者はいない。
これでも、ムドーソ王国が緊急時に派遣できる全兵力であった。
「…えーらんくのすごうでをよんでくるんじゃなかったの?だからすうじつまったのに」
「そ、それが『あたしは恐らく必要ない』といって従軍を拒否しまして…」
「そんなことだろうとおもった」
軍組織を解体したムドーソ王国は、緊急時は傭兵をもってこれにあたるとされている。
特に、Aランククラスの冒険者は1人で1国を滅ぼせると言われており、『何かあれば金を積めばよいではないか』と主張する貴族も多い。
だが、金や個人的感情で動くことも多い傭兵は、国の意のままにならない場合もあった。
「とにかく!【道化】さまはムドーソ王国の公的な使者ではありません!王と貴族の承認を受けたこの私めに今後はお任せください!」
「…わかったよ」
王と私的な関係を結んでいても、公的には何の権限も持たないとされたのが、【道化】の弱点である。
…国が危機に陥っている時は都合よく忘れられているが。
「それでよろしいのです!いざとなればランケがこの【七宝の剣】で、ってうひゃあ!?」
「だからけんをぬくのはやめろっていってるでしょ!むいてないよ」
「いえ!秘書官とはいえ、この国を守るのはわたくしの役目!いざとなれば戦場でも剣をー」
「やい貴様ら!ここをどこだと心得てやがる!!!」
【奇跡の森】の出口に差し掛かった【道化】とランケだが、街道を封鎖する数人の兵士に通行を止められた。
その中の隊長格が前に進み出て叫ぶ。
「私の名前はレギーナ。ムドーソ王国軍将軍、ドミーさまの忠実なる配下である。ここはオークたちと和平交渉を行う場だ!!!勝手な立ち入りは許可しないぞ!」
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「な、なんだとおおおおお!」
ランケが怒りの叫び声を上げる。
「貴様ら、我が何者か知っての狼藉か!王国首席秘書官ランケ・フォン・アーベントロートなるぞ!逆らえば無慈悲な処罰がー」
「知らねえなあああ!」
「ひいいい!?」
だが、荒くれものの一括に怯え、尻もちを付く。
「ぼ、冒険者たちよ!早くあの無礼者を斬るのだ!」
なけなしのプライドを守るため背後の傭兵へ呼びかけるもー、
「いや、うちら対人戦とかはちょっと…」
「契約内容にもなかったし」
「土下座でもしたら?」
王国を守る義務のない自由人たちは冷淡であった。
「貴様ら、なんのために金で雇っているとーあ、離せ!」
そうこうしているうちに、レギーナに胸ぐらをつかまれる。
「文句があるなら、その剣で立ち向かって見せろ!」
「言わせておけば!【七宝の剣】で、あれ、抜けない…ええいエンギよ!毎日練習しているのだから地獄で手を貸せとあれほどー」
「やるのかやらねえのかあああ!」
「すいませえええええん!土下座するので命だけは、命だけはお助けおおおお!」
戦では何の取り柄もない秘書官は自らの限界を認め、這いつくばるほかなかった。
「まって!」
隣にいた【道化】が声を上げる。
「【道化】さま!お助け下され!」
「いやらんけはどうでもいいけど」
「そんな!?」
「れじーな。あなたいつどみーのはいかになったの…?」
「ああ?いつ配下に…」
【道化】には、ランケを脅している人物に見覚えがある。
敵の侵入に対するムドーソ王国の無策にいらだち、800名の義勇兵を率いて【ブルサの壁】に向かったレギーナだ。
レギーナは元々軍人ではなく、ドミーとは何の面識もないはず。
それがほんの数日で「忠実なる配下」となるには違和感がー、
「はふううううん!?」
その時、レギーナが素っ頓狂な悲鳴を上げた。
誰かに肩を掴まれている。
「うあ…」
体をビクビクと震わせたかと思うと、白目を剥いて倒れた。
「申し訳ありません!」
倒れたレギーナの背後から1人の人物が姿を現す。
プレートアーマーに身を包み、右腕に盾を備えた大柄な人物。
面識はないが、【道化】には誰であるかすぐ分かった。
「もしかして、どみー?」
「いかにも!部下がご迷惑をおかけしました!お通り下さい!」
「ど、ドミー!」
レギーナが倒れたことで強気になったランケが吠える。
「この無礼はムドーソに戻れば必ずー」
「ただし【道化】さまのみです!」
「ええ!?」
「ランケはお帰り下さい!」
「そんなことがー」
「お帰りあれ!」
だが、ドミーの強気な態度に再度沈黙を余儀なくされた。
「しかたない。らんけはかえって」
「…お、覚えておれえええ!」
「あれ、雇用主が帰るみたいだぞ」
「じゃあうちらも戻るか!」
「契約金はいただき!」
同調して傭兵も帰っていく。
残るは、【道化】のみとなった。
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「ひとつだけいう」
【道化】はドミーを睨みつけた。
「あなたはー」
「ムドーソ王国将軍に任命されたことはない、でしょうか?」
「…!」
「それなら心配ありません」
兜で表情が隠れていたが、【道化】はドミーがほほ笑んでいると気づく。
「このドミー、将軍位を自称することにしました」
「俺にとって、権威とは自称するものです。誰かに認められる必要はありません」
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