第127話 腹心の詐謀、少年の一心

レムーハ記 戦争伝より抜粋


 【ドミー軍】による中央突破を許し、叛乱軍は【征服門】を境に分断された。

 だが、分断された2つの叛乱軍にはそれぞれがおり、混乱からいち早く立ち直る。

 それが残酷な運命をもたらすとしても、彼らは抵抗を辞めなかった。



=========



 「【征服門】に向かうんだ!攻撃されている同胞を救い出そう!!!」

 「皆の者!我は【最初の4人】のギンシである!トゥブさまの元へ集え!!!」


 【征服門】から見て東側のエリア。

 僕はギンシと一緒に、乱れた諸部族の収拾にあたっていた。


 「トゥブさま!カクレンさまはいずこに!!!」

 「騎兵隊はやられてしまったのでは?」

 「敵はAランクスキル使い数十名と聞きました!勝ち目はありませんぞ!!!」


 「今は味方が防戦中だ!とにかく僕のもとに集え!!!」


 味方を叱咤するも、状況はよろしくない。

 

 【征服門】で轟音と爆炎が響いた後、迎撃するはずの騎兵隊の気配が感じられないのだ。

 おそらく、何らかの形で敗北している。


 ウエン公の陣に向かったカクレンは恐らく無事だが、そのせいで連絡が取れない。


 味方の結集も遅く、いまだ困惑して右往左往している者も多数だ。


 まさか、騎兵隊を堂々と潰しに来るなんて!


 再び裏をかかれた形の僕は、唇を強く噛んで悔しがることしかできなかった。

 【ドミー城】の失態を不問にしてくれたカクレンに申し訳が立たない。

 この命をもってしても償えるものではー、


 「トゥブさま!」

 冷静さを欠いていた僕を、ギンシがたしなめる。


 「まだ敗北したと決まったわけではありません!!!」

 「…すまない、僕としたことが。だが敵の規模が分からないとー」

 「恐らく少数でしょう。でなければ、今頃浮足立った我々を襲撃しているはず。【征服門】周辺にのみ展開しているものと思われます」

 「まさか、【イトスギの谷】に籠る100余名が…?」

 「可能性は、高いかと」

 「…」


 この僕に、ドミーなる人間の10分の1でも軍才があれば…


 僕たちの叛乱がどのように終わるとしても、【イトスギの谷】の司令官の作戦は歴史に残るだろう。

 よもや襲撃はあるまいと思われた時間、オーク軍6000名がいよいよ攻撃に移ろうとする寸前を敵は狙ったのだ。

 しかも、騎兵隊を撃破する策も用意して。


 「ギンシ」

 「はっ」

 「策を使う。協力しろ」

 「トゥブさまのためなら」


 だからといって、むざむざ史書に敗者として記録されたくはなかった。

 一度叛逆を始めた以上、最期まで引くつもりはない。


 僕自身ではなく、カクレンのため。

 

 

=========



 「みんな!聞いてくれ!」


 僕はいまだ乱れている諸部族の皆に呼びかけた。


 「カクレンは無事だ!なぜならー」

 

 「ウエン公から援軍を借り受け、こちらに向かっている!その数5000人!じきにたどり着き、ムドーソの弱兵を皆殺しにするだろう!!!」


 ギンシもそれに同調した。

 「【オークの誇り】を取り戻すのはいまだ!今こそ【征服門】に戻ってくるカクレンさまを出迎え、歴史を動かそう!!!」


 「本当なのですか!?」

 「さすがはカクレンさま!」

 「みんな!いつまでも怯えてはいられないぞ!トゥブさまの元に集え!」


 ようやく、諸部族は落ち着きを取り戻す。

 それぞれ武器を持ち、僕とギンシの周囲に集まってきた。




 もちろん嘘である。

 カクレンはウエン公に援軍を求めに行ったのではない。

 出撃の直前、背後を襲われないよう状況を確認しにいっただけだ。

 

 ー可能であればなんらかの助力を得る。


 カクレンはそう言っていたが、いくら彼でも頑迷なウエン公は動かせないだろう。


 「敵の実力は【イトスギの谷】まで到達したこの僕が良く知っている!もはや敵に策はない!援軍と力を合わせて打ち破ろう!!!」

 

 「「「トゥブさまがそうおっしゃなるなら!!!」」」


 もし戦後虚偽で責任を追及されるなら、喜んで罰を受けよう。

 叛逆が成功するなら、処刑されても悔いはない。


 東側は、なんとか掌握できた。

 だが、西側は恐らくだめだろう…


=========



 【征服門】の西側で就寝していた時、突然の爆音で目が覚めた。

 起きてみると【征服門】周辺が吹き飛んでいる。

 皆は突然怯え、逃げ出そうとした。

 だから、自分がやるしかないと直感した。




 「みんな聞いてください!」

 混乱しているみんなに呼びかける。


 「自分はトイラオ部族のエセン!15歳と若輩ですが、カクレンさまの志に賛同して立ち上がりました!」

 少年であることは、あえて明かした。

 みんなが振り向いてくれると思ったから。


 「逃げるのをやめて、敵に立ち向かいましょう!【オークの誇り】を取り戻すのは今です!!!」


 目印とするため即席で作った旗を振りながら、あらん限りの声で叫ぶ。

 材料は木の棒と、カクレンさまが【エリュマントス】を仕留める際使った赤いマントだ。

 母が出陣前夜に授けてくれた、手作りの品。


 ー母上、それでは行ってまいります。

 ーええ…あなたの兄を含む部族の男たちは皆死を恐れ、カクレンさまの要請を拒否しました。部族の名誉をあなたに託します。

 ーこのマントは…?

 ーあなたが出陣すると聞いて作りました。ムドーソは寒冷な場所も多いと聞きます。これで体を温めなさい。

 ーありがとうございます!必ずや武功をあげ、トイラオ部族の名誉を守ります。

 -エセン。

 -はい?

 -気を付けて、いってくるのですよ…

 

 「あんな子供が…?」

 「そうだ!俺たちが逃げまどっていたら、カクレンさまに申し訳が立たねえ!」

 「【オークの誇り】を忘れるな!我らマンナイ部族100人は先行して【征服門】へと向かう!」


 効果は想像以上だった。

 子供でしかない自分が振る旗の下に、皆が集まってくれる。

 全て母上のおかげだ。


 「さあ、みなさん行きましょう!カクレンさまも待っているはずです!」


 すみません、母上。

 おそらく、自分は生きては帰れないでしょう。




 15歳と34日。


 実り多い一生を授けてくれて、ありがとうございました。




 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 【ブルサ回廊の戦い】に参加した叛乱軍の大半は、史書に名前さえ残らなかった無名戦士である。

 名前が記されるのは、首魁のカクレンや幹部のトゥブを初めとする数名のみ。

 だが、幹部でもない一戦士の身分で、唯一名を残した人物がいた。


 卓越した勇気で【征服門】西側の崩壊を防いだ、トイラオ部族のエセンである。

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