第101話 【ドミー城】でオーク歩兵をざまぁする1.想定外
「トゥブさま、もう少しで【イトスギの谷】です」
オーク歩兵550人の中列に位置していた僕は、副官のギンシから報告を受ける。
僕がカクレンと生死を共にすると誓い、歩兵を組織した時から付き従う古株だ。
「偵察を出すように」
「はっ」
ギンシは去っていく。
「これ以上、想定外がないといいんだけどね…」
終着点に到達したことを安堵しながらも、僕は不安を拭い切れないでいた。
想定外は、【ブルサの壁】を出て【奇跡の森】と人間が呼ぶ森に入った時から始まった。
ートゥブさま、兵士たちが気配を感じるといっています。
ー…伏兵?
ーいえ、捜索しているのですが、見つけられませんでした。ですが気配は感じると…
ーギンシがいうならそうなんだろうね。
ここはいずれカクレンがオーク騎兵を率いて進軍する道。
不穏な敵勢力がいれば排除しなければならない。
捜索を重ねたのだが、発見できなかった。
ー仕方ない、オーク諸部族が集結を終えたら焼き払わせよう。今は【イトスギの谷】を目指すんだ。
僕がカクレンに命じられた任務は、ムドーソ王国辺境地域の入り口となる【イトスギの谷】に至る経路の威力偵察。
場合によっては【イトスギの谷】の占拠も視野に入っており、【奇跡の森】はいわば通過点に過ぎないのだ。
ここを抜ければ、ムドーソ王国の首都ムドーソまで険しい地形は絶無。
僕たちが【オークの誇り】を取り戻すお膳立てが整う。
そのため、当初の目標を優先して森を出ることにした。
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2つ目の想定外は、イェーナが焼き払われたことだ。
【イトスギの谷】から程近いところにある、廃墟と化した街。
徹底的に破壊され、利用できるものは何も残ってない。
井戸も壊されていた。
ーこの街で休養を取り、【イトスギの谷】へ行こう!
前日に堂々と宣言した僕は、兵士の前で恥をかくことになった。
ーギンシ、あの方角に小川がある。そこで水を汲ませよう
ー流石に水を発見するのがうまいですな、トゥブさま。
「水を遠くからでも発見できる」という得意技を生かし、兵士たちの水の供給を増やしてなんとか面目を保つ。
人間が会得するスキルではなく、僕に流れる遊牧民の血が覚醒させた第5感だ。
そのような想定外に見舞われながらも【イトスギの谷】にたどり着いた。
ここまで戦闘は発生していないので、死傷者はいない。
もう想定外は存在しないはずー、
「トゥブさま!【イトスギの谷】にて不穏な気配があります」
「…そんなわけないか、戦争だもんね」
「は?」
「いや、話を聞こう」
僕はギンシに案内され、【イトスギの谷】に向かった。
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「砦が、築かれているようです」
気づかれないよう遠目から【イトスギの谷】を確認した僕は、2つの想定外に見舞われた。
ー石の城壁と城門。
ー木の柵。
ー見張り櫓。
ー空堀。
1つ目は、地図上では打ち捨てられたはずの砦が復活し、【イトスギの谷】を塞いでいること。
2つ目はー、
「誰もいない…?」
城に人の影が見当たらないこと。
不気味に静まり返り、鳥1羽が忙しなく城の各地を飛び回っている。
整備された城砦に見えない人影。
相反する状況を整理しようとした。
そして、1つの要素に考えが行く。
「ギンシ。連合軍はやはり【ブルサの壁】に向かっていたようだね」
「そうかもしれません。ですが、何故戦いに参加しなかったのでしょう」
「僕たちの蜂起を聞いて逃げたか、途中で引き返したか…ケムニッツのゴブリンたちも、もしかしたら討伐されたのかもしれない」
ムドーソ王国の首都から【ブルサの壁】へ定期的に派遣される連合軍。
数は100名足らずだが、Bランクの冒険者もいるらしい。
この時期に叛乱を起こしたのは、あわよくば連合軍もろとも殲滅できればと思ったからだ。
だが、死者の中にそれらしき者はいなかった。
カクレンと僕がわざと生かしたまま辺境に追いやったゴブリン500匹も討伐できないほど弱体化している。
