第107話 左手で抱き、右手で殺す

 【ドミー城】に押し寄せたオーク歩兵は撃退した。

 だが、消え去らずに残っているものもある。


 オークたちの遺体だ。


 約100体近くがそのままとなっており、放置しては伝染病の原因となる。

 勝利に酔いしれる夜を終えた【ドミー軍】の初仕事は、それを処理することであった。


 「ドミー将軍。ただ今埋葬作業が完了しました」

 「ありがとう、アマーリエ」 

 

 ここでは、約100人の職能集団【ダイダロスの手足】の力を借りることにした。

 小さな物体を浮遊できるスキル【フローティング】を使い、【ドミー軍】が掘った穴に遺体を鎮座する。

 オーク兵は巨漢の者が多いため、数人がかりで【フローティング】を掛け合った。


 ーすまないな、ロミルダ。職能集団をこんなことに動員してしまって」

 ー何をおっしゃいます!人の役に立ってこその職能集団。仕事に貴賎はありませんぜ」

 【ダイダロスの手足】のリーダー、ロミルダはがははと笑っていた。


 「しかし、昨日とは様子が違いますな将軍。何かお悩みでも?」

 「ん?いや別に」

 「遠慮なさいますな」


 アマーリエは微笑んだ。

 「我々はまた戦わなければなりませぬ。吐き出しておきましょう」

 「…ここで散ったオーク兵たちは、何を思っていたのかな」

 

 戦いは、避けられぬことだった。

 それでも割り切れない思いはある。

 つまるところ、男性もオークも、この大陸では排斥される存在なのだから。

 俺もオークとして生まれたなら、この叛乱に身を投じていたのかもしれない。


 「憎しみ、ですな。80年前の虐殺に留まらず、【ザラプ合意】で経済的搾取まで受けました。オーク側からすれば、正当な戦であると言う意識は強い」

 「…そうだろうな」

 「ですが」


 アマーリエは空を見上げた。


 「それと同じぐらい、恐怖もあった。置いていった家族や友人を案じる気持ちも、残虐な行為に躊躇する正義感もあった。いろいろな思いを抱きながら、我々に討たれていったと思います」

 「それは、ある種矛盾しないか?そのような気持ちがあるなら、戦いに参加しなければいい」

 「他ならぬドミー将軍も、葛藤を感じながら戦いに身を投じているではありませんか」

 「…ああ」

 「人もオークも、左手に愛する人を抱きながら、右手で憎む存在を殺すことがあります。完全なる矛盾ですが、みんなそれを実行できてしまう」

 「…」

 「葛藤を覚えるドミー将軍の方が、珍しいかもしれません」

 「俺は、将軍としては失格だな」

 「いえ、戦争で重要なのは敵の心を挫くこと。将軍のように、敵の心に思いを馳せる者こそ真の勝者たり得るのです」

 「だとすれば因果な商売じゃないか、軍人というのは。今から殺す相手の気持ちを探らないといけないなんて」


 【ドミー軍】の実質的指揮官は少し疲労を見せたが、すぐに峻厳な表情に戻った。

 

 「私もそう思います。ですが、誰かがやらなくてはいけない」

 「俺に、できるだろうか」  

 「私はずっと責務から逃げていましたが、ドミー将軍に助けられました。必ず、最後までやり遂げられます」

 「ああ」

 どうせ降りられない舞台なら、最後まで踊ってみるか。

 観客がそれを求め続ける限り。

 「ありがとう」

 

==========



 「ここから先は、完全未定だ!!!」

 「「「…」」」


 埋葬作業も終わり、木造の兵舎に【ドミー軍】の幹部を招集する。

 いささか無責任ともいえる俺の発言に、周囲の人間は呆れ返った。


 「無鉄砲なドミーらしいとはいえ、兵士たちも流石に怒るわよ?」

 「ライナ、ドミーさまにはお考えがあるはずです…多分」

 「まあ聞け」

 俺はライナとミズアをなだめ、ゼルマに話しかける。


 「現在撤退中のオーク歩兵は、【ブルサの壁】のほど近くまで到着している。そうだな?ゼルマ」

 「そうね。明日中には到着する。徒歩だけど、人間より身体能力がある分早いわ」

 「オーク歩兵の指揮官は、ここで体験したことを叛乱の首魁に伝えるはず。そこからオークたちがどう動くかは、正直俺も確信が持てない」

 「もし【ブルサの壁】の防備を強化されれば厄介ですね、ドミーさま」

 「その時は俺たちも【イトスギの谷】に籠るしかない。長期戦は免れないだろう。レーナが援軍を連れてきてくれれば楽になるが」

 「ですが、ドミー将軍は動くとお考えなのですね?」

 「そうだなアマーリエ。いずれにせよ、敵さん待ちだ」


 とはいえ、そのまま時間を浪費するのも惜しい。

 

 「ゼルマ、1つ追加で頼みたいことがある」

 「なんでも聞くよ」

 「叛乱の首魁を探ってくれないか」

 「いつ言い出すかと待ってたわ。暗殺でもする?」

 「それは…まだ分からない。敵首脳部が数人いれば、1人を暗殺しても誰かが継いでしまう。護衛が厳重になるだろうし、最悪草原地帯に逃げられるかもしれない」

 「そうね。とりあえず探っておくわ」

 「助かる」


 「もし敵が動き出せば、俺たちの擬態が成功したといえるだろう。その時が決戦の時だ。みんなその時まで英気を養ってくれ。解散!」

 


==========



 「ねえ、ドミー」

 【ドミー団】にあてがわれた兵舎に戻る時、ライナに声をかけられた。

 オーク歩兵と戦っていた時はそんなところに泊まる余裕がなかったので、利用するのは今日が初めてだ。

 「どうした?」

 「その、約束…忘れてないわよね」


 なんとなく事情を察する。

 「もちろんだ。だが30回【絶頂】させるのは骨が折れるぞ」

 「そんなに体力持たないわよ!まったく、デリカシーがないんだから…」

 「ライナ、先にドミーさまと夜を過ごしてください。ミズアはそのあとで構いません」

 「あ、うん。ごめんね…ミズアは何か用事?」

 「いえ」

 

 シルクのような美しい髪をたなびかせ、ミズアは笑みを浮かべる。


 「母になる準備をします」


 そして去っていった。


 「…どう言う意味なの?」 

 「分からん」


 最近のミズアには、謎が多かった。

 

 

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