第132話 戦争の本質
時間を稼ぐんだ。
【ドミー軍】の陣営に接近しながら、僕は決意を固めた。
大軍である以上仕方ないが、敵より再編が遅れている。
向こうは完全に陣を整えているのに対し、こちらは今しばらくかかりそうだ。
交渉そのものが、カクレン率いる叛乱軍に有利に働くとは全く思えない。
敵も今さら引けないし、参集した諸部族も納得しないだろう。
とにかく、再編完了までの僅かな時間を稼げればいい。
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「…討つこともできますが」
「メリットがない。あれは叛乱軍の幹部だろう。無闇に討てば、怒り狂った敵が襲いかかってくるぞ」
「はっ。しかし、敵の目的はなんでしょうか」
「アマーリエ、お前なら察しがついてるだろ?」
「時間稼ぎでしょうな」
「ご名答」
ちょうど先制攻撃を仕掛けようと考えていたところだ。
トゥブという人物は、それにいち早く気づいたのだろう。
流石カクレンの副官を名乗るだけのことはある。
「形式だけとはいえ、交渉となれば俺が出るしかないだろう」
「充分に時をお稼ぎください」
「ああ。敵さんは俺たちも時間を稼ぎたいことに気付いてないはずだ」
今頃こちらに向かっているはずの女性2人を思い浮かべる。
「…」
後ろを振り返ってみようかと思ったが、やめた。
近づいてきたらすぐに分かる。
それほどの交わりを結んできた仲だ。
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トゥブと名乗るオークと俺は、互いギリギリまで接近した。
互いに数人の供回りを連れている。
両軍が固唾を飲んで見守っているのだろう。
いくつもの視線を感じた。
「単刀直入に言う。僕たちに降伏しろ!」
最初に口を開いたのはトゥブだった。
「奇襲で優位に立ったつもりだろうが、この通り叛乱軍は再編を完了した。我が主カクレンも、後方のウエン公から数千の援軍を借り戻ってきている。皆殺しにされる前に降伏すべきだ」
はったりである。
ウエン公から離反した軍は1000人程度しかいなかった。
だが、それを言うとゼルマのスキルの存在が露見するため、言わないことにする。
「何を言うかと思えばそんなことか」
代わりに、こちらもはったりを返す。
「数千の援軍などものの数ではない。我らはムドーソ王国軍最精鋭の【ドミー軍】!100名足らずとはいえ、皆Aランク相当の使い手ぞろい。このまま衝突すればお前たちは確実に敗北する!それにー」
親指を後方に向け、胸を張った。
「現在、【イトスギの谷】を超えてさらなる援軍が進軍中だ!その数は800!到着すれば、この戦争は虐殺へと変わる。今のうちに降伏するのはそちらの方だ!」
…という願望である。
使いに出したレーナがどの地点にいるかは不明だ。
一度ぐらい、ゼルマに後方を確認させれば良かったかもしれない。
「その声、もしや男性か…?」
トゥブはようやく気づいたらしい。
「いかにも。1000年に1度生まれるとされる存在だ」
「ふん。まあどうでもいい。いずれにせよ、僕たちは今さら援軍なぞ恐れないぞ!」
トゥブも負けじと言い返す。
「この【ブルサの壁】を超えた時点で、同志6000人は覚悟を決めている。【オークの誇り】を取り戻すまでは戻らないと!」
腰の剣を抜き、狂気に満ちた叫び声を上げた。
「手始めにお前たちを全滅させた後、辺境地帯からムドーソ城に至るまで進軍を続けるのがカクレンの目的だ。ムドーソ王が自らの罪を認めない限り、街や人は全て焼かれるだろう!」
「この悪魔め!!!」
俺は半分本気の怒りを込めて言った。
こいつは、俺が平穏を取り戻した辺境地域を滅ぼそうとしているのだ。
それだけは、許すわけにはいかない。