近年の動向からそう判断し、さしたる脅威と感じていなかったが実は違うのだろうか。
イェーナの焼き討ちも、連合軍によるものだろう。
この周辺で活動していたのは確実。
問題は、現在どこにいるか。
「トゥブさま、どうされます?」
ギンシの声で我に帰る。
「…あの砦を攻撃するしかないだろう。運が良ければそのまま占拠だ」
「罠のように見えます」
「それを含めての威力偵察だからね。得体の知れない砦があったので帰ったと報告すれば、カクレンに笑われるよ」
「数名で偵察するという手もありますが」
「いや、得体の知れないスキルを使う奴がいるなら、ここで全容を明かしておいた方がいい。たとえ僕らが全滅しても、カクレンへの警告となるはずだ」
「…このギンシ以外にはお話にならないようお願いします」
「分かってるさ」
このような時に備え、僕はとある集団をここに連れてきていた。
表向きは【ブルサの壁】で死傷した40人の補充ということになっている。
「カサを呼んでくれ」
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「お任せあれ!多少の罠があろうと、ことごとく打ち破って見せますわ!」
小規模部族アルティパから離反した巨漢のオーク、カサは得意気だ。
部族の中から兵士90人を引き連れて、カクレンの挙兵に参加している。
【ブルサの壁】を出発する時僕の指揮下に入り、オーク歩兵は550名ほどとなった。
「ただ、きちんと作戦通り動くんだよ。この前のようにイザコザを起こさないように」
「…あれは【オークの誇り】を貶める愚か者がいたからです。奴に制裁を与えたまでです」
数年前から僕らの挙兵に興味を示していたという意味ではありがたいが、カサには【オークの誇り】をことさらにひけらかす悪癖があった。
周囲とも衝突を繰り返しており、人間と戦う前から同胞からの憎しみを集めている。
案の定、出発前にはとある部族とイザコザを起こし、1人に瀕死の重傷を与えた。
「では、君にこの戦いの先陣を任せるよ。敵がいたとしても恐らくCランクの冒険者が中心のはず。歴史に名を残すのは今だ」
「はっ!」
カサは意気揚々と去っていく。
どう転がるにせよ、これで敵の正体は暴けるだろう。
【オークの誇り】は犠牲なくして取り戻せない。
それは、僕とカクレンの共通認識だった。
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作戦、と呼べるほど複雑なものは用意していない。
作戦とは、元来シンプルな方が良いのだ。
捕捉される限界まで接近したあと、カサ率いる90人含む200人が叫び声を上げて突撃する。
「ウォオオオオオ!!!」
オークの身体能力を生かした全力疾走だ。
多少の策を講じた程度では対応できないスピードである。
僕も本隊350人を率いて接近し、弓矢を放って援護する計画だ。
奇襲的に全力で攻撃すれば、敵も手の内を晒すしかないはず。
さあ、どう出る?
抵抗は、ない。
カサたちが空堀を横断し、城壁によじ登り、城門の扉を破ろうとしてもだ。
城壁にいる鳥一羽以外、誰も姿を見せない。
杞憂ならいいのだが。
念のため弓手に命じ、矢の雨を降らせた。
矢が城壁に届きそうになった時ー、
3つの壁が現れた。
おそらく、人間のスキルの一種だろう。
狭い城壁の上空に展開され、弓手の矢を弾く。
だが、それだけでは防げない。
すでにカサ率いる200人がー、
「…!」
その時、僕は城壁に人間の女性たちが姿を表したのを見た。
総勢100人弱。
驚いたのは伏兵が存在していたからではなく、その統率力だ。
オーク兵が凄まじい勢いで迫っても声ひとつ上げず、動揺せず、ぴたりと息を合わせている。
ランクはともかく、よく訓練されているのではないか。
「放てえええええ!!!」
指揮官らしき盾を構えた女性が叫ぶ。
目前に迫ったオーク兵めがけ、兵士たちは一斉にスキルを斉射した。
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