第120話 タンセキの突撃

 「敵は現れずか」

 「そのようですな、トゥブさま」


 【ブルサの壁】、しかし【征服門】からは距離のある地点。

 副官のギンシ含む兵50名と周囲を確認しつつ、僕は安堵する。

 懸念していた敵の奇襲はない。

 6000の兵を今日まで温存し、ようやく攻撃の時だ。

 


==========



 【征服門】の守護を騎兵1000人に任せ、僕が率いる歩兵500人弱は【ブルサの壁】周辺に駐屯する諸部族を警護していた。

 50名ずつの集団を編成し、巡回を朝まで続ける。

 僕たち歩兵に対する負担が大きいのは承知だが、総大将を守る文字通りの盾として、騎兵はカクレンのそばに置いた。


 ーラグタイトを装備した戦士が警護してるから、安心して英気を養ってくれ。


 僕は昨日、オーク諸部族の前でそう宣言している。

 スキルの存在を必要以上に恐れているオークが少なくないため、安心して睡眠してもらうにはそれしかなかった。


 「なんとかまとめ上げたとは言え、諸部族の連携は弱い。そこをついて奇襲してくると思ったけど、杞憂だったかな」

 「ドミーという指揮官は、策を好みますが堅実な人物と感じました。今頃、【イトスギの谷】の防備を固めているのでしょう」

 「ならいいんだけどね…こんなことなら、カクレンに祝いの言葉をかけてあげればよかった」

 「昨日で、21歳でしたか。今は日和見たちと最後の会見に向かっておりますので、戻り次第でも」

 「そうだね。盛大な祝宴は、叛逆が成功したらいくらでも機会がある」


 カクレンはウエン公と極秘の会談を行うため、密かにその陣営へと向かっている。

 今更日和見連中と会うことを快く思わないオークも多いと予想したため、幹部以外に公にはしなかった。


 「さあ、そろそろ皆を起こそう」

 警護を終えて帰還しようとしたときー、



 遠くで爆発音が響いた。

 しかも連続で。

 火の手があがるのも見える。

 

 方角からしてー、



 【征服門】の周辺。



==========



 ぶったまげた。


 そう言うしかねえ。


 【征服門】前で騎乗しながらの見張り。

 夜の間は緊張してたが、朝が近づくにつれて流石にないだろうと思ってた。

 …おいらだけじゃねえぞ、みんなそう思ってたはずだ。


 なのにー、


 薄い布を放り投げて、どこからともなく人間が姿を現した。

 総勢、100人程度。

 警戒に当たっていたオーク騎兵、300騎の鼻先に。


 「な!?」

 「朝もやの中から姿を表したぞ!」

 「タンセキ隊長に報告しろ!」


 皆が動揺しているうちにー、

 

 「攻撃開始!!!」

 

 やけに声の低い女性の号令が響く。

 ムドーソ王国側の指揮官だろう。

 名前は、確かドミーとか言ったはず。


 「【ファイア】!!!」

 「【ウィンド】!!!」

 「【ウォーター】!!!」

 

 命令に呼応し、【魔法系スキル】の使い手が行使できる技を放つのが見えた。

 色とりどりの奔流が溢れ、狙った対象へと正確に命中する。

 

 それは、おいらたちで



==========



 「あいつら…」


 【魔法系スキル】は続々と放たれるが、こちら側には届かない。

 おいら含む騎兵300騎が動揺している間に、タンセキ隊長が残りの騎兵700騎を率いてやってくる。

 草原地帯に現れる【レッドスコーピオン】より顔が真っ赤だ。


 「何をしている!敵の奇襲だ!迅速に反撃しろおおお!!!」

 そのまま突撃しそうだったので慌てて止める。

 「お待ちくだせえタンセキ隊長!何か裏がありますぜ!」

 「裏だと?そんなことを言ってる場合かナンロウ!」

 

