第122話 無双

 「怯むな!!!隊列を立て直して後退するんだあああ!!!」


 刹那のうちに攻守が逆転した戦場。


 突如現れた【エリュマントス】の像により動きを止めた騎兵を、おいらはなんとか立て直そうとしていた。

   

 タンセキ隊長は…おそらくもう死んでいる。

 先頭を走っていた騎兵たちは、像と後続の騎兵に挟まれて姿が見えなくなった。

 どうなったかなんて、想像もしたくねえ。


 体勢を崩して落馬した者や馬がいうことを聞かなくなった者を含めると、300騎は戦闘不能になってる。

 草原は、たちまち救助を求める仲間の声で一杯になった。


 「誰か手を貸してくれええええ!!!」

 「骨が、骨が折れちまった…」

 「馬に潰される!引っ張り出してくれ!」


 こうなると、重騎兵は脆い。

 もともと馬の限界ギリギリまでラグタイトを貼りつけている。

 一度崩れれば、オークといえども立ち上がるのが困難だ。

 だからといって、無事な者が手を貸すことも勇気がいる。

 馬から降りれば、自分の身も危ない。

 

 まさか、突撃すらさせてもらえねえとはな…!!!


 もっと強く止めていれば、なんて後悔をしている暇はない。

 間違いなく敵は名将だ。

 これで終わらせるとは思えねえ。


 なんとか残りの700騎だけでもー


 「【ブレイズ】!!!」

 「【ブラスト】!!!」

 「【デリュージュ!!!」


 でも遅かった。

 【魔法系】スキルの使い手が一斉に攻撃を開始する。


 Bランク相当ならラグタイトで致命傷を…


と思えた時間はほんの数秒だった。

 攻城兵器を破壊した時とは違う、明らかに桁外れの大きさと広さ。

 狭い草原で苦戦するオーク騎兵1000騎を飲み込むように奔流が迫る。

 【イトスギの谷】で報告されていた威力なんて嘘っぱちだ。


 まさか、隠していたのか。


 死を目前に感じながら、おいらは悟った。


 約1週間前に戦争が開始してからこの瞬間まで、配下の実力を。

 この瞬間まで。


 そして、何も見えなくなった。



 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 敵将タンセキの遺体は、戦争終結後も発見されなかった。

 周囲で目撃したものも皆無。

 だが、生存したオークの中で、彼の死亡を疑うものは一人もいなかったと言われている。

 どのような最期であれ、最後まで騎兵隊のために全力を尽くしたはずだと。


 

==========



 威力だけならライナの【フレイム】と同等の【魔法系】スキル。

 それを放った者は、計37名いた。

 

 「アマーリエ!!!」

 「心得た!!!【ドミー軍】は伏せろ!!!」

 

 そのため、こちらもただでは済まない。

 アマーリエのスキル【ウォール・アドバンス】を展開し、【ドミー軍】の身を守らせる。


 「ドミー将軍!!!」

 「お前も伏せろ!!!」


 制止するアマーリエを無視し、俺自身は伏せない。

 盾に身を隠しながらも、眼前の光景を見ることにする。

 それが、数年来の訓練や努力を一瞬で無に帰されたオーク騎兵たちへの弔いだった。

  

 火、水、雷、土。


 もはや自然災害と呼ぶべき色とりどりの奔流は、オーク騎兵の半数以上を瞬時に飲み込んでいく。

 飲み込まれたオークは誰も一言も発さず、蒸発していった。

 その後も奔流は勢いを止めず、騎兵隊の背後に位置する【ブルサの壁】に迫る。


 そしてー、




 大爆発を起こした。

 さほど頑丈に作られていないとはいえ、石で作られた要塞である。

 奔流はそれを易々と突き破り、草原地帯まで広がりを見せる。

 こちらにも破片の一片が飛んできたが、盾に隠れてようやく防いだ。


 そして、ようやく霧散する。

 火や雷で草原に火の手が上がるが、同時に降り注いだ水と土で鎮火された。


 残ったのは、半壊した【ブルサの壁】。

 【征服門】のみ辛うじて原型を留めているが、中に滞在していた親衛隊も全滅だろう。


 しかし、戦争は始まったばかりである。


 「き、貴様ら…」

 「悪魔め…」

 

 辛うじて奔流から逃れ、こちらに立ち向かおうとする残党が数十名いた。

 【ドミー軍】全員がライナに匹敵する使い手なら1人も残らなかったろうが、仕方ない。 

 

 「2人1組で残兵を討ちとれ!」


 盾の影から素早く飛び出した【近接系】スキルの使い手たちに対応させる。


 「【パワーフォース】!!!」

 「【ショック】!!!」 

 「ぎゃあああああ!」


 ラグタイトを纏っていても、【強化】された【ドミー軍】にとっては大した防御にならない。

 むしろ、オークにとって行動の自由を奪う足かせだ。

 易々と鎧ごと両断していく。


 「首を取る必要はない!いくら敵を討ち取っても評価しないぞ!生存こそ、俺の評価の対象となる!!!」


 「「「はっ!!!」」」


 残兵を掃討するのに、そこまで時間はかからない。




 こうして、叛乱の主力であった騎兵隊は、地上から姿を消した。

 


==========



 一度落ち着いてから、行動を再開。


 「攻城兵器も破壊しておけ」

 【魔法系】スキル使いに命じる。


 ここから離れた場所にある兵器も、【強化】を施した【ドミー軍】なら問題ない。


 数分のうちに、オークたちが苦心して作り上げた兵器はほとんど燃え尽きた。


 騎兵の壊滅と攻城兵器の破壊。


 この戦争でオーク側が勝利する可能性を摘み取る。

 一度始めたからには、容赦なくことを運ばなければならないのだ。


 「よし!手筈通りだ!!!俺のいうことを復唱しろ!」

 【ドミー軍】を整列させてから、情報工作も実行する。

 多くを伝える必要はない。




 「我らムドーソ王国軍最精鋭部隊【ドミー軍】!王国に逆らう叛逆者を、Aランクスキル総勢80名で討伐に参った!」

 

 「「「我らムドーソ王国軍最精鋭部隊【ドミー軍】!王国に逆らう叛逆者を、Aランクスキル総勢80名で討伐に参った!」」」


 「降伏すれば命はとらぬ!あえて立ち向かうなら、この草原に数千の屍が横たわるだろう!!!」


 「「「降伏すれば命はとらぬ!あえて立ち向かうなら、この草原に数千の屍が横たわるだろう!!!」」」


 いまだ姿を見せぬが、この近辺にはまだオーク兵が数千人存在する。

 誰か1人の耳に入れば、それでいい。




 作戦の第2目標「敵騎兵部隊を速やかに撃破する」もこうして達成を見た。

 追加で攻城兵器も破壊され、もはや叛乱軍は半死の状態である。


 だがー、




 第3目標を達成するために不可欠な存在。

 ライナとミズアはいまだに姿を現さなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る