第123話 権威の凋落

 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 多数のAランクスキル使いによる攻撃は、【ブルサの壁】に深刻な破壊をもたらした。

 爆炎は天高く舞い上がり、轟音が戦場から遠く離れた場所まで響く。

 それは、とある場所からでも観測できた。



==========



 「な、なんや!?」

 「ぶるさのかべのあたりね」


 ムドーソ王国の最終防衛ライン、【ドミー城】。


 夜を徹して辿りついたうちと【道化】が一息つく間もなく、異音が聞こえた。

 

 猛烈な破壊音。

 何か巨大なものが木っ端微塵になる音だ。


 「れーな!」

 「は、はい!」


 【ドミー城】の見張り櫓に登って状況を確認する。

 ドミー将軍が【ドミー軍】と向かった地域、【ブルサの壁】の方面から、煙が立ち込めていた。

 おぼろげだが、悲鳴のようなものも聞こえる。


 「どうおもう?」

 「おそらく、オークたちと戦端を開いたと思います」

 「れーなはどみーがこうするとしってた?」

 「いえ、うちは援軍要請の命令しか聞いてません」

 「そっか…」

 「ただー」


 もう使番だけやなくて交渉役やな…


 方言がバレるのが嫌で、人と話すのは得意じゃない。

 それでも、ドミー将軍が戦後責任を問われないよう、必死で弁護する。


 「うちが出発してからすでに数日。戦場は目まぐるしく変化するものです。やむを得ない事情があったと思います。【ドミー城】でも戦闘があったようですし」


 うちらがここに着くまでの事情は、【ドミー城】の留守を預かっていた職能集団【ダイダロスの手足】を中心とする非戦闘員200名に聞いている。


 「それに、万が一ドミー将軍が敗れても、ここ【ドミー城】が残っています。将軍はそのような点もきちんと計算されているのです」

 「そうかもしれないね。ただ、もんだいはあたしたちがどうするか…」

 「【道化】さま!」

 

 その時、見張り櫓の下から呼ぶ声がした。

 やや古ぼけてはいるが、戦闘用の鎧と槍を装備した壮年の女性。


 「ムドーソ各地から【ドミー城】に参集した【義勇軍】を代表するレギーナと申す者!」


 ムドーソ城に行く途中で出会った、国境地帯に自ら向かった武装市民たち。

 うちが【ドミー城】に着く頃には800人ほどの軍集団となり、【義勇軍】を名乗っていた。


 その代表は、槍を振りかざして叫んだ。




 「出撃の許可をいただきたい!!!」

 


==========



 【ドミー城】から少し離れた地点で、【義勇軍】800名と【道化】は会談した。

 【道化】が王の代理人としての役割を務めることは皆知っている。

 【義勇軍】はすでに【ブルサの壁】方面に進出しており、今にも出撃する構えだ。

 【ドミー軍】の代理でしかないうちが口を差し挟める場面ではないので、【道化】の後ろで推移を見守る。


 「だめだよ、あぶなすぎる」

 「このまま見過ごせと申すのですか!」

 「おーくはいちまんにんちかくはあつめているはずだよ」

 「ドミー将軍という者が80名余りで戦端を開いたと聞きました!我々もー」

 「どみーはむどーそのしょうぐんじゃない!」

 

 【道化】は珍しく気色ばんだ。


 やっぱり、越権行為はまずいよね…


 「ぜんぶあのあのおとこがかってにやってる。あなたたちはおうこくからのしじをー」

 「ではお聞きしましょう!」


 レギーナも引かなかった。


 「鎮圧軍はいつ来るのですか?【守護の部屋】かAランクスキル使い複数人がいなければ、到底鎮圧は不可能でしょう」

 「それは、いまちょうせいをー」

 「それでは間に合わない!」

 「…」

 「感情的になりました、申し訳ありません」


 レギーナは一度謝罪し、言葉を続ける。


 「我らはみんな辺境地帯周辺に住む住人です。農場や鉱山といった資産も保有している。王や貴族のように、安全なムドーソ城で過ごせれば良いというわけではありません」


 「そうだそうだ!」

 「軍を粛清してからろくなことがない!」 

 「敵から守ってくれない王や貴族どもに税金を支払う余裕はねえぞ!」


 【義勇軍】は明らかに不敬と言える言葉でそれに同調する。

 ドミー将軍が危惧した通り、みんな不満を覚えていたんだ。


 「どうしても、いくというんだね」

 「はい。ドミー将軍に加勢し、民が安心できる生活を取り戻すまで帰ってきません」

 「…わかった。れーな」

 「はい」

 「ぶるさのかべにいって、どみーぐんにいまのじょうきょうをつたえて。あぶなかったらにげてもいいから」

 「…分かりました」

 「れじーなさん、ぎゆうぐんをおねがいね」

 「はっ!!!いくぞお前ら!」

 

 「「「おう!!!」」」


 【道化】は、困ったような表情を浮かべていた。

 でも、それ以上は何も言わなかった。



==========


 

 「…」

 大挙して出撃していく【義勇軍】と先行して出発するレーナを見送りながら、【道化】は人知れずため息をつく。



 「むどーそのけんいは、ちにおちた」

 「ここじゃあれもつかえないし」

 

 そして、愛する友人の名を口にした。


 「ごめんね、えんだ…」

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