「これだけは言っておく。お前たちがムドーソに恨みを抱く感情は分かる。だとしても!直接関係ない人や街を焼くのは弁解の余地がない悪だ!」
「悪だと?」
「ああ。中にはオークに対して同情的なものがいるかもしれない。まだ歩き始めたばかりの赤子がいるかもしれない。そのような非戦闘員や弱者をも巻き込むお前たちに、どんな正義がある!」
「…ははははは!ドミーとか言ったな。多少軍才はあっても、戦争の本質を知らないようだ」
「何?」
俺の予想に反し、トゥブは怯まなかった。
「はっきり言ってやろう。非戦闘員や弱者を巻き込まない戦争なぞ存在しない!」
「開き直ると言うのか!」
「開き直りじゃない!現に、お前は僕たちの同胞である騎兵隊1000騎を殺害した!」
トゥブは顔を怒りに染める。
「つまり、その者の関係者数千人を不幸のどん底に叩き落としている。愛する者を失い、絶望して自殺する同胞もいるだろう。お前だけが正義のように振る舞う資格などないはずだ!」
「…!」
「例えここに戦士しかいなくても、誰かが傷つき命を落とすたびに、非戦闘員や弱者の人生さえも破壊される。それが戦争というものだ」
「トゥブ…」
「戦争の善悪にこだわるなら、それこそ降伏すればいい…同じ舞台に立っている以上、僕ら叛乱軍だけが悪だと思うつもりはない」
トゥブ本人も苦悩している。
そう感じた俺は、新たに口を挟めなかった。
「僕は非戦闘員や弱者を手にかけるときは、自分が率先して行うつもりだ。それが、叛乱を主導した人間の1人としての責務だと思っている…」
そこまで言うと、トゥブは押し黙る。
一応、交渉は決裂したと言う形となった。
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「…分かった。もはや妥協点も見出し得ないだろう」
俺は時間を稼ぎ終わったと感じた。
トゥブもそう感じただろう。
胸には、苦いものだけが残った。
「だが!これだけは言っておく!オークの兵士たちも全員聞け!!!」
だから、1つだけ罠を仕掛けてとっとと始めよう。
「【ドミー城】で歩兵を破るだけでなく、騎兵隊まで破ったのは全て俺の策だ!【ドミー軍】は全て俺1人の才覚によって成り立っている!だからー」
これみよがしに両腕を突き出し、挑発した。
「殺すなら俺を殺せ!!!この街道で待っているぞ!!!」
「あいつが…!」
「許せねえ!!!」
「血祭りにあげて、騎兵隊の恨みを晴らしてくれる!」
こうすれば、俺は【ドミー軍】の中で真っ先に死ねるだろう。
もちろんそれだけではないが、覚悟を示した。
そして、街道の陣地へと戻った。
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そして、数分間の静寂が流れる。
どちらの軍勢も、息を潜め動こうとしない。
最後の決戦が行われぬまま、このまま永遠の時が過ぎるかに思われた。
だが、それも束の間のこと。
静寂を破ったのは、【ブルサの壁】に登った弓兵から放たれた大量の矢。
放物線を描いて、【ドミー軍】の陣営に迫る。
「「「うぉおおおおおお!!!」」」
同時に、オーク歩兵も突撃を開始した。
6000の兵を3つに分割した内の1つ、約2000が街道を突き破らんと迫る。
「「「【オークの誇り】を取り戻すために!!!」」」
怒り、憎しみ、恐怖、嘆き。
数秒後に命が終わると分かっていても、誰も突撃をやめようとしない。
「迎え撃て!!!」
俺も【ドミー軍】に命令を出す。
アマーリエの【ウォール・アドバンス】が展開され、降り注ぐ矢を防いだ。
【魔法スキル】使いはスキルを発動し、オークたちをなぎ倒さんとする。
「「「全てはドミー将軍の勝利のために!!!」」」
こうして、人間対オークの最終決戦が始まった。
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