第135話 死出の旅

 「敵の作戦?」

 「おかしいと思わないかアルビーナ」


 俺は次第に接近しつつある叛乱軍を注視しながら語った。

 

 「この戦場でとっくに先陣を切っていいはずの存在が

 「…もしや、【ドミー城】を攻撃した部隊ですか?」

 「ああ」


 【イトスギの谷】を攻撃した歩兵部隊のことである。

 その数およそ500名。

 部分的とはいえ鎧にラグタイトを施しており、スキルに対する耐性を備えている。

 騎兵1000騎を失ったオーク陣営にとって、文字通り最後の切り札。


 「おそらく、その部隊で我が軍の左翼に奇襲攻撃をかけるつもりだ」

 「…!」

 「今頃【奇跡の森】を迂回しつつ、慎重に接近しているといったところだろうな」


 最初は中央、次は右翼。

 ある意味無謀ともいえる攻撃を重ね、俺たちの注意を左翼から逸らす。


 隙を見て、左翼に歩兵部隊が奇襲攻撃。

 俺たちが混乱している隙に、温存している2000名で総攻撃。


 例え勝利しても、叛乱軍はもはや壊滅寸前となるだろう。

 それでも、全力で俺たちを倒そうとしている。


 「将軍の予測通りなら左翼が危険です!早く戻りましょう!」

 「落ち着け。お前は予備軍の半数とここに残留しろ。俺は右翼の兵に【強化】を施し、残りの予備軍と一旦中央に戻る」

 「はっ…」

 「右翼が敵の波状攻撃を受けることに変わりはない。頼んだぞ」

 「将軍の御命令とあらば!」

 

 この戦争もおそらく終わりが近い。

 

 問題は、どちらが草原に倒れ屍を晒すか。

 


========== 



 「カクレンさま。もう少しでギンシさまの部隊が左翼に攻撃を仕掛けるはずです!」

 「そうすれば我が軍の勝利だ!」

 

 戦場から遠く離れた草原地帯。

 俺は100名の同胞とともに留まり、戦況を見守っている。

 敵がAランク相当の使い手を揃えた軍勢である以上、これでも危険なレベルだ。

 全軍の指揮は、トゥブに任している。

 

 膨大な犠牲を出しながらも、作戦は想定通りの展開。

 伝令によると、敵は中央から予備軍を動かしたらしい。

 確実に注意を逸らしている。

 だが、ノインは死んだ。


 「この犠牲も、勝利を手にすることで報われる!!!」

 「カクレンさま万歳!!!」

 

 周囲の同胞ほど俺は明るい気持ちにはなれない。


 「せめて兵たちと共に戦いたかった…」

 「何か申されましたか?」

 「いや、なんでもない」


 離れた場所で安全を確保しながら戦況を見守る。

 俺が夢見た【叛逆者】の理想とは程遠い。

 それでも、続けなければならなかった。

 


========== 



 「トゥブ、俺を罰してくれ…」

 ノインとその仲間1000人を得て【征服門】に戻った俺を待っていたのは、数年間苦労を共にした騎兵隊の残骸だった。

 文字通りの、残骸。

 散らばった体、武器、鎧。


 「タンセキも、ナンロウも、この俺が死なせた…俺はなんという無能なんだ!何が【叛逆者】だ!!!」

 トゥブの前で、思わず取り乱してしまう。

 他の兵もいる前で座り込み、慟哭した。


 「カクレン、落ち着いてくれ!」

 「落ち着けるものか!いっそ俺を殺してー」

 「まだ君に付き従う者が大勢いる!!!」

 「…!」

 「それに、この奇襲を読めなかったのは僕の責任だ。君の責任じゃない…」

 「…」

 「傷つけるようなことを言ってすまない。でも、僕たちはもう戻れないんだ…」

 「…すまない、お前だけに重荷を負わせた」

 「気にするな。主な部族長を集めているから、軍議を開こう。ノイン」


 「分かっております」

 俺が引き抜いたばかりの戦士。

 すぐ後ろで推移を見守っていた人物は頷いた。

 

 「今のことは、誰にも話しません」



========== 



 「カクレンさま!お待ちしておりました!!!」

 「あの臆病者のウエンから1000名の援軍を得るとは流石です!!!」 

 「さすが【オークの誇り】を取り戻すお方!!!」


 軍議の場は、熱狂していた。

 度重なる敗北で落ち込んでいた時の援軍ゆえ、無理もない。

 皆俺を称え、指示を仰ごうとする。


 「申し訳ない、みんなには苦労をかけた」

 「何をおっしゃいます!!!叛逆はこれからですぞ!」

 「さよう!あの敵を打ち破る策をお授けください!」

 「…分かった」


 俺は、軍議までに必死に考えた策を話した。


 トゥブの歩兵500名を利用した奇襲攻撃。


 「だが、この作戦には大きな犠牲が出る。次の作戦を実行できないかもしれない」


 熱狂する場にあえて冷や水をかける言葉をかけた。

 

 もしこれで皆躊躇するなら、この叛乱は終わる。

 いや、その方がいいのかもしれない。

 その時は潔く自害する。


 「では私が右翼攻撃隊の先陣を切りましょう」

 

 重い空気を払ったのはノインだった。

 

 「しかしー」

 「分かっております。参加したばかりゆえ、まだ覚悟が出来ていない者がいるやもしれません。志願兵のみを集め、残りは最後の攻撃に温存していただければ幸いです」

 「ノイン…」


 新参の言葉が、他の面々を動かす。


 「やれやれ、新参の癖に言い寄るわ」

 「我々も負けられないのう」

 「ただ、短期決戦の望みも捨てきれませぬ。まずは中央を攻撃してみましょう」


 皆、【平和の敵】としてこの日まで冷遇を受けた身。

 それに耐え、俺の叛逆に賛同してくれた。


 「みんな…」

 「「「カクレンさま」」」


 全員が進み出る。


 「「「我らに死に場所をお与えください」」」

 

 もはや、最終的な勝利を得られないことは皆分かっていた。


 「…分かった。戦おう、最期まで」


 だから、俺も覚悟を決めた。



========== 



 ここは、地獄か?


 内心そうであることを期待しつつ、おいらは目を覚ました。

 でも、そうじゃなかった。

 見慣れた草原地帯。

 【征服門】からは遠く離れているらしい。


 「吹き飛ばされたのだとしたら、運が良いのか悪いのか…いででででで!」


 よく見ると、右腕の肘から先がない。

 命をながらえた駄賃ということだろうか。

 炎魔法で焼かれたのか、傷口は焦げて血が止まっている。

 全身、煤だらけだった。


 「…行くか」

 いずれにせよ、やることは変わらない。


 「待っていてくだせえ、カクレンさま」

 

 どうせ死ぬなら、敬愛する人物のそばで死にたい。

 

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