第141話 裏切りと落日

 「な、なんじゃあれは!?」

 草原地帯で9000人の兵を遊ばせながら、安全な陣営で【ブルサの壁】を恐る恐る眺めていたウエンは驚愕する。

 

 空一面を埋め尽くす蒼炎。

 【征服門】周辺から響き渡るオークの悲鳴。

 

 ムドーソ王国の攻勢に間違いない。

 カクレン率いる叛乱軍が装備するラグタイトでは防ぎきれない強力無比な一撃。

 【ブルサの壁】が破壊された時点で戦闘が発生しているのは察知したが、状況は悪くなる一方だ。

 

 「ウエン公!ムドーソ王国はAランククラスの使い手を動かしたに違いありません!!!」

 「もはや勝ち目はありませぬ!!!」

 「速やかに後退を!!!」


 ここぞとばかりに、親ムドーソ派の近臣が決断を迫る。 


 「なにをおっしゃいます!9000人の兵が一挙に攻撃をかければ敵は崩れます!!!」

 「早朝の時点で加勢していればよかったのです!!!」

 「英雄ウジュキノの子孫として、勇気あるご決断を!!!」


 負けじとばかりに、反ムドーソ派の近臣もまくし立てた。


 加勢したければ、後退したければ勝手にすれば良いではないか…!


 彼らがそうしない理由をとっくに理解しつつも、ウエンは嘆いた。

 目指す道は違うが、両者の目的は今のところ一致している。

 

 要するに、何かあった時のだ。

 

 ーウエン、わしはもう直ぐ死ぬ。お前が公の地位を継ぐが、1つだけ約束を守れ。

 ーはい、父上…なんでしょうか。

 ー決して。先祖ウジュキノは英雄としてもてはやされているが、アルハンガイ草原に集結した30000人の指揮権はほとんどなかったと言われている。

 ーそ、そうなのですか?

 ーオーク民族50万人といえど、実態は複数部族の寄り合い所帯に過ぎない。穏やかな性格のウジュキノは、危機に陥った時、首を差し出す役割を持たされたのだ。

 ー…

 ー平時はウジュキノの名声を利用して繁栄を享受しろ。だが、非常事態が発生すればー




 ー最終局面まで決して動かず、勝利をかすめとれ。



==========



 「…よし」

 ウエンは静かに語った。

 今こそ、父の遺訓を実行する時。


 「どうされるのですか!?」

 「後退するか、カクレンの援軍に行くか!」


 「「「ウエン公、あなたの御心はいかに!」」」


 「決まっておる!」

 ウエンは腰の剣を抜いた。


 「カクレンを攻撃するのだ!!!」

 

 「な、なんですと!」

 「積極的な裏切り行為は危険ではー」

 「馬鹿もの!!!」


 一転して弱気になった家臣の言うことには耳を貸さない。


 「考えてもみよ。ここでカクレンに加勢しても勝機は万に一つもない。かと言って、後退すれば戦後消極的な態度を責められる」


 最終局面まで温存した兵力は9000人。

 疲弊したカクレンの兵なら、打ち破られるはずだ。

 いや、無理して打ち破る必要はない。

 後方で退路だけでも遮断すれば、凶暴なムドーソ王国軍が根絶やしにしてくれるはず。


 「我はここで勝者となる!!!【平和の敵】カクレンを打ち滅ぼし、ムドーソと共に平和を取り戻すのだ!!!」


 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 名実ともに【背信公】となったウエンは、【征服門】にいた【蒼炎のライナ】に使者を送る。ライナは歓迎し、速やかに叛乱軍を討伐するよう命じた。

 


========== 



 「ウエンの軍勢が攻撃してくるぞ!!!」

 「おのれ獣心!先祖の勇名を忘れたか!!!」


 屈辱の後退を果たした叛乱軍を待っていたのは、絶望。

 ようやく【奇跡の森】を脱出した同胞を、ウエン率いる9000名の軍勢は容赦なく攻撃してきた。


 やはり、あのドミーとかいう男の虚言であったか!


 自らの忠誠心を利用されたと悟ったギンシは嘆息する。

 もはや、叛乱は完全に失敗した。

 背後にムドーソ王国軍、前面にウエン率いる軍勢に挟まれ、逃げ場所がない。

 それだけでなくー、


 トゥブさまも、おそらく亡くなった…


 自らが生涯守り抜くと誓った人物も失った。


 ーカクレンを、迎えに行くよ。

 ー今軍を離れるのは危険です。

 ーいや、行かせてくれ。最後に話したいことがあるんだ。


 軽率な行動を止めきれなかった自分のせいで。

 

 「もはや致し方なし!!!」

 倒れそうになる体を怒りで鼓舞し、ギンシは絶叫した。


 「民族の裏切り者、ウエンを地獄に叩き落とせ!!!」


 「「「はっ!!!」」」

 疲弊の極みに達していた叛乱軍は、新たな復讐の対象を得る。

 皮肉にも、それは兵士たちの戦意を復活させた。

 


========== 



 「叛乱軍とウエン公は戦闘を開始したけど、ウエン公が押されてみたい。戦意に差がありすぎるんだわ…」

 「そうか」

 ライナの報告を聞いた俺は全てを悟る。


 戦争は、実質集結した。

 残るは残党狩り。


 だが、その前にやらなければならないことがある。


 「ミズア、俺とライナをカクレンのもとまで運べ」

 すなわち、最期を迎えようとしている首魁に引導を渡すこと。


 だが、ミズアは首を振った。


 「まだ戦闘は終わっていません。ドミーさまは、【ドミー軍】を率いて敵残党を包囲する義務があります」

 「だがー」

 「ミズアのいう通りよ。これは私たちが請け負った仕事だし」


 ライナもそれに同調する。


 「それに、王を目指す人間が軽々しく動いちゃダメ。常に最前線にいることが指揮官の仕事じゃないわ」

 「…」


 一度でいいから、カクレンと話してみたかった。


 内心の気持ちは、ライナの正論によって鎮まっていく。


 「分かった。お前に任せる。ただ、1つだけお願いを聞いてくれ」

 「お願い?」

 

 ライナにとある任務を託す。 

 

 「お安い御用よ」

 「ありがとう」

 「じゃあ…」

 「ドミーさま、【強化】をお願いします」


 2人は目を閉じ、口を細めた。

 何を求めているかは言うまでもない。


 「戦争の終結、お前たちに託すぞ」

 ライナの唇に、自分の唇をそっと寄せていった。



========== 



 跳躍して去っていくライナとミズアを見送りながら、俺は次の時代に考えを巡らせていた。


 戦争の後に訪れる時代。


 すなわち、戦後である。


 

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