第98話 血の対価

「こいつらが捕虜か」

 【ブルサの壁】を占拠してから数時間。

 【征服門】の上で俺はトゥブに問うた。 

 目の前には武装を解除され、首・手・足に重い枷をはめた捕虜が並べられている。

 男性と女性が均等なオークとは違い、人間はほとんどが女性で構成される。

 と言っても、長年オーク民族を虐殺してきた連中に性別など関係ないだろう。


 「ああ。ただの兵士だけど、みんなは満足してくれるはずだ」

 「たかが16人で満足されても困るがな。俺たちの叛逆はまだまだ続くのだから」

 「そうだね。その第一歩ということで」

 【ブルサの壁】の守備していた100人の内、あえて生かして捕らえた16人である。

 捕らえる際にこちらも犠牲を払ったが、この女性たちにはやってもらわなければならないことがあった。


 「この汚らしいオーク共があああああ!!!」

 兵士の大半が目も虚で抵抗する気力もない中、1人の捕虜が気丈にも抵抗してきた。

 【ブルサの壁】に残留していた者の中で唯一のBランク冒険者だ。

 士官なのかもしれない。

 

 「スキルさえ使えれば、お前らなど!」

 ジタバタともがき、枷を外そうとする。

 が、子供がタダをこねるような動きをするだけで終わった。


 「ラグタイトの枷は良く効いているようだな。強力な使い手も、スキルを全く使えなくなる。今やラグタイトはオーク領内でいくらでも産出できるし、ついでに作った甲斐があった」

 これは嘘だ。

 騎兵隊の分で鉱脈はほぼ潰えた。

 わずかに残った鉱石で枷を作ったのは、この日を想定していたからである

 

 「蛮族め、だから叛乱を!だが見ておれ、必ず【守護の部屋】が貴様らをー」

 「自らも信じていないものを他人に信じさせようとしない方がいい。7年間1人も殺したことがない愚王が主では、どんな兵器も意味をなさぬ」

 「うるさい!こうなればお前だけでも!」

 枷を外すことを諦めた冒険者はそのまま突進してくる。

 髪を掴み、動きを止めた。

 「やめろ!何をする!離せ!」

 「少し歴史の話をしよう」

  

 もう時間がないので、なぜ自分がいまだに生かされているのか教えることにする。


 「80年前の【アルハンガイ草原の戦い】で30000人の同胞を焼かれたオーク民族は、和平を求めるため16人の使者を送った。みんな才知あふれる若者だった。屈辱的な条件で条約を結ばされたあと、その者たちがどうなったか分かるか?」

 「し、知らぬ!」

 「1人ずつ処断された」

 「…!」

 「丁度この【征服門】のあたりでな。この門の名前は、オーク民族を征服した記念として建造されたというわけだ」

 「ま、まさかー」

 「その【征服門】で丁度16人の捕虜を斬る。お前らは使者たちに似ても似つかぬ愚物だが、我慢してやろう」

 「…」

 「どうした?喜べ。お前は、オークとムドーソ王国が対等な立場になるための贄なのだ」

 「…いや」

 「ん?」

 

 「嫌だ!助けて!」

 まだ歳若き女性冒険者は、プライドを守ることをやめたらしい。

 目に涙を浮かべ、俺に命乞いをする。

 「お願いです。何もしませんから、解放してください…」

 「降伏の使者は、一言の弁解も許さず斬られたぞ?」

 「命だけでも!他は何をしてもいいから!」

 「アルハンガイ草原で焼かれた同胞も、そう思っていたであろうよ」

 「いやあああああ!いやだあああああ!」

 恐怖に支配された女性冒険者は、ただ泣き叫ぶだけだった。


 「だが、今のお前のように無様な態度は取らなかったがな…」

 「カクレン、そろそろ行こう」

 じっと見つめていたカクレンが進言する。

 「おう。ついでに猿轡でもはめておけ。泣き叫ばれてはかなわん」

 「…本当に自分でやるんだね」

 「ああ。16人程度俺1人で充分だ。そうすればー」

 「責任は俺1人に集中する、だろ?」

 「…」

 「いいんだ。僕は君のそういうところに惹かれているのだから」

 

 笑顔を見せていたトゥブだったが、少し曇らせる。

 

 「だが、アルハンガイ草原の指揮官を丁重に葬ったのは本当かい?」

 「本当だ」

 「君らしくないな」

 「…ラーエルだった。お前も知ってるだろう」

 「…!そうか」

 「心配するな。その時人間に情を見せて部下に与えた不信感を、この儀式で帳消しにする」

 「僕も…あとで墓に行くよ。恩人だからね」

 

 ==========



 【征服門】の真下には、多くのオークたちが詰めていた。

 俺が掌握している1500人の兵士だけではない。

 【ブルサの壁】が破られたと聞いて、多くの部族の若者たちが集まっている。

 いや、それだけではない。

 【征服門】で行われる報復の儀式を見にきたのだ。


 「皆のものよく聞け!」

 だから、【叛逆者】として同胞の期待に応えよう。


 「80年前、アルハンガイ草原で我らの同胞は無慈悲に焼かれた!その後は劣等種として蔑まれ、経済的な搾取も受け、【オークの誇り】は地に落ちようとしている!」

 「そうだそうだ!」

 「ムドーソ王国の横暴を許すな!」

 「人間は皆殺しにしろ!」

 群衆のオークたちも、興奮を隠しきれない。

 そうだ、それでいい。


 「だが!俺は知っている!オークの体内に流れる熱き血を!猛き心を!今こそそれを解放し、80年停滞した歴史を動かそうではないか!」

 【征服門】に並べた、猿轡を噛ませた16人の捕虜に近づく。


 「俺は【叛逆者】となりて、ムドーソ王国に死ぬまで立ち向かい続けると誓う!だから!」

 刀を1人目の捕虜の首に突き付ける。

 

 「我こそはと思うものは、俺のもとに集え!!!」

 そして、儀式を開始した。



==========


 

 レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋


 第二次アルハンガイ草原での勝利。

 【征服門】での血の報復。


 短時間で成し遂げた2つの成功は、カクレンの勢力拡大に大きく貢献した。

 それまで遠くから眺めているだけだったオーク諸部族が、続々と参集したのである。

 1500人の兵を率いるに過ぎなかったカクレンは、数時間のうちに数千人の兵を得た。



==========



 「ノヨン部族のコウキョ、300人を連れてカクレンさまの義挙に参陣!」

 「ロウラン部族のウゼン、500人で【オークの誇り】を取り戻しに参った!」


 遺骸を片付けた【征服門】に、続々と部族が集っている。

 小規模部族や、大規模部族から離反した反主流派が中心だ。

 オーク民族全体を動員しているとは言えないが、今後も勝利を重ねればじきにやってくるだろう。



 「トゥブ、【ブルサの壁】の守りは参集してきた部族に任せるだけでいい。お前には新たな仕事を任せたい」

 「なんなりと」

 俺は【征服門】の上でトゥブの歩兵500人に指令を下すことにする。

 騎兵1000人は俺、歩兵500人はトゥブが率いるというのが基本構想だった。 


 「進撃路の威力偵察だ。【奇跡の森】を抜け、各地でムドーソ王国軍の抵抗を調べろ。だが、あまり無理はさせるなよ」

 「分かってるさ。最終目的地は?」

 「決まっている」


 【ブルサの壁】で入手した、血に濡れたムドーソ王国の地図。

 それを広げ、とある地点を指差した。


 「【イトスギの谷】だ」

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