第99話 戦術会議

「石積みはゆっくりでいいぞ!」

 「木の柵を無駄づかいするな!」

 「櫓はもう少しで完成だ!」

 アマーリエが派遣した200人の半数は、小さな物体1つを浮遊できるスキル【フローティング】を行使できる職能集団【ダイダロスの手足】に所属していた。

 神話に登場する工匠の名に恥じず、手作業では不可能なレベルで建造物を完成させていく。


 【イトスギの谷】に放置されていた砦を復活させた【ドミー城】だ。


 険しい岩山に挟まれた小さな谷を封鎖するよう、石造りで背の低い城壁と城門が築かれている。

 ただし、全域を封鎖するには資材が足りないため、残りを木の柵でカバーした。

 強力な防衛施設とは言い難いので、【ドミー軍】総出で空堀も掘っている。

 敵を高所から見張る木造の見張り櫓も2つ設置し、その内の1つに俺、アマーリエ、ゼルマはいた。

 

 「なんとか今日中に完成できそうだな」

 工事は順調そのものである。

 レーナが健脚で作った時間のおかげだ。

 「【ドミー軍】も早急に配置に就かせましょう」

 「【サイト・ビヨンド・サイト】で周辺の地形を探らせているけど、あいつらはあと1日半と言ったところね」

 「まだ余裕があるな。【ブルサの壁】の状況を改めて調べてくれ。ライナ!ミズア!」


 櫓の下にいる2人を呼びつけようとする。


 「ミズアさんだっけ?ここの狭間の穴、もう少し空けてくんねえか?」

 「分かりました。【刺突・弱】!」


 「【ファイア】!」

 「おお!やっぱりライナさん一番肉焼くのがうまい!」

 「どこかで散々焼いてきたんでね!」

 「その調子だ!兵士さんにも工匠特製ビーフをご馳走してやるよ!」

 

…いつの間にか【ダイダロスの手足】の手伝いをさせられていたので、呼ぶのに時間がかかった。

 まあ、火と切断はどの場面でも使える万能スキルだから仕方ないか。



==========



 「刺激が強いかもしれないけど、見る?」


 急造した木造兵舎の中に、【ドミー軍】の幹部5人が勢ぞろいする。

 その1人であるゼルマの言葉に、皆うなずいて答えた。

 「分かったわ」

 ゼルマがスキル【サイト・ビヨンド・サイト】を発動すると、どこからともなく額縁が現れ、偵察した【ブルサの壁】周辺の状況を映し出す。


 ー兵士の遺体が散らばるアルハンガイ草原

 ー処刑された捕虜の血に染まった【征服の門】

 ー熱狂に包まれるオークたち


 お世辞にも気持ちが良いとは言えないが、全員幾度か修羅場をくぐっているため、大きな動揺はなかった。


 「ここ数日で【ブルサの壁】の状況は一変しているわ。なんらかの方法で誘い出された守備兵はアルハンガイ草原で壊滅、【ブルサの壁】もオーク兵の手に落ちてる。朝のうちに…捕虜も斬られたわ」

 「生き残りはいるか?」 

 「空から見る限りはいなかったわ、ドミー将軍」

 「レーナを使者に送ってはいるが、しばらくは【ドミー軍】単体で対処する必要があるな」


 【ドミー城】到着直後のことを思い出す。


ーレーナ、めっちゃスピードでムドーソ城に向かってくれ。王に謁見し、援軍を求めるんだ。

 ーちょっと【イサンカ弁】の使い方が違うかな…ってそんなことはどうでもええな。分かったで。

 ーお前の健脚なら、俺の【強化】と合わせて数日でムドーソ城に到着するはずだ。

 ーレーナの足にムドーソの命運がかかってるんやな。

 ー頼んだぞ…こほん、お前とは同志として誓いを立てたいのだがー、

 ー行ってきまあああす!

 ーああ、また行っちゃった…


 どうなるかは分からないが、レーナなら何かをやってくれるはずだ。



==========



 「展開しているオークは、大きく分けて3つに分かれてるわ」

 額縁の中の風景が変わる。


  さまざまな旗や武器を携えたオーク兵が映し出された。

 「1つ目は、今続々と【ブルサの壁】周辺に集結しているオーク諸部族ね。集結する以外大きな動きは見せてないけど、すでに数千人に達している」

 遠目に見ても、戦いに向けて気が立っているようだ。


 「どう見る?アマーリエ」

 「訓練などは行なっていませんが、まあこの人数ではやりようもない。【ブルサの壁】を頼みに、ひたすら兵が集まるのを待つ持久体制でしょうな」

 「あたしもアマーリエに賛成。で、2つ目だけど」


 馬から人間まで全て漆黒に包まれた、重装の騎兵隊。

 「これは、ラグタイトの鎧?」

 俺が思っていたことをミズアが代弁する。

 「らしいな。アルハンガイ草原で守備兵を破った存在だろう。数は何人いる?」

 「ざっとだけど1000人ほどね。今は【ブルサの壁】を出て、【奇跡の森】を警戒するように布陣しているわ」

 【奇跡の森】と【ブルサの壁】の間には、遮蔽物のない草原が広がっている。

 予定通りなら俺たちも通るはずだった、旅の終着点。

 オーク騎兵はそこに展開していた。


 「ムドーソ王国軍の討伐軍が【奇跡の森】から【ブルサの壁】に侵攻するのを防ごうってわけね。まあ、今のところそんな余裕はないけど」

 ライナが肩をすくめる。


 「3つ目は…【ブルサの壁】から遠いからすぐ映せないけど、約500人のオーク兵」


 要するに、現在【イトスギの谷】に向かっている歩兵集団である。

 存在そのものは【ドミー城】に向けて後方に前進した次の日に捕捉していた。

 急速に追撃されれば危うかったがー、


 ーああ、【奇跡の森】で足止めを食ってるみたい。

 

 その後俺たちが急いで後退したこともあり、遭遇戦は避けられた。

 おそらく、伏兵の存在を慎重に確認したのだろう。

 威力偵察を命じられたのかもしれない。

 

 こう見ると、三者三様で【奇跡の森】に振り回されているのが面白い。

 俺たちは進軍が遅れて【ブルサの壁】に入れず、オーク騎兵は来ることもない討伐軍に備えて【奇跡の森】を警戒し、オーク歩兵は伏兵を恐れ森の中で時間を浪費した。

 奇跡は起こせていないが、ペテンなら起こせるというわけだ。 


 といっても、オーク歩兵はその後順調に【イトスギの谷】へと向かっており、到着はおそらく1日半後。


 「ドミーは、どうするの?」

 ライナがこちらの反応を確かめるように尋ねた。

 俺以外全員優れたスキル使いだが、指示を出せるのは俺1人だけ。

 【ドミー軍】や民間人の命運がかかっている。


 「まず【イトスギの谷】に迫るオーク歩兵500人を撃退する。だが、1つトリックを使おう」

 「トリック…?」

 きょとんとしているライナに向けて微笑んだ。


 「弱兵を装うんだ」


 

 

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