第130話 小心者をざまぁし1000人を得る(後編)

 「尋ねたいことか」

 「さよう!」


 ノインは堂々と答えた。

 傍にいるウエン公を気にする様子もない。

 この男が代表ということは、1000人いるという部族も同じく反抗的なはず。

 ここに来ていると言うことは恐らく、ほとんどが戦士。


 返答によっては、加勢を期待できる。

 

 「ワシの許可なくそんなー」

 「ウエン公は黙っていただきたい!」

 「ノ、ノイン…」


 ノインはウエン公の干渉もはねのけてみせた。

 次は俺の番だろう。


 「分かった。なんでも聞いてくれ」

 「…感謝する」


 だが、ノインの態度に俺は嫌な予感がしていた。

 好意的な人間による質問、という体ではない。

 むしろ俺に対して何かを咎めるような、そんな態度だ。

 

 「ではお尋ねする」


 「アルハンガイ草原で敵を破った時、葬った敵の指揮官を丁重に葬ったというのは本当か!?」


 予想通り、ノインは俺に冷たい刃を向けた。

 第二次アルハンガイ草原の戦いで捕虜とし、俺自ら首を取ったラーエルのことだ。

 彼女を、俺は遺体だけでもと葬ったが、兵の中には不満を抱く者がいたのも事実。


 【オークの誇り】を取り戻さんとする者が、同胞を残虐に抹殺した敵に情けをかけるとは何事か。


 そのような不満を解消する目的もあり、【征服門】では捕虜16人を処断した。

 それで兵たちの信頼は戻り、以後表立って不満を口にするものはいなかった。


 それが、今となって仇となるか。


 「その事実を聞いて、我らはそなたに同調するのをためらったのだ。土壇場で復讐をためらう者では困るからな」

 「…」

 「何故そのような行動を取ったか、お聞かせ願おう!」


 少し、悩んだ。

 【叛逆者】として取り繕った言い方をするのか、自分の思いの丈を語るか。


 ー何故見逃す?

 ー大した理由ではない。私もー、

 

 「…正直にお答えしよう」

 結局、後者を選んだ。


 「ラーエルには借りがあったからだ」



==========



 「借り、だと…?」

 ノインは不審な表情を浮かべた。


 「一度命を助けられた。俺がまだ少年の頃にな」

 「だから手心を加えたというのか!」

 「心外だな。戦場で手心を加えたことは一度もない。全力を尽くして俺はラーエルを倒した。それゆえ、恩を返し損ねた。だから丁重に葬っただけのこと」

 「それはー」

 「【オークの誇り】ではないというか。ならばー」


 俺は自らの生い立ちを語る。

 おそらく、ノインも知っていることだ。


 「というのか。俺の母を殺したムドーソ国王、エルネスタのように」

 「…!」

 「はっきり言おう」


 ここには、わずかな供回りしかいない。

 だから、自分の言いたいことをはっきりと伝えられる。


 「そんなものは【オークの誇り】ではない!!!」


 ーカクレン!馬には乗るなと何度も言ってるだろ!

 ーははははは!【叛逆者】の血はお前のものか!

 ーカクレン、あなたは生きるのよ…

 ー80年前散った戦士たちも、君のような面構えだったのかな。

 ー2度目はないぞ歳若きオークよ、次はどちらかが死ぬ。

 ー死なないで。


 これまでの人生の全てが、俺の胸に去来する。

 だが、ここで語る必要のないものだ。

 今の俺は【叛逆者】なのだから。



==========



 「カクレン殿…」

 表情を変えたノインに、語り続ける。


 「【オークの誇り】とはすなわち戦士の誇りだ。一度刃を交えた仇敵も、倒された後に遺恨は残さない。礼を持って葬り、その勇猛さを称える。そうではなかったか?」

 「…」

 「死したる者も辱めるなら、俺たちはどうしてムドーソの人間どもを非難できよう。だから、俺はそんなことはしない」

 「貴殿の気持ちは…よく分かった。だが今後はどうするのだ?」

 「決まっている」


 俺は両腕を広げた。


 「生きている限り【叛逆】を続ける、それだけだ。ムドーソの人間も、生きている限りは容赦はしない。可能な限り前進し続け、【オークの誇り】を示す」

 「本気、なのだな」

 「ああ。だから貴殿らにお願いしたいことがある」

 

 「我らを、見守ってほしい」

 


==========



 できれば参加して欲しかった。

 だが、愛する友人や家族がいる者にそれを強制することはできない。

 

 だからこそー、


 「我らがどのように戦い、どのような結末を迎えるのか、それを見守ってほしい」

 「見守る…」

 「ああ。ラグタイトという武器と、【守護の部屋】の沈黙を絶好の機会と見て決起した我らの見識が正しかったのか。それとー」


 「戦いの記憶を忘れ、平和の中に埋没しようとする流れに逆らい、あえて最後の戦いを挑む我々の大義は正しいのか。それを見届けてくれ」


 おそらく、俺が生きてるうちにそれは確定しない。

 だからこそ、歴史の証人がいる。

 

 もう言い残すことはない。


 【アハルテケ】にまたがり、仲間の待つ【征服門】へ帰ろうとする。


 その時、それは起きた。



==========



 「もっといい方法があるぞ、カクレン殿!」


 ノインの声だ。

 槍を小脇に抱え、こちらに向かってくる。


 「貴殿の下で戦い、その結末を見届けることだ」

 「ノイン殿、しかしー」

 「案じなさるな。皆臆病なウエンには飽き飽きしていたのだ」

 

 「カクレン殿に続けえええ!!!」

 「【オークの誇り】は今こそ取り戻される!!!」

 「ともにムドーソへと向かおう!!!」


 ノインの背後で数百の兵が歩き出し、俺のもとにやってきている。


 「このウエンに逆らうのかー」 

 「うるさいこの臆病者!」

 「ひいっ!!!」


 静止しようとしたウエンは弾き飛ばされ、草原を転がっていった。

 おそらく、クルテュ族の戦士1000人が全員馳せ参じる。


 「先程は失礼したカクレン殿。貴殿の誇りを疑うようやことを言って…」

 「いいのだノイン。これから共に戦おう」

 「ぜひ!」

 

 想定とは違う形だが、同志を得ることができた。

 トゥブも喜んでくれるだろう。

 急ぎ【征服門】にー、




 その時【ブルサの壁】が大爆発を起こした。

 薄い城壁が木っ端微塵となり、炎や雷が草原を駆け巡るのが見える。


 人間の女性が使える、スキルに相違なかった。



==========



 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 かくして、【カクレンの乱】の叛乱軍は7000名に達した。

 だが、この時点で1000名以上の損失を出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る