 隊長は、敵が【魔法系スキル】を着弾させた場所を指差す。


 「攻城兵器が攻撃されているんだぞ!!!」 


 投石機、破城槌、攻城塔。


 【イトスギの谷】を攻撃するために製造し、分解した状態で保管していたオークの切り札。

 今日の出陣式でカクレンさまが検分する予定だったので、ほとんどが【征服門】周辺に集められている。

 そこにスキルは吸い込まれていき、炎上や破壊をもらたしていた。


 「このままでは【イトスギの谷】の攻撃は困難だ!ムドーソに復讐し、【オークの誇り】を取り戻す日が遠くなる!!!」

 「それはもっともに違いねえ!だがよ!」


 いつもならおいらが引く場面だが、今回は引けなかった。

 今はヒラでも元々は【最初の四人】の一員、強く出れば隊長も話を聞かざるを得ない。


 「攻城兵器を破壊するなら、夜に奇襲すればいいじゃねえか。なんで姿んだ?追撃されることも恐れてねえように見える」

 「…何が言いたい?」

 「つまりその、罠なんじゃねえか?」

 「どんな罠だ!?」 

 「分かりゃ苦労しねえよ!」

 「では、このまま兵器が破壊されるのを黙って見てろと言うのか!」

 「せめてもう少し様子を見てー」

 「あれを見ろ!」

 

 隊長は後方ー、諸部族が就寝していた地域を指差す。

 流石に騒動に気付いたオークたちが起き出していた。


 だがー、


 「奇襲!?ここは安全じゃなかったのか?」

 「誰か、誰か俺の武具を知らないか!?」

 「卑怯なムドーソ人めえええ!」


 明らかに混乱している。

 無理もない。

 戦う覚悟はあっても、と知っていた者は誰もいないのだ。

 組織的行動を取るには、時間が必要となる。


 「皆訓練したとはいえ、実戦なぞ経験したことがないのだ。このままでは、攻城兵器は全て破壊されるだろう。それにー」


 隊長はため息をつく。


 「我らが指をくわえて見ていたと知れば、今後誰が勇敢に戦うというのだ…!」

 「…」


 くそ、反論できねえな…。

 ただ嫌な予感がするというだけでは覆せない正論だった。



==========



 「敵が接近してきます!!!隊長、どうするんですか!?」


 その時、騎兵の1人から報告が入った。

 100名ほどのムドーソ王国軍が、ジリジリと前進を開始したのだ。


 まずい。

 この狭い空間で距離を詰められたらー、


 「あえて接近戦を挑み、我ら騎兵が助走をつける空間を殺すつもりか…騎兵は突進力を失い、接近戦ならラグタイトの装甲を破壊できる可能性も増す」

 「敵も、覚悟してるってわけですか」

 「おそらく」


 …腹を決めるしかねえな。

 おいらの根拠のない不安で、みんなの足を引っ張るわけにはいかねえ。


 「分かった。もう口を出さねえよ、隊長…」

 

 返事もせず、隊長は馬を駆って前に出る。

 そして、騎兵たちに呼びかけた。


 「トゥブさまの情報で敵の正体は露見している!!!策を好むようだが、所詮はCランク相当の弱兵に過ぎない!!!」

「今すぐ突撃し、草原を血で染め上げろ!!!」


「「「カクレンさまのため、【オークの誇り】のために!!!」


 1000騎の騎兵は隊長の声に応えた。

 土埃をあげ、続々と走り出して行った。


 「…」

 おいらも自分の馬に足で合図を送り、走り出す。




 叛乱も、馬も、同じようなもんだ。

 一度動き出したら止まれない。

 最後までやりきるしかねえんだ…




 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 長年無謀を意味する言葉として使われてきた【タンセキの突撃】だが、近年になって新しい事実が判明している。


 指示を仰ぐべきカクレンが不在だったのだ。

 限られた情報と時間の中で、誰かに相談することもできないタンセキは追い詰められた。

 カクレンの不在は機密ゆえ話すこともできず、最後は自分の判断で突撃していったと推測されている。


 いずれにせよー、


 騎兵隊は王の策通りに動いた。



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