第94話 2つの秘策


 「もはや交戦あるのみ!全軍、陣形を組め!」


 砂埃を上げて黒い津波のごと押し寄せるオークの騎兵隊。

 それを見たラーエルは即座に命を下した。

 と言っても、複雑なものではない。

 【近接系】スキル使いと【魔法系】スキルを交互に整列させるので精一杯だ。

 本来なら【魔法系スキル】使いを後列に配置したいが、それでは前列の人間に攻撃を当ててしまう。

 急ごしらえだが、これでもスキルを利用できないオークたちとは互角以上の戦いを繰り広げられるはずだ。


 「せ、戦闘なんて無理だ!早く逃げ出さないとー」

 「命令不服従者は軍律違反で処断する!!!」

 「は、はい…」

 逃げ出そうとする者がいれば即座に斬る姿勢を示し、無理やりまとめあげた。

 非常時に軍隊を統率するための最終手段は、恐怖に他ならない。


 「不遜なオークめ!」

 「なぎ払ってくれるわ!」


 Cランクはともかく、Bランク冒険者はやる気だけはあるようだ。

 なんとか敵を撃退しつつ、【ブルサの壁】に撤退できれば勝機はある。



==========  



 だからあれほど防備強化を進言したのに、ムドーソの貴族どもめ!


 ラーエルは心の中で密かに毒づいた。

 これまで何度も施設の修繕や軍備強化を具申しても、ことごとく跳ね除けられてきた。

 まだ幼いが賢明たるエルンシュタイン王ではなく、その周辺の貴族の仕業に違いない。

 【馬車の乱】で軍人を粛清して以降、復讐を恐れる貴族たちは、軍の再建に関する建議をことごとく跳ね除けてきたのだ。


 「来るぞ!!!」


 過去のことに思いを巡らせている内に、オークの騎兵隊はすぐそばまでやってきていた。

 「ひい!?」

 怯えて逃げ出そうとする冒険者が1人いたが、斬って捨てる。

 「処断すると言ったはずだ!」

 それを見た他の冒険者たちは覚悟を決め、スキルを行使する準備を整えた。


 「敵の白目が見えるまで引き付けろ!」

 オークたちは応戦の構えを見せた冒険者たちを見ても、速度を緩めない。

 むしろさらに加速していく。

 

 「人間を殺せえええ!!!」

 「【最後の5000人」の子孫、カクレンさまとともに!!!」

 「蹴散らしてくれる!!!」

 オークの叫び声や馬のいななきが間近に迫った時ー、




 「放てえええええ!!!」 

 ラーエルの号令の下、兵士たちが一斉に【遠距離】スキルを放つ。

 炎、雷、水、風。

 さまざまな魔法が衝撃波と化し、オークの騎兵隊を包み込んでいった。



==========  



 草原は、【スキル】が地面を巻き上げたことで発生した砂埃に包まれた。


 やったか?

 

 ラーエルは目を凝らし、状況を確認しようとする。

 Bランク50人も含まれている一斉攻撃、無事ではすむまい。

 まだ向かってくる者がいれば【近接系】スキル使いを前面に出してー、


 「ダメです!騎兵隊の全身が止まりません!」

 だが、希望的観測はあっさり打ち砕かれる。

に オーク騎兵は数人倒れていたが、それ以外はほぼ無傷だ。

 

 バカな。

 ラーエルは驚愕する。

 いくら装甲を身にまとっていても、スキルによる一斉攻撃に耐えられるはずがない。

 だが、装甲と聞いて1つの考えにたどり着く。


 ラグタイト。

 Bランクまでのスキルに耐性を持つ、黒い金属。

 ムドーソ王国ではとうの昔に枯渇し、戦闘兵器メルツェルを最後に軍事利用の道は途絶えている。

 オーク民族での利用も確認されなかったため、誰の記憶からも忘れられていた。

 

 「【近接系スキル】使いは前に出ろ!!!騎兵を食い止めるのだ!!!」

 絶望感に包まれながらも、新たな指令を出す。

 十倍の質量はあるオークと騎兵に接近戦では、万が一にも勝機はない。

 だが、この状態ではそれしか策がない。


 だが、ラーエルの想いを他の冒険者は理解しなかった。

 

 「ダメだ!!!轢き殺されるぞ!!!」

 「ラーエルさま!私は逃げます!!!」

 「嫌だああああああ!死にたくない!」


 恐怖に取り憑かれ、陣形を崩し、続々と逃走していく。

 数が劣る状態で敵に背を向けた者に待っているのは死だけだ。


 こうして、刃を交える前からムドーソ王国軍は崩壊した。



==========  



「敵は逃げ出したぞ!一兵たりとも逃すな!」

 騎兵隊の先頭に立って突撃しながら、俺はトゥブの策が成ったことを確信する。


 ーラグタイト?

