第93話 第2次アルハンガイ草原の戦い
レムーハ記 ムドーソ王国伝より抜粋
【叛逆者】カクレンは、共1人を連れて【征服門】を襲撃したと伝わる。守備していた冒険者たちは一時混乱するも、たった2人の襲撃であると分かると、激昂して追跡した。制止する者もいたが、長年オークを劣等種と侮っていた冒険者たちは止まらない。そのような心情を熟知していたカクレンは、オークのみが扱える馬を巧みに操り、冒険者たちをとある地点に誘引した。
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「そろそろくるはずだ」
「ああ」
俺とトゥブは馬を駆り逃げ続けたが、とある草原の真ん中で停止する。
特に抵抗もせず逃げ続ける2匹のオークは、ムドーソの弱兵にとって魅力的に映っただろう。
遠くから叫び声が聞こえるが、追いつくまでしばらく時間がかかる。
草原の夜はまだ続いているため、漆黒の鎧を身にまとうオーク2匹の姿は視認しづらい。
「カクレンさま!トゥブさま!お待たせしました!」
1人のオークが馬を巧みに操り、姿を現した。
「よく来てくれた。この戦争は、お前のおかげで勝利に終わるだろう」
「もったいないお言葉…」
「じゃあ、僕の代わりにカクレンと逃げてくれよ。では手筈通りに」
わざわざ危険を冒して停止したのは、替え玉を待っていたからだった。
トゥブには、これから別の任務がある。
「【オークの誇り】を取り戻す最高の舞台だ。存分に暴れてくれよカクレン」
「もちろんだ。だが、トゥブの策が成功しなければただ暴れただけに終わる。頼んだぞ」
「任せてくれ。あ、そうだ」
トゥブは懐からあるものを出した。
皮の袋だ。
受けとると、中に透明な液体が入っている。
「昨日の夜、湧き水を発見してね。君の分もとっておいた」
「お前は相変わらず水を見つけるのがうまいな。まるでー」
「人間のスキルのようだ、だろ?失礼だな」
「冗談だ…うん、うまい」
「じゃあ、そろそろ行くね」
トゥブは草原の闇へと消えていった。
オークのみが知っている抜け道を多数知っているトゥブが捕まる可能性は、万に一つもない。
「では俺たちもいくぞ」
「はっ!」
愛馬【アハルテケ】に合図を送り、逃走を再開した。
【アハルテケ】は体色が漆黒で闇夜に紛れやすく、持久力に富んでいる。
この状況に最適な馬だった。
「アルハンガイ草原はもうすぐだ」
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「馬鹿者!誰が勝手に追撃しろと言った!」
【ブルサの壁】の守備隊長を務めるラーエルは、アルハンガイ草原で冒険者たちを叱咤した。
Cランク冒険者150名、Bランク冒険者50名の総勢200名である。
各自バラバラになってオーク2匹を追撃していたのを、早朝になってようやく集結させた。
オークが人間を殺害するという80年ぶりの大事件とはいえ、なんたる醜態であろうか。
「すでに【ブルサの壁】までかなりの距離がある。ここで敵に襲われたらどうするつもりだ!」
「しかしラーエルさま、オーク2匹ごときを取り逃したとあっては、責任を追及されるのは我々ですぞ!」
Bランク冒険者はプライドが高く、怯まず反抗してくる。
「いやあ、無我夢中で追いかけてたもので…」
質も士気も低いCランク冒険者は、へらへらと笑みを浮かべるのみ。
これが栄えあるムドーソ王国最精鋭のありさまか。
今年45歳となったばかりのラーエルは嘆息を禁じ得ない。
ムドーソ城内で指揮していた冒険団【アーテーの剣】を後任者2名に譲り、【ブルサの壁】の守備隊長に就任したのはほんの1年半前。
【アーテーの剣】の指揮を取る以前から10年以上【ブルサの壁】で勤務していたため、ある程度は実情を把握していたつもりだった。
だが、想像以上に弱体化と退廃が進んでおり、もはや手の施しようがない有様であった。
それでも可能な限り手は打ったのだが、有事を前にして一気に秩序が乱れたらしい。
「とにかく!一度【ブルサの壁】へ帰投する。勝手に持ち場を離れた者には厳罰を下すゆえー」
「ラーエルさま!」
その時、1人の冒険者が草原の向こうを指差した。
「向こうに軍勢が見えます!」
「何!?」
朝もやの向こうに整列する黒い軍勢。
人間の女性より2倍近くはある巨体ーオークだ。
数は1000人ほど。
馬にまたがり、いつでもこちらに突撃できるような体制を整えている。
特徴的なのは、黒一色で統一されている点だ。
飾り気のない黒い鎧を全身に着込み、馬にも着せている。
やや機動力は落ちるものの、その分攻撃力を増した重装騎兵だ。
もしや、誘い出されたのか。
ラーテはその時になって初めて気付いた。
少数で堂々と【ブルサの壁】を襲ったのは、突発的な単独犯に見せかけるため。
そして、防衛施設である【ブルサの壁】から守備隊をおびき寄せるため。
本当の目的は、おそらく本格的なムドーソ王国への叛乱。
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「80年前!このアルハンガイ草原で同胞たちは焼かれていった。復讐を果たし、【オークの誇り】を取り戻すのは今ぞ!!!」
俺は騎兵隊を鼓舞する。
敵の部隊長が集結を優先したため、余裕を持って合流することができた。
もちろん、トゥブの替え玉となった者も無事である。
誘引された守備隊は200人ほど。
100人誘い出せれば良いと考えていたが、予想以上の戦果だった。
「カクレンさま万歳!!!
「カクレンさまの母上の無念を今晴らすのだ!!!」
「【守護の部屋】も動かせない人間など恐るるに足らず!!!」
長年訓練してきた兵士たちの意気も高い。
今が決戦の時だ。
「突撃いいいいい!!!」
「「「うおおおおおお!!!」」」
俺は指令を下し、勇敢なオーク騎兵と共に、うろたえている愚かな人間たちに向けて突撃していった。
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