第139話 ライナの策

 ミズアは敵の首魁、すなわちカクレンの腹に【竜槍】を差し込んだ。

 大将であるカクレンはラグタイト製の鎧に身を包んでいるが、ミズアの防御無視の個性【貫通】により意味をなさない。

 

 あっさりと腹を貫かれる。


 ミズアはカクレンに致命傷を負わせたことを確認すると、【竜槍】をひねりながら引き抜いた。

 

 「…」

 カクレンは口から血を流し、無言のまま仰向けで倒れこむ。

 その拍子で兜が脱げ、素顔が露になった。

 

 歳はドミーと同じぐらい。

 特に狂暴な面構えというわけではない。

 どこにでもいそうな、歳若いオーク。

 胸にかすかな痛みを感じた。


 「戦士の魂が、安らかに天へと昇りますよう…」

 ミズアは祈りの言葉を捧げながら、【竜槍】を振り下ろそうとする。

 狙いは、カクレンの首。


 目標を達成する直前、私もミズアも目の前の光景にくぎ付けとなる。




 だから、次の瞬間の出来事に対して、一瞬反応が遅れた。



==========



「カクレン!!!」

 私が生み出した灼熱の炎を乗り越え、1人のオークが飛び出してきた。

 数か所にやけどを負っているが、まったくひるむ様子がない。

 先ほどのカクレンと同じく、ミズアに剣で切りかかろうとする。


 ゼルマの映像で見た覚えがあった。

 カクレンとほとんどの期間行動を共にしている、腹心。

 名前は聞いていない。


 「ミズア!」

 「分かってます!」


 ミズアは敵腹心の無力化に掛かる。

 攻撃を紙一重でかわした後、手にしている右腕をあっさり切り落した。


 「おのれ!!!」

 必死で短剣を抜こうとした左腕も切り落す。

 大量に出血し、流石に動きが止まる。

 最後に胸をひと突きして、距離を取った。


 「ぐ…」

 カクレン以上の重傷を負った腹心は、うめき声をあげて倒れる。

 

 思わぬ邪魔が入ったが、これでー


 「カクレンさまから離れろ!!!」

 「トゥブさままで…許せん!!!」

 「小娘といえど、容赦はせぬぞ!!!」


 願いは残念ながら敵わない。

 新たに十数名のオークが、腹心と同じく炎の壁を突破してくる。

 ドミーもさっきぼやいていたが、今日はどうにも想定外が多い日らしい。

 

 さっきミズアが倒した人、トゥブって言うんだ…


 トゥブはおそらく、森に到達したカクレンを部下と共に迎えに来たのだろう。

 でも、私たちを止めるには遅すぎた。


 「待ちなさい!」

 【ルビーの杖】を振りかざして威嚇する。

 薄暗い森を炎で照らすことにより、さっき私たちが倒したオーク兵100名の遺体がくっきり映った。


 「私たちは2人ともAランク。あなたたちに勝ち目はない。それに、カクレンももうすぐ死ぬ。だからー」

 少しためらったが、最後の言葉を伝える。

 「…降伏して」


 「「「うぉおおおおお!!!」」」

 返答はなかった。

 決死の死兵が、私とミズアを葬らんとする。

 情けを掛けられるのは屈辱といわんばかりに。


 「【グリント】!」

 敵の足を止める魔法を放ちながら思った。



 もしみんな女性だったら、ドミーが触るだけで戦争を回避できたのかな… 

 

 

==========



 争いは数分で終わり、野に倒れる亡骸は数を増す。

 でも、それが敵の作戦だったのかもしれない。


 「ライナ!!!」

 最後の1人を葬ったミズアが上ずった声を上げる。

 「カクレンともう一人がいません!」

 

 まともに歩けないほどの重傷を負った2人が逃走できた理由は、すぐ分かった。

 後方でかすかに動物の足音が聞こえたのだ。

 【奇跡の森】を出て確認するとー、

 

 「…立派な馬ね、2人も乗れるなんて」

 ラグタイトを装備した馬にまたがるカクレンとトゥブだった。

 カクレンが馬を駆り猛スピードで戦場を離れ、【ブルサの壁】を越え、草原地帯へと向かっている。

 

 「追いかけます!!!」

 「待ちなさいミズア」 

 「どうして!?」

 「敵を引き付けてるドミーが危うくなるわ」

 「…!」

 「カクレンは計算したのよ。【奇跡の森】で戦っている叛乱軍と合流しようとすれば、私たちはなにがなんでも殺すしかなくなる。それに、森の中じゃ馬で逃げてもすぐ捕捉されるだけ」