 ーああ、わずかだが鉱脈を発見した。君の部族の兵士1000人分ぐらいはある。

 ーオークの勢力圏では発見されなかったと聞いているが…

 ー「見つからない」と「存在しない」は必ずしも同一ではないということさ。どうする?

 ー数年かけて作り上げよう。ムドーソ王国のスキルに対抗できる騎兵隊を…


 重装騎兵となる故機動性はやや落ちるが、スキルを行使する人間とも渡り合えることがたった今証明された。


 あとは掃討戦である。

 背を向けて逃走する兵士の背中に向けて、刃を振るった。


 「ぎゃあああああ!?」

 倒れこんだ兵士の生死を確認する必要はない。

 後続の騎兵が倒れている人間を次々と踏み荒らし、肉塊へと変えていくからだ。


 「く、来るな!」

 馬の横腹に【近接系】スキルによる攻撃。

 おそらくBランク相当であろう、さしものラグタイトの鎧にも傷がつく。

 だが愛馬【アハルテケ】はひるまない。

 そのまま後ろ足で兵士をけり上げ、即死させた。


 「よくやったな、【アハルテケ】」

 長年行動を共にした愛馬をねぎらうと、嬉しそうに鼻息を漏らす。


 「カクレンさまに続けえええええ!」

 「捕虜を取る必要はない!」

 「皆殺しにしろ!」

 

 ほかのオーク騎兵も続々と殺戮に参加する。


 80年前にオークの血で染まったアルハンガイ草原を、人間の地で染めていった。

 


========== 



 殺戮は1時間ほどで終わった。

 機動力と身体能力で劣るムドーソ王国軍の中で逃げ出せたものは、ほとんどいない。

 たった一人の捕虜を除いて。


 「こいつが隊長か」

 「はっ。最後まで抵抗しまして、十数人が犠牲となりました」

 

 血にまみれた壮年の女性が連れてこられてきた。

 先ほどの説明通りなら生かしてはおけないだろう。

 貴重な騎兵隊の損害のほとんどが、この女一人によって生み出されている。


 「もしや…そなたカクレンか?」

 だが、女性が発した一言が、腰の剣に手をかけた俺の動きを止めた。


 「ラーエル…」

 「そうか。やはりな」

 

 死が近いというのに、ラーエルは懐かしそうな表情を浮かべる。


 「これも、運命だろう。早く斬れ」

 

 俺は、迷った。

 だが、周りで俺を見ている兵士たちの前で、それは許されないことであった。


 「御首級を、いただく…」

 音もたてずに剣を抜き、首を落とした。



========== 



 「待ってたよ!カクレン」

 騎兵隊を率いて【ブルサの壁】に到着すると、【征服門】の上からトゥブが声を張り上げた。

 【ブルサの壁】は所々炎上しており、戦闘があったことを物語っている。

 「どうだった?」

 「君のいう通り、中には弱卒しか残っていなかったよ。4つの門周辺にへばりついていたから、門と門を繋ぐ長い壁からよじ登ればあっという間だね」

 「犠牲者は?」

 「流石に無傷とはいかなかった、すまない。死傷者40名ほどだ。あと、敵が何人か逃亡している」

 「捕虜は?」

 「16人。君の指示通りに取ってあるよ」

 「そうか。死傷者は俺が叛逆を達成した時英霊として称えると伝えろ」

 「分かった!」


 どうやら、2つの策は成功したらしい。

 俺が1000の騎兵で守備隊主力を引き付けている間、トゥブは500の歩兵で【ブルサの壁】を占拠する。


 ゴブリンの総人口から考えて、1500という数は多くない。

 特に名族というわけではない俺には、数年かけてもこれが限界だった。

 それでも、うまく活用すれば大きな戦果を挙げられる。


 「勝鬨をあげろ!!!」

 腕を振り上げ、これまで付いてきてくれた同志に勝利を伝えた。


 「「「カクレンさま万歳!!!」」」


 こうして、【オークの誇り】を取り戻す計画の第一段階が完了した。


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