第106話 レーナと道化

 「うおおおおおおおおお!!!」


 走る、走る、走る。

 足の限界が来るまで。


 ーレーナ、めっちゃスピードでムドーソ城に向かってくれ。王に謁見し、援軍を求めるんだ。


 いや、ドミー将軍から与えられた任務を達成するまでや!

 それが、無能の自分に【伝令】という役割を与えてくれた恩人に報いる道!


 「みんな、死なんといてやあああああ!!!」

 

 【ドミー城】を出発してから二日目の夜。

 辺境地帯はすでに遠く過ぎ去り、ムドーソ城に着実に近づいてはいる。

 ただ、とある事情があって、予定より遅いペースとなってしもうた…



==========



 「そこの方!もしや【ブルサの壁】を守護していたのではないか?」

 「オークたちが侵攻し、この国が危機にさらされていると聞いている!」

 「私たちも、微力ながらお手伝いしたい!」


 辺境地域を抜けると、そこかしこで色んな人とすれ違った。

 みんなお手製の武具を携えてるけど、戦闘経験はなさそうなのが共通点。

 数人、数十人とバラバラになって、国境へと向かっている。

 

 「えーと…うちはレーナと言います。国境地帯に向かってた連合軍の1人なんですが、今はムドーソにとんぼ返りというか…」

 「?話し方が…って今はそれどころじゃない!私たちはどこへ行けばいいんですか?」

 「い、【イトスギの谷】!そこに軍の拠点がありますんで!」

 「分かりました!みんな!国の危機を救うぞ!」

 「「「おう!!!」」」


 「…これで4回目やな…」


 こんな感じで、一日に何回も話しかけられとる…

 おそらくドミー将軍にとって有利な状況を導くとは思うんやけど、本来の目的を果たせんかったら意味があらへん。


 というわけで、いつもよりペースを上げながらムドーソ城に向かってた。


 

==========


 「はあ、はあ、はあ…あかん!」


 それが良くなかった。

 想定より早く体力の限界が来てしまい、倒れこんでしまう。


 ムドーソ城に付くまで4日と話したけど、到底間に合わないペースや。


 「こんなところで止まるわけにはいかへんのに…」 

 じんわりと涙が溢れた。

 それをぐっとこらえ、息を整える。

 もう少し、もう少しだけ休憩すればー、


 「だいじょうぶ?」

 誰かが、うちを覗き込んでいた。

 サーカスで見るようなピエロの恰好をした、背の小さい女性。

 「はい、いやしのやくそう」

 「…!!!」


 一番欲しかったものを手渡され、思わず頬張った。

 体力を回復させる効果を持つアイテムで、うちは一息つく。


 「…っぷはあ!誰か知らへんけどありがとうな!今からムドーソにー」

 「そのひつようはないよ、れんごうぐんのひと。どうせいってもなにもないし」

 「ん?」


 よく見ると、その人物には見覚えがあった。

 確かムドーソ王エルンシュタインの世話係で、唯一【守護の部屋】に入室できるというー


 「ど、【道化】さま!」

 「そう!きょうはおうのだいりできたんだあ!」


 【道化】は胸を張った。

 …平坦だけど。


 「なんかいった?」

 「言ってません!」


 

==========



 「すんませんでしたあああああ!」

 「あはははは!じゃんぴんぐどげざおもしろーい!」


 とりあえず非礼を詫びて、うちは【道化】との話を続けた。

 代々王の世話係を務めるという、不思議な存在。

 詳細は知らないけど、とにかく逆らってはいけない人間として崇められている。


 「【道化】さまとは知らずに失礼なことをー」

 「いいよいいよ!それより、こっきょうでなにがおきてるかきかせて!」

 「は、はいいい!【ブルサの壁】がオークの叛乱によって破られましたあああ!今はドミー将軍が【イトスギの谷】に新たな拠点を構築して防戦しています!」

 「あれー?あーてーのけんは?」

 「えー、色々ありまして別行動を取っていたのですが、現在連絡が取れていません」

 「そっか…やっぱりらんけはだめだめだね…」

 「はい?」

 「ううん。なんでもない」


 【道化】はそこまで話すと、5つの布でできた球を取り出した。

 それらを1つずつ投げたかと思うと、投げたりとったりを繰り返しながら、常に1つを空中に浮遊させる。

 ジャグリングだ。


 「…ひとつきいてもいいかな?」

 「は、はい」

 ジャグリングを続けている【道化】の声が、冷たくなった気がする。

 「それってだれのきょかをえてるの?」 

 「…!」


 あかん。

 うちは心臓を鷲掴みにされた気分だった。

 言うまでもなく、ドミー将軍のやってることは越権行為や。

 そもそも将軍でもないし!

 ムドーソについたらその辺を取り繕って話す予定が、【道化】との急な遭遇で忘れとった。

 このままじゃ、ドミー将軍が危ない!


 「どうしたの?」

 「…」

 「こたえてほしいな」


 【道化】がジャグリングを続けているのを眺めながら、色々なことを考えた。

 でも、多分嘘は通用しない。

 

 だから、正直に答えることにした。


 「…誰の許可も得ていません」

 「そっか」

 

 「でも!」

 

 うちは立ち上がった。

 「ドミー将軍は悪くありません!色々な経緯はありますけど、領民を守るためはそれしかなかったんです!ムドーソにも、うちを使いに出しました!うちがドジ踏んで遅れてしまっただけなんです!だからー」


 そしてすぐに土下座する。


 「罰するなら、うちから罰してください…!!!」


 連合軍で落ちこぼれだったうちの才能を見出してくれたのは、ドミー将軍だけ。

 将軍のためなら、命を投げ捨てても悔いはあらへん!



==========



 「…わかったからかおをあげて」

 「は、はい」

 

 いつの間にか、【道化】はジャグリングを止めていた。


 「れーなのかおにうそはない。しんじるよ」

 「あ、ありがとうございます…!」

 「しかしふしぎだねえ。だれもめいじてないのに、みんなくにをまもるためにこっきょうへむかってる」


 そこまで言うと、少し黙りこくった。


 「まさか、こんなかたちで、れきしのてんかんてんをみることになるなんてね」

 「はあ?」

 「ううん、なんでもない。とにかく、むどーそにいってもなにもないよ。なにも…」


 【道化】はうちに手を伸ばす。

 

 「いまはこっきょうちたいへとむかおう。いっしょにきて!」

 「分かりました!」


 とりあえず、誰も罰せられることはないらしい。

 うちは【道化】と一緒に、また国境へととんぼ返りすることとなった。





 レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋


 国境地帯に敵が侵入するという非常事態にもかかわらず、ムドーソ王国が派遣できたのは【道化】1人であったと記録されている。

 領民の前で軍事力の弱体化を示してしまう結果となり、声望はさらに落ち込んだ。

 

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