第140話 崩壊

 「ひ、ひとまずギンシさまに報告しろお!」

 カクレンの偽首を見たオークたちは、森に戻っていく。

 大将を討ち取った憎き敵に立ち向かうものはおらず、士気の低下が見て取れた。

 

 あと一撃で完全に崩壊する。

 ドミーなら、独力でも打ち破れるはずだ。

 

 「…カクレンにとどめを刺しに行きましょう」

 「ええ」

 

 ミズアの力を借りて【征服門】から跳躍しようとしたとき、背後の草原地帯から気配を感じた。


 新手?どこから…


 慌てて【ルビーの杖】を構えるもー、


 


 それは敵ではなかった。



========== 



 ライナの放った【フレイム】が、死闘が繰り広げられる森の上空に広がっていく。

 美しい蒼炎だ。

 森の中にいる者は、人間であろうとオークであろうと目撃したに違いない。


 「な、なんだ!?」

 「人間のスキルか…?」

 

 先ほどまで猛然と襲い掛かっていたオーク兵も足を止め、動揺する。

 絶好の機会だ。


 「叛乱軍ども!よく聞け!!!貴様らの首魁カクレンは死んだ!!!」




 むろん嘘である。

 一旦戦況が落ち着いた際、カクレンを監視しているゼルマに確認していた。


 ーゼルマ!ライナとミズアはカクレンを討ち取ったか?

 ーいや!手傷を負わせたけど取り逃したみたい!!!まずいよ!!!

 ーそうか!まあ問題ないだろう。

 ー…そうなの?

 ーライナがいれば大丈夫だ。


 予想通り、首魁の殺害ではなくを優先したらしい。

 戦場から逃げ出すということは、のと同義。

 【ドミー軍】を危機から救うという大前提を、彼女はしっかり覚えていた。

 俺がライナの資質で最も評価しているのは、スキルではなく知略である。


 「大変だ!【征服門】の上に、カクレンさまの首が晒されている!!!」

 「Sランククラスの使い手が2人、降伏しなければ皆殺しだとよ!!!」


 後方から戻ってきた叛乱軍がそれを裏付ける。


 「俺からも重ねて言う!!!降伏しろ!!!降伏すれば命は取らない!!!しない限りは容赦なく攻撃する!!!」


 撤退を装う必要もなくなり、【ドミー軍】全軍で攻撃の構えを取った。

 敵はかなり動揺しているが、まだ敗走には移らない。

 強力な一撃を与えて一気にー


 「待て!!!」

 その時、叛乱軍側から声を上げた者がいた。

 先ほどから、最前線で最後の攻勢を指揮していた壮年のオーク。


 「私はギンシという者!カクレンさまの腹心、トゥブさまに仕えている!!!」


 カクレン以外を忠誠の対象としている。

 明確にそう宣言したオークと初めて出会った。


 「トゥブさまはー」

 疲労の色を見せながらギンシは問う。


 「カクレンさまを迎えに行ったトゥブさまはどうなったのだ!?」



========== 



 正解は「瀕死の状態でカクレンと逃げた」である。


 当然だがそれを言うことはできない。

 「討ち取った」というのが無難か。


 だが、それではこのギンシという人物が暴発し、弔い合戦とばかりに突撃するのではないか。


 瞬間の間に思考が錯綜する。


 「答えろ!」 

  

 仕方ない。

 気は進まないが、この男の個人的な忠誠心を利用させてもらおう。


 「おお、知っているとも」

 俺は笑みを浮かべた。


 「カクレンの死に嘆き悲しみながら、わずかな残兵を率いてウエン公の陣に逃げ込んでいる!小癪にも援軍を連れてくるらしい!!!何人いようと無駄なことだがな」

 「な、なんだと…?」

 

 ギンシは半信半疑といったところだが、もはやギンシ本人はどうでもいい。

 ギンシ以外の叛乱軍に向かって語りかける。


 「貴様らも、ウエンの陣まで逃げ込めれば助かるかもしれんぞ?むろん、俺の追撃を免れればだがな」


 手で合図を送り、【ドミー軍】に攻撃の用意をさせる。


 「さあ選べ!降伏するか、俺に殺されるか、ウエンの陣に逃げ込んで再戦するか!俺はどれでも構わんぞ!」



========== 


 「だ、騙されるな!!!」

 ギンシは叫ぶ。

 「敵がこのような情報を提供するはずがない!!!皆の者!最後の突撃をー」


 だが、指揮官ほど部下は冷静ではいられなかった。

 早朝から連戦連敗を重ね、仲間の死を目撃し、圧倒的な力を見せ続けられ、指揮官の死に動揺している兵士たちである。


 「追加の援軍が来れば、勝てるかもしれない…!」

 「いずれにしろ、このままじゃあ犬死だ!」

 「トゥブさまを指揮官に仰ぎ、指示を仰ごう!」


 一人、また一人と後退の気配を見せる。

 わずかに残された希望が、兵士たちを動かそうとした。

 俺はその機を見逃さない。


 「攻撃!!!」

 【魔法系】スキルによる一斉攻撃を開始する。

 

 「【ファイア】!」

 「【ウィンド】!」

 「【サンダー】!」


 心の折れかけたオークたちに対する、とどめの一撃。


 「これは逃亡じゃない!!!戦いに勝つためなんだ!」

 「なんとか生き残ってトゥブさまと合流する!」

 

 再び多くの死傷者を出しながら、全員が口々に希望を叫び、一斉に退いていく。

 少なくとも、当人たちは逃亡ではないと信じていた。


 それだけではない。


 「待て!降伏する!!!」

 「カクレンさまが死んだ以上、抵抗する意味もない」

 「命だけは、命だけは助けてくれ…」


 ついに降伏者が出始めたのだ。

 武器を捨てて、その場にうずくまる。

 逃亡者と同じ勢いで降伏者は増えていき、やがて100人を越える。


 「降伏する者は撃つな!!!」

 「「「はっ!!!」」」


 待ちに待った瞬間。


 膨大な死者を出しながらも抵抗をつづけた、叛乱軍の崩壊である。

 


========== 



 「ドミー!大丈夫?」

 「ドミーさま!無事で良かったです…」


 捕虜の対処で進撃を停止した【ドミー軍】に、ライナとミズアが合流した。

 俺にとっては予定外の行動である。

 オークたちに聞こえないよう、声を潜めて話す。


 「ああ。しかしここはいいからカクレンをー」

 「その前に報告したいことがあって」


 ライナは俺に耳打ちした。




 「ウエン公が裏切ったわ。森から脱出した叛乱軍を攻撃してる」

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