第118話 覚悟と開戦

 殺すしかない。


 極限状態の中であがく【アーテーの剣】の面々を前に、俺は決断した。

 自分が善人であるというつもりは毛頭ない。

 こいつらがここで零落している原因の一端は、間違いなく俺にある。


 だとしても、ここで作戦を破綻させられるわけにはいかない。

 下手すれば全員死ぬ。

 

 「…」

 ミズアに視線を送り、【竜槍】の準備をさせる。

 先手必勝だ。

 エリアル含む【アーテーの剣】がライナに気を取られている隙に、不意討ちを喰らわせよう。

 

 これから行うのは所詮大量殺戮。

 害意のある人間10余名が犠牲者に加わるだけの話だ。

 背後の【ドミー軍】もそれに呼応し、武具を抜く準備を整えた。


 俺も盾を構え直し、突入する準備をー、


 「待ちなさい」

 凛とした声。


 一触即発の状況を止めたのは、他ならぬライナだった。

 

 

 ==========

 


 ドミーが残虐だとは思わない。

 私が指揮官でも、【アーテーの剣】の排除を選択しただろう。

 

 でもー、


 エンハイムで謎の暗殺者に襲われたとき、ケムニッツ砦を襲撃したとき、私はドジを踏んだ。

結構前の出来事だけど、実はまだへこんでる。


 「ドミーじゃなくて私を連れていった方がいいわ」

 

 だから、そろそろドジを清算しなくちゃね。




 「な、なんで〜???」

 エリアルは少し混乱しているようだった。

  

 「ドミー、いえドミー将軍は今からオーク兵を撃滅しにいくわ。はっきり言って、私がいなくても充分勝機はある。どうせなら、オークに追われる心配なく帰りたいと思わない?」

 「…」

 「逆にドミーを連れていけば勝機は万に一つもない。オークに追いかけられて、全員皆殺しよ」

 「ランケが、喜ぶのかな…」

 「きっと大喜びだわ!私、あいつに大恥かかせてやったから。それに…」

 

 とびっきりの笑顔を浮かべて話す。


 「ドミーは私を死ぬほど愛してるから、人質としても最適」

 

 「で、でもー」

 エリアルはまだ迷う。

 息を荒げながら、生き残るための道を必死で考えている。

 流石に、少し心が痛んだ。

 

 「もう一人いるから安心できない…」

 「ミズアでしょ?ミズアも連れていきなさいよ。ドミーはミズアも大好きだわ」

 「い、いいの?」

 「もちろん」


 私は最後の誘惑に出る。

 右手に持つ【ルビーの杖】を手放したのだ。

 エリアル含む【アーテーの剣】が、傾いていく杖に釘付けになる。

 

 「さ、丸腰よ」

 両手を突き出して掌まで見せつけた。

 

 「連れて行くなら今だわ。その代わり、ドミーの邪魔はしないことね。あなたたちの身の安全のためにも」



==========



 ライナがは、すぐに分かった。

 右手にエリアルたちの視線を集めておいて、素早く背中に回した左手で合図を送ったのだ。


 人差し指と中指を伸ばし、ほかの指は折ったままにする手の形。

 レムーハ大陸では敵に対する挑発を意味する【ピースサイン】だ。

  

 ーいちいち声を使って情報伝達ができない場面は、今後確実に存在するだろう。

 ーそのために、簡単な情報だけでも手で表現しようと思ってな。


 他ならぬ俺が設定した、ハンドサインの一種。

 それが示す意味は、かなり挑発的だ。




 策はある、ざまぁ可能。



==========


 

 ライナに、策はある。


 ミズアもすぐに【竜槍】を手放しました。

 トン、と音を立てて地面に落ちる【竜槍】。

 2人の戦士が力を失ったのを見て、エリアルも決断したようです。

 

 「…つ、連れて行くわよ。【ルビーの杖】と【竜槍】も回収しなさい」

 追い詰められていた【アーテーの剣】たちは、かすかに見えた希望に向かって飛びつきます。


 数名が武器を回収し、数名が声も上げずライナと私の両腕を掴みます。

 ガチャリという音と、手に走る痛み。

 鉄製の手錠を掛けられました。


 「やれやれ、そんなことだろうと思った」

 ライナの表情は変わりません。

 流石です。


 ですが、ミズアをちらりと見た時、少し表情を変えました。

 何を意味するかは言わなくてもわかります。


 ごめんね、巻き込んじゃって。


 ミズアは言葉の代わりに、少し微笑みました。


 大丈夫です。


 ライナは正しい選択をしました。

 ドミーさまも、すぐに分かってくれるでしょう。


 

==========



 ライナは流血を回避するだけでなく、作戦の機密性も保持した。


 必ずミズアを連れて戻ってくる。

 

 去って行く【アーテーの剣】を見て追いかけたい衝動に駆られるものの、ぐっとこらえた。

 ライナの覚悟を無駄にしてはいけない。


 俺は、今自らが行くべき場所へと向かう。

 俺の命令を待つ、【ドミー軍】総勢79名のもとへ。


 「作戦に変更はない」

 元々、次の作戦目標で2人の出番はない。

 粛々と作戦を実行しながら、合流を待てば良いのだ。

 「オーク兵に目にもの見せてやる」


 「へへへ、あの2人が戻ってくる前にケリをつけちゃってもいいんですかい?」

 「たまにはあたいたちも構ってよね!将軍」

 「将軍と肩を並べて戦うのは初めてで、ドキドキします…」


 【ドミー軍】の表情は明るい。


 「このアマーリエ、将軍のためなら例え火の中水の中!」

 「ゼルマも同じく」

 「お前は戦闘能力がないだろ、大人しく控えておきなさい」

 「あらあら、あたしと添い遂げてくれる女性がそばにいれば大丈夫よ」

 「やれやれ、口数の減らない奴」


 アマーリエとゼルマも、軽口を叩く余裕を見せる。

 

 「ふふん」

 だからこそ、俺にも心のゆとりができた。

 「戦いが終わったら、お前たちを全員をビク◯ビクンさせないといけないな」


 「「「ぜひお願いします」」」


 「約束しよう」

 俺は、【ドミー軍】に向かって手を伸ばした。

 「今日の夜には祝勝会だ!」

 【ドミー軍】も、一斉に手を伸ばす。




 戦いの準備は、整った。

 



 レムーハ記 ドミー王の記録より抜粋


 想定外の出来事にも動じず、王と【ドミー軍】は戦場へと向かっていったと伝えられている。




 【カクレンの乱】最大の激戦。


 【ブルサ回廊の戦い】が幕を開けた。



 

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