第119話 俺たちの反撃を

 レムーハ記 戦争伝より抜粋


 【奇跡の森】から【ブルサの壁】の間に広がる名もなき草原は、後世【ブルサ回廊】と呼ばれることになる。


 戦いが勃発した日の早朝、カクレン率いるオーク叛乱軍6000名のほとんどは【ブルサ回廊】に布陣していた。

 大半は【イトスギの谷】への侵攻を控えて就寝していたが、警戒に当たっていた部隊も存在する。


 それはすなわち、【第二次アルハンガイ草原の戦い】でムドーソ王国軍を破ったオーク騎兵1000名。

 そして、カクレンの副官トゥブが率いる歩兵500名弱。

 この叛乱の主力と言える存在である。


 特にオーク騎兵1000名は【征服門】の前面に展開し、【征服門】の上に築かれた櫓を宿舎とするカクレンを守護した。


 だが、により、その初動は遅れた。



==========



 【奇跡の森】を出た【ドミー軍】は草原に布陣した。

 草を踏みしめ、澄み切った空気を身に受ける。

 立ち込める薄い朝もや以外、動くものはいない。


 これから血なまぐさい戦いが行われるとは思えないほど、静謐に包まれていた。


 ギリギリ、騎兵が機動力を発揮できる広さか。


 戦場をつぶさに観察し、ひとまずは安堵する。

 そして、前面に目を凝らした。

 

 Bランク相当のスキル攻撃を跳ね返す金属【ラグタイト】を装備した、オーク重騎兵1000騎である。

 300騎ほどが警戒体制に当たっているらしく、騎乗していた。

 騎乗したオークはもはや小山と呼ばれる存在であり、まともに突撃を受ければひとたまりもないだろう。

 

 だが、騎兵なら数分ほどで突撃できる距離まで接近しているのにも関わらず、俺たちはまだ探知されていない。


 閉所に潜み続ける恐怖から解放された【アーテーの剣】が捨てていったもの。

 この国を守り続けた武装集団が遺した、最期の遺産。


 -待て。

 -な、何よ~…

 ーライナだけでなくミズアも連れていくのだから、対価を追加でもらおう。…心配するな、お前たちにはもう必要ないものだ。

 ーこ、これは~…

 ーなんなら俺に略奪されたといえばいい。裁きの場で貴族からの同情を買えるぞ。

 

 透過スキル【インビジブル】が施されたマント、17枚を展開したからだ。


 

==========



 相変わらず、ドミー将軍の胆力はすさまじいな。


 【ドミー軍】の兵士とともにマントを掲げながら、私は自らが仕える主に舌を巻いた。

 前面と側面にマントを展開し、前面からギリギリ見えないよう【ドミー軍】を縮こまらせている。

 

  まだ夜が明けきらぬ早朝という時間帯。

  よもやここまで攻めて来ぬだろうというオーク兵の油断。

  視界をわずかにさえぎる朝もや。


 これらの要素が幸いして辛うじて潜んでいられるものの、朝になれば容易に露見する程度でしかない。

 マントの劣化は止まらず、もはや目くらまし程度まで透過能力が落ちている。

 それでも、将軍はこの場に留まる決断をした。


 ーお前の言いたいことはわかる。透過が劣化しないうちに奇襲せよと申すのだろう。

 ーはっ。偶然入手したとはいえ、強力なアイテムです。【征服門】に潜む首魁を暗殺することもー

 ー俺は草原に散らばったオークをしらみつぶしに潰して行くような長期戦は好かぬ。ライナとミズアが首魁を暗殺し、俺たちが主力を殲滅する。この乱を終結させたいのだ。

 ーやはりそう言いますか…

 ー真似する必要はない。所詮血気にはやった男の考えというものだ。…いずれにせよ、このマントは強襲のための一時的な目くらましとする。


 急速な劣化が始まっている以上、おそらく正しい判断なのだろう。

 私のいう通り奇襲に使えば、とっくに発見されていた。


 逆にいえば、劣化前のこのマントを、【アーテーの剣】はもっと有効に使えたはずである。

 奇襲を繰り返して敵を疲弊させても良いし、それこそ首魁の暗殺を図ってもいい。

 

 だが、恐怖に呑まれた集団は森に潜むばかりで、せっかくのアイテムを腐らせてしまっている。


 対して、ドミー将軍は強力なアイテムを前にしても動じず、その効力を正確に看破し、限定した用途に留まらせた。


 これが、器の差というものだろう。



==========



 朝はゆっくりと、しかし着実に近づきつつあった。

 マントのおかげで、強襲のための位置どりもスムーズにいく。

 そもそも、平原から突如姿を見せるだけでも奇襲となり得るのだ。

 俺自身、森から姿を見せた【アーテーの剣】を見てそれを実感している。


 ライナとミズアを信じ、俺自身の役目を果たそう。


 そろそろ兵士にマントを捨てさせようと命じた時、ゼルマから報告が入った。


 「首魁が【征服門】を出た、か」

 「共周りは数名しかいないけど、馬に乗ってどんどん離れていく。目的地はまだ確認中よ」


 どうも想定外が多いな。


 心の中で密かに思う。

 首魁の殺害も戦略目標である以上、あまり嬉しいことではない。


 だが、それをバカ正直に話すようでは指揮官失格だ。

 だから笑った。


 「戦う前から逃げ出すとは、よほど【ドミー軍】を恐れたと見える」


 兵士たちは微かに微笑む。

 それでいい。


 状況は最悪。

 だが、完全なる勝利と【ドミー軍】全員の無事を諦めるつもりは微塵もない。


 「そろそろ始めよう」


 この1日で全部終わりにする。


 「俺たちの反撃を」

 

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