第137話 最後の擬態

 「ゼルマ、お前の努力にようやく報いられそうだ」

 「ありがとう。でも私は戦えない。だから、2人に託すわ…」

 「アマーリエ。矢も大分見えるようになっただろ?」

 「将軍には及びませんが。最後まで防ぎ切ってみせます」

 「ミズア。ライナを確実に運んでくれ」

 「お任せください。ドミーさまもご無事で」

 「ライナ…頼む」

 「うん」


 会議はすぐに終わった。


 もはや全面攻勢に出る必要もない。

 無傷でこの戦争に勝てる公算は大幅に高まった。

 だから、俺たちがこの戦争当初から貫いてきた方針を貫こう。


 すなわち、擬態だ。



 「よーし、お前ら!!!」

 「「「なんでしょうか将軍!!!」」」

 

 中央にいる【ドミー軍】の面々へ呼びかけた。

 

 死線を潜り抜けた者は自然と強兵となる。 


 今の【ドミー軍】の状況にぴったりな言葉。

 初めに出会った時とはまるで表情が違う。

 勝利した暁には、最大限働きに報いてやらなければなるまい。


 「これより最後の命令を伝える!」

 「「「なんなりと!!!」」」


 あらんかぎりの賞賛を持って。


 「後方へ向かって前進するぞ!!!」



==========



 最後まで温存していた叛乱軍2000名の中央。

 そこで、僕は待ちに待った知らせを聞いた。


 「トゥブさま!ギンシさまの部隊が攻撃を始めました!」


 敵左翼方面に数十の矢が叩き込まれたのだ。

 どうやら最後まで察知されなかったらしい。

 挟撃は成功だ。


 だがー、


 「くそっ!またそれか!」


 矢はスキルによって生み出された防壁に阻まれ、敵兵を殺傷することに失敗。

 このままではギンシの部隊が反撃を受ける。


 「前進しろ!敵は混乱しているはずだ!!!ギンシと共同して敵を討ち滅ぼせ!!!」


 「「「準備はできております!!!」」」


 とにかく攻撃のチャンスが来たことには違いない。

 部隊に攻撃を命じようとしたがー


 「トゥブさま!敵が引いていきます!!!」

 「何!?」

 ドミーが率いる100名足らずのムドーソ王国軍は、これまで梃子でも動かなかった街道周辺の陣を放棄し、一斉に後退を開始した。


 100名足らずの少数集団ゆえ、その動きも素早い。

 ギンシの部隊を待たずして、あっという間に姿が見えなくなった。


 罠か?


 流石に警戒せざるを得ない。

 敵将はこれまで何度も叛乱軍を知略で出し抜き、大きな損害を出してきた。

 今回もその可能性が高い。


 「トゥブさま!!!早くご命令を!!!」

 「敵に逃げられたら今までの作戦が無駄になります!!!」

 「我らに恥をかかせないでください!!!」


 だが、今更止まるわけにはいかなかった。

 最後に残った2000名は、仲間が傷つき死んでいく様を長時間見せられている。

 この状況で追撃するな、と誰が言えるだろうか。


 …例え敵に策があったとしても、カクレンが僕より先に死ぬことはないはずだ。


 僕の役割は、カクレンの影。

 カクレンの代わりに死ねるなら本望だろう。

 いずれにせよ、これが叛乱軍最後の攻勢なのだから。


 「許可する!!!せめてあいつらだけでも地獄への道連れだ!!!いかなる犠牲を払っても殺せ!!!」



==========



 「カクレンさま!!!成功です!!!」

 「トゥブさまの部隊が突撃していきます!!!」


 犠牲に犠牲を重ね、遂に作戦は成功した。

 少なくとも、周りの同胞はそう思ったらしい。


 完全な挟撃にはならなかったか…


 だが、敵は素早く退却していく。

 追撃するにしても多くの犠牲は免れまい。

 これまでまったく手も足も出なかったことを考えれば大きな前進だが、追加の兵力は底をついていた。


 ならばせめてー、


 「我々も前進する」

 「カクレンさま、まだ危険ではありませんか?」

 「分かっているさ。だが本隊と離れすぎるのも逆に危うい。それに…」


 俺は叛乱軍2000名と共にいる友の顔を思い浮かべながら言った。


 「味方が最後の攻勢を掛けようというのに、ただ潜んでるだけではウエンと変わらないではないか。だから、せめて最後は皆と共にいよう」


 「「「カクレンさまがそう仰るなら」」」

 

 このまま前方にいる味方が完全に壊滅し、トゥブもギンシも戦死する中、俺だけ後方でわずかな同胞と取り残される。


 そこまでして身の安全を保って、何の意味があるのだろうか。


 それに、俺の居場所を知っているのは、味方以外は空を飛び交う鳥だけ。

 敵が退却していく以上、いきなり殺されることはないはずだ。



==========



 「やはり前進してきたわね」

 「はい。ドミーさまの予想通りです」


 【奇跡の森】の入り口にそびえ立つ1本の大木。


 私とミズアはその上に登り、目標を視認していた。

 

 「今からでもー」

 「ダメよ。もう少しひきつけてから」

 「そうでした。ミズアは、戦闘中に熱くなる癖があります」


 少ししゅんとしたので、元気付けてやろう。

 ドミーなら、きっとそうしたはず。


 「【直情】の個性だったわね。でも、その分【高速】の個性で私を敵の所まで運んでいける。お互いに、苦手なこと補って得意なことを共有していけばいい。でしょ?」

 「ありがとうございます…戦場での判断は、ライナにお任せします」


 私とミズアだけで連携するのは、初めてだ。

 いつもはドミーが指示してくれるけど、今は【ドミー軍】と共にいる。


 でも不安はない。

 やり遂げて見せる。


 「任せて。さあ、そろそろよ」

 「はい」


 私とミズアは、互いに手を繋いだ。

 指同士を絡ませ、しっかりと掴む。


 「ライナと出会えて、ミズアは幸せ者です」

 「私も、ミズアと出会えて良かった」

  

 一瞬、沈黙が場を支配した。

 そしてー、




 「今!!!」


 跳躍する。

 

 向かう先は、敵の首魁カクレン。

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