第126話 流転する戦局

 「ドミー将軍、ばんざい!!!」

 「【ブルサの壁】を侵したオークどもよ見たか!!!」

 「降伏するなら今だぞ!!!」

 

 半壊した【征服門】前。

 騎兵隊を撃破した【ドミー軍】の士気は最高潮に達していたが、俺は部下と喜びを共有できているとは言い難い。


 とどめを刺す刃を欠いている…


 ライナとミズアの不在だ。

 来ること自体は微塵も疑っていないが、問題はいつ来るか。

 事前の作戦とは違う展開となった以上、今後の行動は慎重に考える必要がある。


 事前の作戦はこうだ。


 1.【奇跡の森】を利用して敵に接近

 2.【エリュマントス】の防壁で【征服門】を守護する騎兵隊を撃破

 3.ライナとミズアが【征服門】にいる叛乱軍首魁を暗殺

 4.精鋭部隊と首魁を失い統率を失った敵主力を撃破


 1と2についてはすでに達成している。

 予想より順調にいったため、攻城兵器を破壊するという追加の戦果も得た。


 しかしこれだけでは勝利を得られない。

 

 数千の敵主力はまだ健在、首魁も生き残っている。

 局地的勝利を得たに過ぎない。


 ライナとミズアの離脱と敵首魁の移動により、戦略的勝利からはやや遠ざかった。 

 

 これらを踏まえ今後取れる道は2つ。


 「ゼルマ、敵の首魁は今どこにいる?」

 【ドミー軍】陣形の中央で額縁を眺めている人物に話しかけた。

 先ほどから一切戦闘に参加していないが、もたらす情報の重要さを考えれば安いものだ。

 「…ウエン公の陣にいるわ。何か話してみるたい」

 「ウエン公の陣は、ここからどれぐらいだ?」

 「【ドミー軍】の陣形を保ちながらだと30分」


 道の1つ目は、【ドミー軍】で【ブルサの壁】を超え草原地帯へと進軍し、敵首魁を殺害すること。

 だが、いまだ【ブルサの壁】周辺にいる敵主力を放置する形となる。

 背後から襲われでもしたら厄介だ。


 「アマーリエ、敵主力の気配は?」

 「こちらに向かってくる気配はまだありませぬが、ゼルマの監視がない以上詳細はいまだ不明です」

 

 道の2つ目は、【ドミー軍】で敵主力の撃破に全力を注ぐこと。

 ライナとミズアが戻ってくることを信じるなら、そちらの方が良い。

 だが、敵首魁には逃げられる可能性がある。


 どうする。


 だが、ゆっくり考える時間を俺は与えられなかった。


 「将軍!右側から敵100名ほどがこちらに突撃してきます!」

 「騎兵か?」

 「いえ、歩兵です」


 俺たちは、【ブルサの壁】のほぼ中央に位置する【征服門】近辺にいる。

 周辺の敵を一掃したため、【ブルサの壁】周辺に駐屯する叛乱軍は、【征服門】を境に分断された格好だ。

 だが、逆に言えば俺たちが左右から挟撃される危険性がある。


 その危険がさっそくやってきた。



=========



 「敵と相対しろ!!!」


 【ドミー軍】の陣形。

 前列に【近接系】スキル使い、後列に【魔法系】スキルを配置したシンプルなものを動かす。


 「カクレンさまばんざい!!!」

 「【オークの誇り】を取り戻すために!!!」


 敵はすでに声が聞こえるところまで迫っていた。

 武器や服装はバラバラで統率が取れているとは言えない。

 それでも、向かってくる。

 

 カクレン、か。


 敵の首魁の名前を初めて知った。

 だが、それに対して感想を述べる時間はない。


 「ラグタイトを装備しない敵に強力な一撃は必要ない!」

 俺は【魔法系】スキル使いに命じる。

 先ほどの攻撃はいささか強力過ぎて、味方を巻き込むところだった。


 「Cランク級の魔法攻撃を百発、いや、千発叩き込め!」

 「「「はっ!!!」」」


 【魔法系】スキル使いが、色とりどりのCランク級魔法を大量に用意する。

 オーク100名を葬ってもなお足りないだろう。

 力をただ振るうのではなく、使い方を工夫して確実な勝利を得る。

 それが、俺がライナから学んだやり方だった。


 「一瞬で終わらせろ!!!」

 

 勇敢な戦士たちに憐憫の情を覚えながら、攻撃を命じた。




 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 この時の【魔法系スキル】使いの攻撃は、後世のオークたちによって【暴虐の嵐】と名付けられた。


 接近戦によって一矢報いんとしたオークは、絶望を感じる暇もなく一瞬で死亡する。


 このように、数で圧倒しているとは言え、【ドミー軍】と叛乱軍には絶望的な戦力差が存在していた。



=========



 もうもうと立ち込める煙の中にオークの死体だけが残った。

 

 それを眺めながら、俺は密かに思う。


 降伏してくれないだろうか。


 敵を殲滅するという目標を掲げた以上、向かってくる間は全力を尽くさなければならない。

 逃亡しても、なるべく追撃する。


 だが、完全に戦闘の意思をなくし降伏するなら話は別だ。

 いくら【ドミー軍】でも、たった80人程度では皆殺しは難しい。


 カクレンなる者が抗戦を断念し、降伏してくれればー、


 「将軍!」

 俺の思考はアマーリエに遮られる。


 「敵主力が動き出したようです」

 「…ああ」


 戦場に新たな声が響いていた。

 声量は先ほどの100人の比ではない。


 数千人が絶叫し、熱狂し、敵を殺さんと欲する声。


 それは徐々に大きさを増し、【ドミー軍】の方向へと近づいてくる。


 「降伏する気は、ないようだな」




 戦争はまだ終わっていなかった。

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