第136話 切り札の決意

 中央軍に戻ると、アマーリエが出迎えた。


 「将軍。お気づきでしょうが、左翼から伏兵が迫っているようです。気配を感じると兵から報告が入りました」

 「流石だな。対策は?」

 「密かに5人ほどを備えに回しました。が、これが限界です」

 「あとどれぐらいで攻めかかると思う?」

 「…かなり慎重に接近しているようですが、10分もあれば弓兵の射程距離に入るでしょう。ゼルマに確かめさせますか?」

 「…」


 作戦を看破したはいいが、正面から波状攻撃を受けつつ側面の伏兵に対応するのは難しい。


 これ以上は待てないか…

 

 この戦争を早期に集結させる切り札2人は、まだ来ない。

 指揮官として、別の作戦を用意しないのはそろそろ限界だ。

 

 「…正面の敵に突撃する用意をしろ」


 すなわち、敵の意表を付く全面攻勢。

 正面の敵を突破し、強引にでも首魁カクレンを討ち取る。

 乱戦も予想される以上、先ほどのような怪我人、いや、死者は免れまい。

 

 それでも、全員死ぬよりはましだ。


 「だが、あくまで用意。もう少し様子を見てからだ」

 「はっ」

 

 数分が永遠にも感じる長さ。

 焦燥感に包まれながら、俺はじっと待ち続けた。


 

========== 



 もう少しだ。

 

 草木や花にまみれながら、ギンシは森の中を進む。

 ギンシだけではない。

 その背後には、【ドミー城】で敵と激戦を繰り広げた歩兵500名が進軍していた。

 一言も話さず、殺気をできるだけ隠しながら。


 目標は、同胞と激戦を繰り広げる敵左翼。

 矢が届くギリギリの距離まで接近した後、一斉に矢を放って敵をかく乱。

 その後捨て身の突撃をし、敵を混乱に陥れる。

 そして、温存していた兵2000名を中核とした攻撃で撃破。


 もはや壊滅しつつある叛逆軍の、最期の作戦。


 歩兵にもラグタイトを全面装備させていれば…いや、トゥブさまの性格上不可能か。

 

 一部だけでなく全面装備なら、もっと強気に攻撃できていただろう。

 だが、ギンシがカクレンより敬愛する人物にそれは無理な話だった。


 ー僕はカクレンの影。その影が率いる歩兵部隊に、過剰なラグタイトは不要だよ。

 ー分かりました。これ以上は言いますまい。

 ー…いつもすまないね。

 ー?何がでしょうか?

 ー家の執事である君を、危険な叛乱に巻き込んでしまっている。

 ーははは、いまさら何をおっしゃいます。トゥブさま、いや、若とは赤子の頃からの関係。トゥブさまの望む場所なら、例え火の中水の中でも随行すると決めております。

 ーありがとう…


 いかんな、現世に未練を残しては。


 ギンシは過去の思い出を振り払い、前進を続ける。

 叛乱軍の切り札たる奇襲部隊の先頭に立つ以上、喜んで死を受け入れなければならない。

 【オークの誇り】を取り戻すのに必要なのは、つまるところ犠牲なのだから。

 


========== 



 【奇跡の森】の入口にたどり着いたとき、猛烈な戦いが行われているのはすぐ分かった。

 

 ー悲鳴と怒号。

 ー【魔法系】スキルが放たれる音。

 ー立ちのぼる黒煙。


 ケムニッツ砦でゴブリンを討伐したときとは比較にならない、大規模な戦争だ。

 現場の光景を想像してただけで吐きそうになる。

 それでも、行かなくちゃ。


 「ミズア」

 「ええ。ドミーさまを感じます」


 私たち2人とドミーは、スキルを通じて特別な絆を結んでいる。

 最近はそれが強くなり、遠くからでも存在を感じられるようになった。


 だからー、


 「走るわよ!!!」

 「はい!!!」


 これまで以上の全力疾走。

 ドミーが味方に犠牲を出さない戦い方を貫くには、私たちの存在が不可欠だ。

 

 たとえこの足が千切れようとも。


 ーなんでオークを殺しに行くんですか?


 イラートの言葉を思い出した。


 殺しを楽しむつもりは毛頭ないけど、結果は変わらないだろう。

 私とミズアは今から敵の首魁を殺し、叛乱軍を絶望に叩きこむ。

 たとえそれが成功しても、再び戦争が起こらないとも限らない。




 それでも走るのは、ドミーを信じているから。 


 この戦争中、ドミーは苦悩していた。

 味方に犠牲を出さないよう苦心し、オークを殺めることに悩み、それでも敵を打ち倒すと決めた。

 イラートのように現実に絶望し、全てを投げ出さなかった。


 だから、この争いの先に、新たな道を必ず提示できる。


 例え永遠でなくても、オークと人間が共存できる新たな道。

 犠牲のない平和を。


 待っていて、ドミー。

 

 【ルビーの杖】をぎゅっと握りしめる。


 あなたが逃げ出さなかったように、私も逃げないから。

 


========== 



 限界、か。

 

 中央軍で2人を待ち続けて、数分が経過した。

 敵の伏兵は殺気を感じられるまでに接近している。

 もう待てない。


 「…アマーリエ、全軍に突撃をー」


 その時、気配を感じた。

 懐かしい気配。


 数時間離れていただけなのに、数十年離れていたように感じる。

 そしてー、


 「ドミー!!!」

 「ドミーさま!!!」


 背中に抱き付かれる。

 暖かい感触。

 生きている者同士だけが出来る、体温の交換。




 2人は宣言通り戻ってきた。

 修羅場を潜り抜けて。


 「…この俺としたことが、2人を疑ってしまったよ。ごめんな」

 「ううん。私こそ遅れてごめん」 

 「ドミーさま。ライナは知略を駆使して敵を退けました。お褒めの言葉をかけてあげてください」

 「違う。ミズアが後ろで見守ってくれたからだよ。ミズアを褒めてあげて」

 「序列なんてない。お前たちは、俺の誇りだ」


 2人に向き直る。

 涙を流しそうだったが、ぐっとこらえていた。

 だから、俺もこらえた。

 

 「さあ」


 最後の鍵は揃った。

 あとは、俺が命を下すだけ。




 「この戦争を終わらせるぞ」

 



 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 【蒼炎のライナ】と【竜槍のミズア】が王のもとにたどり着いた時ー


 カクレン率いる叛乱軍の命運は尽きた。

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