第117話 【アーテーの剣】の最期
レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋
【アーテーの剣】は、ムドーソ王国が【馬車の乱】で軍を粛正した直後に新設した冒険団である。
初期メンバーの大半は、辛うじて【馬車の乱】を生き延びた元軍人。
【ブルサの壁】を守護する国境警備隊と合わせ、表向き軍の存在しないムドーソ王国の軍事を担う存在であった。
さまざまな矛盾や制約に苦しみながらも、【アーテーの剣】を中核として、首都ムドーソに常駐する【連合軍】は発展していく。
特に【第2次アルハンガイ草原の戦い】で戦死した2代目団長、ラーエルの時代には多大な成果を挙げ、ムドーソ王国を守り抜いた。
衰退期にあったムドーソ王国が7年の平和を維持できたのも、【アーテーの剣】の存在が大きい。
そんな【アーテーの剣】も、3代目団長であるエリアル、ヘカテーの代で終焉を迎えることになった。
退廃や無能の象徴として手厳しい評価を受ける両名だが、近年は擁護する声もある。
1つ目が、【奇跡の森】に潜み続けることで、オーク兵の動きを鈍らせる効果を生んだ点。
当人が狙ったことでないが、まぎれもない事実である。
2つ目が、ムドーソ王国そのものが滅亡の途上にあった点。
歴史の転換点に置いて、誰が団長であっても消滅は免れなかっただろうと。
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「…何人かいないけどどうしたの?ヘカテーもいない」
「【ブルサの壁】に到着してすぐ、門番を殺したオークの追撃に動員されたの~…」
「じゃあ、多分巻き込まれてー」
「嫌よ!そんなの嫌あ~…」
一刻の猶予もない状況で現れた想定外の存在。
目前に迫るオーク軍に目を光らせながらライナが尋問を行うことで、【アーテーの剣】に起こったことが明らかになっていく。
俺たちの越権行為を密告するため、先行して【ブルサの壁】に到着した【アーテーの剣】を待っていたのは、オークの叛乱という非常事態。
大半は巻き込まれる寸前で【奇跡の森】に避難したものの、闇夜の中で状況がまったく掴めなかった。
その内オーク兵で周辺は埋め尽くされていき、逃亡することも打って出ることもままならない。
仕方なく飢えと恐怖に苛まれながら、時を無為に費やした。
「そのマント、【インビジブル】の効果を得られるのね」
【ルビーの杖】を油断なく突きつけながら、ライナは淡々と尋問していく。
もともと、劣等生であった自分を死に追いやろうとした人物だ。
短い時を経て、両者の関係は逆転している。
「でも、もう効果が失われる~…」
Aランククラスの使い手のみが扱える透過スキル【インビジブル】を定着させるのは難しいらしい。
目を凝らせば見える段階までマントの効力は失われていた。
いずれ叛乱軍に発見され、皆殺しは免れなかっただろう。
「誰からもらったの」
「それは~…」
「早く言いなさい」
「ひ、秘書官のランケ」
「ドミーと私を殺すため?」
「そ、そこまで言われていない!ただ折を見て捕まえろって~…」
「どこで?」
「ブ、【ブルサの壁】で実行するのが一番いいって言ってた~…王に邪魔される心配が薄いからって~…」
ライナは、俺を裏で排除しようとした人物の名前も聞きだした。
逆に言えば、それ以上【アーテーの剣】に用はなかった。
「今は時間が惜しい。ここを去れ」
俺は【アーテーの剣】の面々に呼びかける。
不運な状況があったとはいえ、もはや役に立つとは思えない。
ここに至るまで敵影がないのは確認済みだ。
だが、エリアルの決断は俺の予想範囲を超えた。
「こ、このまま成果もなく、叛乱を放置して帰ったら殺されるにきまってる~~~…」
「せめて、せめてムドーソにドミーを罪人として連れてこないと~~~」
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何を言ってるのよこのバカ女は!
私は、【ルビーの杖】をエリアルにぐいっと近付けた。
「…これ以上訳の分からないことを言ってると殺すわよ。ドミーと私たちは今から叛乱軍を鎮圧する。邪魔しないで」
「う、うふふふふ。そんなの、誰が許可したのよ~~~どうせ勝手にやってるんでしょ~~~」
「こいつ!」
「越権行為を繰り返す【叛逆者】を捕らえて何が悪いの〜〜〜嫌というなら、もうあんたたちと一戦交えるわ〜〜〜そうでしょみんな〜〜〜」
エリアルは【リバイアサンの杖】を構える。
「そ、そうだ。このままじゃあたしたち帰れない…!」
「元はといえばみんなあのドミーとかいう奴のせいだ!」
「なんとしても連れ帰って、生き残る…!」
ー元エリートとしての意地。
ー地位を失うことへの恐怖。
ー自らの悪行を棚に上げた怒り。
ー責任から逃れるかもしれないというかすかな喜び。
【アーテーの剣】の面々は武具を構え、私たち【ドミー軍】と対峙した。
体面やプライドをかなぐり捨てて、本能のまま欲望を遂げようとしている。
それが、【アーテーの剣】の成れの果てだった。
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