第116話 潜みし者
【奇跡の森】に【ドミー軍】82名が続々と侵入するも、敵の妨害はなかった。
「敵の姿は見せません。ゼルマが偵察した通りです」
「まだ入口だミズア。抜けるまでは油断するなよ」
「分かりました。警戒を続けます」
「ドミー、全員の侵入が完了したわ」
後方を監視していたライナから報告が入る。
振り返ると、アマーリエとゼルマを先頭に【ドミー軍】が勢ぞろいしている。
静かに俺の命令を待っていた。
これが、最後かもしれないな…
全員の顔を一人ずつゆっくり覗き込む。
ー不敵な笑みを浮かべる者。
ー緊張している者。
ー闘志に満ち溢れる者。
浮かべる表情は多種多様。
顔の形、背丈、年齢、身長、使えるスキル、人間関係、願い、歩んできた人生。
1人として同じ人間はいない。
この日が終わる時、誰かがいなくなっているかもしれないのだ。
他ならぬ、俺の命令で。
例え無事だったとしても、その手を血で染めることは避けられない。
つまるところ、俺もかの暴虐なエルムス王と同じなのではないだろうか。
だが、この場でそれを謝罪することは困難。
俺に出来るのはー、
「…行くぞ」
命令を下すことだけ。
皆、俺を信じているのだから。
==========
潜入する以上当然の話だが、本来【奇跡の森】を抜けるための街道は使えない。
本日、叛乱軍が大挙してムドーソ王国領へと進撃する道だ。
数名だけでも歩哨が置かれている可能性は否定できない。
草木が生い茂る森の中を、【ドミー軍】は慎重に進んでいく。
体の至る所に草花がまとわりついて不快だが、オークに殺されるよっぽどマシといえる。
とはいえ、予想以上に順調だな。
すでに森の中ほどまで来ていた。
一度森の端までたどり着けば、長時間息を潜める必要はない。
目的は奇襲ではなく、殲滅のための強襲なのだから。
【ドミー軍】もそれを感じているのか、少しずつ足を早めている。
80余名と少数なのがここに来て効いてきた。
【ドミー城】から【奇跡の森】までの移動も迅速で、物音もそこまで響かない。
これが800名であれば、流石に堂々と森を縦断するわけにはいかなかったろう。
殺気や気配を察知され、逆に反撃を食らった可能性が高い。
ー殺気や気配というものを実証したものはいないが、確実に存在しているのだ。特に戦場においては。
…と、俺が読んだ【マグダ辞典】には書いてあった。
他ならぬ、エルムス王が残した言葉である。
歴史上最低の暴君と謳われる女性は、同時に優れた用兵家でもあった。
さあ、もうすぐだ。
森の終端は着実に近づいている。
叛乱軍のオークたちが大軍の利を生かして勝利をもぎ取ろうとするなら、俺たちは少数の利を生かしてその足元をすくってやればいい。
そうすれば、きっとー、
その時、俺の浮ついた思考に冷や水を浴びせる報告がライナから入った。
「ドミー、前方に何かいるわ」
心臓が爆発したように感じる。
ー潜入失敗
ー敵の襲撃
叫び出して逃げ出したい感情を抑え、冷静に問いかける。
「…何者だ?」
「安心して、と言えるかわからないけど、オークじゃないわ。【魔法系】スキルの気配」
「友軍か?」
「分からない。身を隠してるようなの」
ライナは困惑したような表情を浮かべていたが、やがて決意を固めた。
「私とミズアで見てくるから、ドミーはここにいて」
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ドミーはプレートアーマーの鎧と盾を装備しているけど、スキルに対する防御力はほとんどない。
【魔法系】スキルによる攻撃を受ければ、一瞬でお陀仏だ。
指揮官であり、私たちに力をもたらしてくれるドミーにもしものことがあれば、【ドミー軍】は一瞬で瓦解する。
だから、ミズアと2人で向かった。
「…」
音も立てず、何者かが潜んでいる空間へと向かう。
1人、2人ではないようだ。
10人以上はいる。
まさか。
嫌な予感がした。
こういう時は大体当たる。
この戦争中、まったく姿を見せてなかった存在。
「ミズア、少し下がってちょうだい」
「大丈夫ですか?」
「…ええ」
【ルビーの杖】を構えながら、ギリギリまで接近する。
そしてー、
「もしかして、【アーテーの剣】?」
小声で声をかけた。
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「な…」
俺は仰天した。
突如、目の前の空間に人影が現れたのだ。
総勢、約20人前後。
全員恐怖と飢えで疲弊しており、目が血走っている。
だが、戦闘を行なった形跡はない。
よく見ると、全員マントのようなものを羽織っていた。
あれで単純に身を隠していた、わけではないだろう。
スキルを利用した特殊なアイテムか。
「ラ、ライナ〜〜〜…」
その内の1人がよろよろと前に進み出て、ライナにひざまづいた。
「怖かったよ〜〜〜…助けてよ〜〜〜…」
ムドーソ王国に所属する冒険団の中で最大を誇った【アーテーの剣】のリーダー、エリアルの零落した姿であった。
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