 「一秒でも生きながらえるため、あえて戦場から逃走したというのですか?」

 「もう少しで死ぬと分かっていても生きることにこだわるなんて、敵ながら見事ね…」

 「感心している場合ではありません!!!このままではー」


 友人を落ち着かせるのは、言葉ではなく行動。

 手を広げ、ミズアを抱きしめた。


 「ら、ライナ!?」

 「落ち着きなさい。ドミーを救えるのは、冷静な行動だけよ」

 「…」


 早鐘のように鳴っていたミズアの鼓動が、徐々に鎮まっていくのを感じる。

 オークに死を振りまいたとしても、私たちは神じゃなくて人間だ。


 「落ち着いた?」

 「はい。申し訳ありません」

 「よろしい」

 

 ミズアは顔を赤らめ、服が少し乱れていた。

 その姿がいじらしくて、私がどきどきしそうになる。


 「しかし、どうするのですか?」

 「簡単よ。【ファイア・バースト】!」


 とりあえず、【奇跡の森】のそこかしこに火を放つ。

 森の中で戦っている敵にも分かるように。


 「首というのは、結局の所道具でしかないわ」

 

 私は自分の策を完成させるものを回収する。

 カクレンの兜だ。

 ミズアが彼に致命傷を負わせた時の置き土産。


 「重要なのは、こと」



==========



 ミズアと共に【征服門】の上で待っていると、叛乱軍の一部が戻ってきた。

 背後から火を付けられたのだからしかたない。


 ー後方から敵が迫る。これは兵士に多大な恐怖を与えるんだ。これが理由で敗北した軍隊も少なくない。

 

 本を読むのが好きなドミーの受け売りだ。


 「叛乱軍の者たちよ!私は【蒼炎のライナ】という!ムドーソ王直々の依頼を受け、戦場に派遣された炎魔導士なり!!!」


 釣りだした叛乱軍に向けて、演説を開始する。

 右手には、あるものを詰め込んだカクレンの兜を手にしていた。


 「ここに来て新手だと…!」

 「森の入り口で同胞を殺害したのもこいつらか!」

 「構うな!殺せ殺せ!!!」


 「もう争う必要はない!!!」

 オークの怒りを無視し、私はカクレンの兜を高く掲げる。


 「なぜなら、敵将カクレンはこの私が討ち取ったからだ!!!友人である【竜槍のミズア】と共に!!!これがこの証拠だ!!!」


 ーこの首でいいかな…ミズア、切り刻んで人相が分からないようにしてちょうだい。仕上げで私が【ファイア】で焼くから。

 ーはい。


 兜の中に入っているのは、誰かも分からない無名戦士の首。

 非人道的なのは理解しているけど、いまさらそんなことを言っても仕方ない。

 責めは地獄で聞こう。


 「あれは、確かにカクレンさまの兜…!」

 「嘘だ、嘘だあああ!」

 「安全な後方にいたはずなのにどうして!?」


 念のため【征服門】の上で距離を取ったが、怪しまれてはいないらしい。

 思い切って、兜ごと投げ捨てる。


 「将が死んだ今、もはやこの戦争は終結したも同然!!!寛大な処置を下すゆえ、いさぎよく降伏されたし!!!」


 さあ、仕上げだ。

 【ルビーの杖】を構え、スキルの発動に取り掛かる。


 「さもなくば、ムドーソ王国から唯一Sランクと認められた私の炎魔法が、争いをやめぬ愚か者を焼くだろう!!!これは脅しではない!!!その証拠をお見せしよう!!!」


 ムドーソ王国開祖エルムスの側近、ジョタのみが到達したとされるSランク。

 私と同じ蒼い炎を操った炎魔法の使い手。

 もちろん、のだが、脅し文句として利用した。


 「【フレイム】!!!」

 自分のスキルの中でもっとも威力が高い炎魔法を放つ。

 誰かを焼くためではない。

 できるだけ多くの人間が目撃できるよう、【奇跡の森】全域に放つ。

 青空とは違う薄い水色の炎が、すさまじい勢いで広がっていった。


 ーカクレンを討ち取ったら、【フレイム】を使え。

 ー…分かった。

 ーすまん。言葉足らずだったな。虐殺しろと言ってるのではない。俺に対する合図と敵への脅しだ。



 課題を残しつつも、私はドミーとの約束を果たした。

 



 カクレンの死を叛乱軍に告げ、戦意を失わせる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る